第24話(?/?9:56)

 古実ふるみ先輩は、わたしの小学時代の先輩だ。同じ委員会——図書委員会に所属していた。先輩が六年生で、わたしが五年生。

 彼女は委員長だった。

 最も、そのことを知るよりもはるかに先に、わたしは彼女のことを知っていた。


委員長の飼い主キーパー


 やや奇妙な印象を与えるその名前は、彼女が、うちの学校の児童会長を友達に持っていたことに由来する。——友達どころか、まるで下僕のように扱っていた、とまで言われている。それが嘘か本当かはわからないが、脚色だとは思う。

 ちなみにその委員長というのは高木正馬たかぎしょうまのことだ。わたしは彼と対峙した際にそのことをわけだから、二重に嘘をついたことになる。


 別に後悔はしていない。



 古実先輩は何かと恨みを買う人で、細かいいざこざを起こすことは日常茶飯事だったらしい。しかし、それが『細かい』いざこざで済まなかったのが、一度だけ。

 四年生の頃だったらしい。

 わたしはその話を直接聞いたわけではないのでよくわからないが、どうやら発端は先輩の幼馴染だったというのが有力な見方だ。今ならそれが西浦択人にしうらたくとだとわかるのだが、当時のわたしには知る由もなかった。

 彼の名前を出した時点で察している人もいると思うが、そう。いざこざは彼の美貌が発端だった。


 小学四年生。

 少女がませてくる頃。

 恋バナも活発になる。

 クラス内の人気ダントツトップを飾っていたのが、西浦択人だ。子犬なんか目じゃない、西浦択人は西浦択人だ、と、そうしか言いようがないような愛くるしさと物腰で、クラス中の女子の心を奪っていったという。まあ、その言はわたしも認めよう。……不本意ながら。

 そして、事はまるでどうでもいいこと。たまたま、好きな人がかぶってしまっただけ。小学生の恋情なんて、気の迷いのようなものなのに、本気になった馬鹿がいただけ。

 そのせいで、先輩は翼を失った。

 類まれなる頭脳と、優れた人格を持ち合わせたわたしの先輩は、善意で失墜した。

 クラス内での権力が強い女子に競り負けた、可愛い女の子を庇っただけ。たったそれだけで、彼女の人生は変わった。


 黒が白に、明が暗に、反転した。


 今から思えば、西浦択人なんて奴のために先輩が犠牲になる必要は全くなかったのであって、ただただそれは先輩が可哀相なだけなように思う。先輩にとって彼がどれだけ大切なのかはわからないけれど、少なくとも外野のわたしはそう言える。


 ただ、先輩はそうしなかった。

 あの人がお人好しというのも大いなる原因だけれど、多分が原因だ。わたしを何らかの力によってこの世界に招いてしまうなんて気まぐれを起こした世界が原因だ。仮に『』とでもそれを名付けるのならば、神はどうしても先輩の能力が必要だったに違いない。

 僭越ながら私から言わせてもらうと、彼女の価値は能力ではなくそのマインドに存在すると言える。そう、マインドだ。


 愛情深すぎるのだ、あの人は。

 現代社会では致命的なほどに優しい。

 ただただ甘やかすのではなく、昨日のわたしのようにおごり高ぶって自分が何でもできると勘違いし、馬鹿みたいに選択肢を眺めまわしている愚か者の手から、選ぶべきでない選択肢を、やや冷たく叩き落せるくらいには優しいのだ。

 怒るべき時に怒れて、褒めるべき時に褒められて、甘やかすべき時に甘やかせる。そんな人間が、世界に何人存在するか、というのは怪しい疑問だ。それができる人だから、わたしは彼女を尊敬している。

 敬愛している。

 そんな言葉じゃ余る。

 尊敬あいして崇拝あいして溺愛あいして妄信あいして敬意を抱いあいし信奉あいしている。


 だから、わたしは今から子供っぽいことをする。

 あえて言うのならば、戦隊もののヒーローに憧れた少年のような行動をする。どれだけ馬鹿げていても、それが正しいと信じて。




「サエちゃん、またね」


 先輩、さようなら。


 わたしがそう言い切らないうちに、視界は歪んだ。そして、脇腹の下に硬い床の感触を感じる。どうやら、戻ってきたらしい。わたしはもう、この程度では驚かない。

 さあ、断罪を始めよう。

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