第23話(?/?18:56)

 わたしの目の前に座るのは、さっき会ったばかりの少女だった。夕食を食べるときに説明をもらって以来だ。


「どうしたの? あたしに何か?」


 彼女はそんな風に言って、首を傾げてみせる。


「お話を聞かせていただいても」


 思わず敬語になってしまった。やや怪しんだ顔をされる。


「うん、大丈夫だよ」


 向かっていた机からわたしの方を向いて、手を膝にそろえる。

 にっこり微笑まれたその瞳に吸い込まれそうだった。


 今、まどろっこしいのは向かないな。

 単刀直入に言おう。


「どうしてこの世界に来たんですか? 



 わたしはあなたたちに嘘をついた。



「あれ、覚えていたの? 。あたしはてっきり忘れてるのかなって」


「忘れられません」


 忘れようとしても。


「そっか。忘れているはずなんだけどね」

「え?」

「あたしは国家重要機密なんだ。地球ではいないことになっている。そうする取り決めだったから」

「わたしは覚えていました」


 深い因縁、というほどでもない。一方的な哀愁。執着。目にするのも汚い感情の数々。


「どうして勝手にいなくなったんです」

「世界を救えるなら、死んでもいいかなって思ったんだ」


 この命を散らしてみようかって、夢を見たんだ。

 先輩は、わたしに椅子をすすめた。ようやく、今になって。


「楽しかったですね、図書委員」

「あたしもだよ」

「わたしは中学校でも先輩と一緒に居たかった」

「君は違う中学校を目指したんだよね」

「あなたがいないならせめてあなたを超えようと思いました」


 意味の無い夢想。利益の無い妄想。どうにもならない空想。

 わたしが立派になれば先輩はいつの日か現れるのかもしれないなんて。

 何でわたしはそんなことを思った?


「馬鹿でした。あなたはこんなところに居て、それに救世主だなんて崇められて奉られている。まるで英雄のように、祀られている。わたしが必死にもがいている間に、決して追いつけない場所までたどり着いている。これが惨めじゃなくて何だというのですか?」


 わたしが必死にもがいてもあなたには追いつけない。そう思うと、どうにも悲しくなってしまった。どうでもよくなりかけている。


「ごめんなさいなんて言わないよ」


 先輩はつまらなさそうに言った。わたしに興味がなさそうに言った。


「何故ですか」


「あたし、スズちゃんのことが大っ嫌いだ」


 世界が崩れる音がした。


「わたしを、嫌い? 先輩が」

「うん。顔も見たくないなあ」


 その音はまだ続く。耳の中で鳴りやまない。さっきまでいた柔らかい世界に戻せと体が叫ぶ。


「だって、あなたはとっても羨ましい場所にいるんだもの」


 わたしはもう先輩を見ない。


「あたしが願っても乞うても叫んでも絶対に戻れない場所にいるんだよ」


 わたしの生きた世界は地球。


「あたしはもう後戻りできない。この世界で生きるしかないよ。でも君はまだ先があるでしょ」


 何でそんなことを言う。

 死んでしまったみたいなことを言う。


「わたしに帰れって言うんですか」

「うん。君が納得しなくても、あたしは何度だってそう言うよ」


 君は帰った方が良い。先輩はそう言った。


「ああそうですか。結局みんなそう言うんですね」

「子供みたいに不貞腐れないでよ。こんなこと、誰かもう言ったかな?


「後戻りできるうちはしなくちゃあ。


「ここにはいつでも逃げてこれるよ。だから前に進みなよ。今の君が逃げたってあたしは救いたくない。

「もしも逃げることであなたが何かから離れようとしているんなら口を苦く重く感じながらもあたしはこういうんだ。かつての後輩を突き放すよ。——向き合えよ、逃げんな。

「あたしは確かに逃げた。地球で生きるって言うあたしの本来の運命をたぶらかした。

「でもあたしは目を逸らしてなんかない。きちんと今、向き合っている。この世界を救う、というあたしのやるべきことのためにこの手を尽くしている。今のあたしなら、この命を世界のために無駄に散らすこともいとわない。

「今の君はどうなのさ。向き合いたくなくて努力したくなくて楽をしたくて目を瞑っているんじゃないのかな。

「もしくは、向き合ってしまうことで、努力をしてしまうことで、何かを失うことを恐れているんじゃないのかな。

「恐れるなよ。前に進め。

「いつかまた手に入れればいいじゃない。

「将来『わたしはあの時動けなかった』なんて言う想いを引きずるのと、今『ああ動いてしまったわたしは○○を失った』なんて苦笑交じりに後悔するのとどちらが良いの?」


 ああこんな人だった。

 わたしみたいに甘ったるい子供を捕まえては、現実を突きつけてしまうような人だった。

 そういうことを無自覚でやってしまう有害な人だった。

 わたしが忘れていただけだ。

 でもわたしは今、思い出した。


「先輩のところに来たのは失敗だったかもしれません」

「あたしは久しぶりに君に会えて嬉しかった」

「やっぱりわたしはあなたのことが好きなんです」


 嫌いになんてなれないんです。あなたがわたしを嫌っても好きです。

 だから。


「先輩、変わりましたね」

「スズちゃんは、これから変わるんでしょう」


 そう言って先輩は笑う。わたしの好きな先輩の笑顔を顔にうかべる。


「どうする? スズちゃん」

「帰ります。わたしにはまだ、あの世界でしかできないことがある」

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