第21話(?/?18:00)
晩餐は滞りなく進行した。
というか、晩餐は学食のようなところで食べたのだ。わたしは夕食とかっていうのでかなり身構えていたのだが、そんなことは無かった。お金をもらって、好きなものを食べていいと言われただけだった。
その説明とかが日本語で必要だろう、ということでわたしは時間厳守を強いられていたわけだ。
ちなみに食事はまあまあだった。失礼ながら、頰がとろけ落ちるほど美味とは言えない。
それで、夕食はミナとサヨと食べたんだけれど、それぞれ行きたいところがあるっていうので、わたしは一人で行動中。もしかしたら行きたいところじゃなくて会いたい人だったかもしれない。
クリスさんとのさっきのツアーは道案内も兼ねていたみたいだ。さっき連れ回していただいたおかげで道がなんとなく分かる。
特に会いたい人も行きたいところもないので、わたしはこのまま放浪することにしよう。明日までに決めろ、と言われているあのことに関する回答でも考えながら。
とかってカッコつけていたのだけど。
だけど――
どうやら足を踏み外したようなのだ。スローモーションな世界の中で冷静に思い返す。
ここは出ていなかったな、と皇宮のテラス下、庭園へ続く屋外の階段へ足を伸ばしたところまでは良かった。その後、振り返って月を見上げて、あまつさえ格好良く後ろに降りようとしたのが良くなかったんだな。
なんて冷静に考察してみたところで、わたしは救われないんだけど。……掬われないんだけど。
まあ、別に良いか。落ちながらら見る月も絶品だし、何より今日は満月だ。このまぁるいお月さまに免じてわたしも打撲傷に済むに違いない。
――と。
「大丈夫か!」
わたしの体は誰かに受け止められて――否、抱きとめられていた。
「全く、後ろ向きで階段なんて降りようとするから」
先程救ってもらった後、救ってくれた彼とわたしは並んで庭園のベンチに座っていた。他人同士ということもあり、やや微妙な距離が空いている。
「ありがとうございます」
そういえば忘れていた。
「……ああ…うん」
タイミングがやはりおかしかったようだ。彼を困惑させることになってしまった。
「サエ、だよな。地球から来た」
「はい」
さっき取調室にいた無表情な彼は、やはり顔を動かさないままでそう言った。
「クリスが、『部隊』のメンバーから一言ずつもらおう、みたいな計画を進めていたみたいだったけど、あれは俺も入るのか」
そんな事わたしに聞かれましても。
「それはわかりませんけど…あの、お名前を教えていただけませんか? さっき、聞き取れなくて…」
「ユーリという」
わたしが言葉を濁した後、彼からは肯定だとか承諾だとかの返事が来るのを期待していたのだけど、ノータイムで回答が来た。やや動揺。
「ちなみに、俺からお前に言うことはなにもない」
それも少し悲しい。
「まあでも、質問されたら答える」
無愛想で無感情な口調で言う。
「わたし、地球に帰りたいのかわからなくなってきちゃったんです」
それだけ行って彼の方を窺うと、彼は足元の花の方に関心がお有りのようだった。
チッ(舌打ち)。
「なんか、居心地が良い気もしますし。ここに住んでしまえば、きっと楽しく過ごせるんだろうなって思います。もちろん親とか恋しくなりそうですけど、ミナとかサヨとかもいますし。そう思うと、わたしが無理に変えることに固執する理由もないんじゃないかって、思うんですよね」
そこまで言って再び視線を向ける。相変わらず横顔は返事しない。
そういえば、忘れていた顔面レビューだけれども、かなりの美少年である。というか、整っている。やや人間味を感じないぐらいにまで洗練されている。という方が正しいのだろう。正直言ってAIの描いた絵のような人だ。
「わたし、皆さんから色々言われたんです。主に、地球に帰った方が良い、て感じでしたね。なんで皆さんそう言うんでしょう」
「もう戻れないやつが多いからだよ」
別にそういうつもりはなかったんだけれど、彼は私の弁を質問だと取ったらしい。
「『部隊』が、帰る場所も逃げる場所もない人間の寄せ集めみたいな組織だからだよ。お前みたいに、帰る場所も逃げる場所もあるやつが羨ましくて仕方ないんだろうさ」
ふーむ。格好いい(顔が)。
あ、違う違う。今は真面目な話だった。
逃げる場所、ねえ。
「わたしは、逃げてばっかりに見えますかね」
「努力をしたことがないと思うなら、多分そうじゃないか。必死で生きた記憶がないならきっとそうだろう」
そんな殺伐とした記憶はないなぁ。話を変えよう。ちょっと気まずい。わたしは断罪されるのは嫌いだ。
「さっき、なぜわたしを助けてくださったんです?」
「痛みとかも特に知らなさそうな小娘がおっこって頭なんか打ったら絶望するから」
難しい。
「わたしはそんなにまっさらですか?」
「汚れていないという意味ではなく、何も書かれていないという意味で」
痛烈な比喩を浴びせてこないで欲しい。要は『お前は空っぽだ』、と言っているのだろう。しかしこのままでは元の話に戻りそうだ。もっとどうでもいい話がしたいのに。
「どうして、護衛してるんですか?」
護衛を現在進行中でしているのはなぜか、という意味ではなく、護衛に成って居るのはなぜか、という質問だ。それは伝わったみたいで、
「義理の祖父に言われたから、この役目についたんだ。でも今は、守る相手があの女で良かったと思う」
「なぜ?」
「一生懸命だからだよ。笑顔が公平だからだよ。無邪気だからだよ。――そういう、彼女らしいところを一番近くで見れるこのポジションが気に入っている」
あらぁ。わたしもいつか言われてみたいな、そういう言葉。でも、人のことをお前っていう男は嫌いだけど。
うーん。でも、彼の『感じ』はなんとなく伝わってきた。
「ありがとうございました」
「どこへ行くんだ」
「皇女様、どこですか?」
「この時間なら部屋で勉強。邪魔しないようにしろよ」
あなたが止めないんなら良いってことだと思うけど。
「じゃ、また」
結局、彼が言いたかったのだって皆さんと同じことだ。誰かに愛されたくて、受け止められたくて、構って欲しいんなら、頑張れよ、ってそれだけ。
でも、頑張ることが、難しいんだよなぁ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます