第19話(?/?17:25)

「学校のアイドルなんて、初めて聞きました」


 沈黙が気まずくて、クリスさんに話しかける。


「同い年なんだからタメ口でいいですよ」


 彼女は難しい顔をしてタブレットを弄くっているところだった。


「まあ、確かにタクト先輩のアイドルっぷりは常軌を逸していますけれど。――うちの学校、文化祭で『ファッションショー』をやるんです。先輩、そこで去年、『全学年男子賞』、『男子女装賞』、『全学年部門賞』、『パフォーマンス部門賞』、『総合賞』の大賞を総なめしていますから。女子生徒のみならず、男子生徒からの人気も

半端ないですよ」


 想像の五倍すごかった。まあ、あの人なら何を着ても似合いそうだけれど。


「あ、ちなみに出場したのは『全学年男子部門』だけですよ」

「え!? 後は出てないのに賞をもらったってこと!?」

「そうなりますね。おかしいでしょう?」


 そりゃ常軌を逸してるわー。


「というか、カルとサヨは?」


 ミナがクリスさんのタブレットを覗き込む。


「何この画面」

「それがわかんないんですよ! 説明もなしで渡しやがって!」


 画面には、構内図らしきものが表示されており、その上にカラフルなアイコンが点滅していた。

 怒りつつも何度かタブレットを操作した後、


「よくわからないですね。とりあえず訓練場に行くことにしますか」


 タブレットのカバーを閉じて、クリスさんは右手の指を指した。


「あ、じゃあ私、サヨ探しに行ってくる。これ、借りていい? 地図になりそうだし」

「いいですよ。——そろそろご飯ですから。まあ、カル先輩に訊けばわかります」

「うん。じゃあ、その時に」


 ミナは、片手にタブレットを持って、軽い足取りで歩いて行った。


「じゃあ、行きましょう」



「あ、せんぱーい」


 訓練場、というのは地下にあるようだ。ぐるぐる螺旋を描いた階段を、かなりの段数降りたあたりでようやくドアに当たった。


 ドアをクリスさんが押し開けて、ゆらゆらと揺らめく蝋燭の光がドアの隙間から差し込んだ。

 クリスさんの声で首を向いたのは、凛と背筋の伸びた、水色の髪の女の人だった。


「クリス。どうしました?」

「アンリ先輩。この方、地球から来た——」

「ああ。タクトから話は聞いていますよ」

「えっ!? いつの間に!?」

「さっき、携帯に着信がありまして」

「さすがですね……」


 どうやら先ほどのタクトさんが根回しをしてくださっていたらしい。


「私も、一言何か贈ればよろしいんですよね」

「はい。お願いします」

「うぅん。どうせですし、リオンたちも呼んでよろしいですか?」

「あれ、居るんですか?」

「はい。コリンもいらっしゃいますよ」

「兄さんも!」

「ええ」


 アンリさんが、奥の方に向かって一つ、声をかける。


「クリスが来ましたよ」


 その一言で、二人の男女が顔を出した。

 一人は、クリスさんと同じ金髪の男の人。もう一人は、つややかな紫の髪をした女の人。女の人の方は、大きな弓を担いでいる。


「あら! 可愛い女の子じゃないですか」


 女の人の方が声を上げた。

 男の人の方が、小さく首を傾げて、


「クリス、その人が例の?」

「はい。地球からいらっしゃった、サエさん」

「うん、そうだよね。——僕は、コリンと言います。クリスの兄です」

「私は、リオン。大した者ではありません」

「——私は、アンリと申します」


 三人がそれぞれ挨拶をして、金髪の方がコリンさん、紫の髪の女の人がリオンさん、それから初めの方がアンリさんだと分かった。


「わたしは、サエと言います」

「サエちゃん、ですか。——あ、私からでいいですか? 一言」


 リオンさんが、他の二人に許可を取ってからわたしの方へ向き直った。


「私は、大した思いがあってこの場所にいるわけじゃありません。強いて言えば、この人の傍に居るために、この場所を選びました。だから、思うんです。理屈なんてなくっても、理由なんてなくっても、動かなきゃいけない時があると。絶対に動かなきゃいけない、そんな時があると。——絶対に、そんな時を見誤らないで。それが、私の言いたいことです」


 この人、と言う時に彼女の目線がふっとコリンさんの方を向いた。

 羨ましいな、と思う。ここまで自分を突き動かすものが明確なことが、羨ましい。妬ましいくらいに、羨ましい。


「……僕は、人を殺したことがあります」

「!」


 思わず、驚いた顔をしてしまった。目を瞠ってコリンさんの顔を見つめて、傷つけてしまったかもしれない、と目を伏せる。


「驚いても、仕方のないことです。そう、僕は人を殺しました。それでも、僕は生きています。あの頃よりも、大切なものも増えました。護りたいものも増えました。多分、僕が壊したものよりも多くなりました。今、僕は死にたいなんて思いません。人を殺しても、それでも生きたいと思います。こんなこと、言ってはいけないのかもしれません。でも、僕は、あえて言います。——何時からでも、やり直しは効きます。それまでに何を犯しても、です。だから、諦めないで」


 にっこりと、わたしに笑顔を向けてくれる。優しげな眼差しが、少しだけ辛かった。


「大丈夫ですか? 一遍にたくさんのことを言って……」


 アンリさんが心配してくれる。わたしは、唇を噛んで頷いた。


「大丈夫です」


 受けとめる準備は、出来ていた。


「じゃあ、私から言うことはありませんね」

「え?」


 拍子抜けした。


「もう、たくさん言われてきたんでしょう。じゃあ、大丈夫ですよ」

「先輩、それでいいんですか」

「ええ。私からは、特に」

「……そうですか」


 クリスさんはやや不満げな顔でうなずいて、わたしを促した。


「行きましょう」

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