第7話(17:03)

 貸していただいた大きな洋館のドアを、サヨさんの鍵で開けて入る。入ってすぐ、ロビーの天井に吊り下げられたシャンデリアのきらめきに息を呑んだ。人感センサーでもついているのか、わたしたちが入ると同時に付いた灯りが、シャンデリアに反射して、東京都の夜景よりも美しい景色を作り出している。

「奇麗……」

 思わず声を漏らすと、

「だよね! さすがお金使っただけあるよ」

「皇女様が、この村にいらしたときに建造した建物なんです」

 シャンデリアの美しさに気を取られていたが、『皇女様』という言葉を聞いて、ここが日本でないことを思い出す。

「あの……」

 ここは、どこですか。

 そう訊きたかったけど、思わず口をつぐんでしまった。その先を聞いたら、もう戻れないような気がした。

「どうしたの? 大丈夫だって! 皇女様のところまで行けば、きっと助けてもらえるからさ!」

「皇女様って、誰ですか」

「え?」

 予想外の質問だ、というようにミナさんが目を見開く。緑の瞳が、零れ落ちそうに大きくなった。

「この国は、王制なんです」

 サヨさんが、紅いカーテンをまとめながら言った。

「今は、三十幾年前に養子に入ったとある貴族の方が、皇を務めていますが、本来は世襲制で頭首が決まります。今のお世継ぎが、先日村にいらした皇女様と皇子様の二人。まあ、次に冠を頂くのは、皇女様というのが有力な意見ですが」

 実にファンタジックな話だった。王様がいて国を統治しているなんて、おとぎ話の中でしか聞かない話だ。

「そうそう! それで、皇様と皇女様が、こうやってこっちに迷い込んだ人とかを、地球に返したり、こっちに定住する手続きとかをやってくれるの!」

 オーバーなリアクションでうなずくミナさん。

「じゃあ、わたしは帰れるんですね」

「もちろん!」

 大きすぎるくらいのミナさんの動作が、今はむしろ頼もしくて、そのおかげで、わたしはようやく現実を受け入れられた気がした。


 応接セットと思われる、革張りの立派なソファに恐る恐る座る。正面にあるマントルピースの上に、地球でもよく見た形のものを見つけ、思わず立ち上がった。

「これ……時計」

 円形。針が三本。

「今、五時三分」

 地球にあるものと全く同じ形をした、十二個の区切りがある時計。変わらないリズムで時を刻む秒針が、わたしの鼓動を落ち着かせる。

「ああ、それですか?」

 あちこちの清掃、調度品の調整を終えたらしいサヨさんが、時計を手に取るわたしの元へやってきた。

「皇女様は、サエさんと同じで地球から来た方だったんです。それで、自分が使い慣れているものが良い、と」

「え。地球?」

「はい。一昨年の、冬に、こちらにいらっしゃいました。サエさんや私たちと同じくらいの年ですよ」

「同じくらい ――中学二年生?」

「中学……はわかりませんが、確か今年で十五になるはずです」

「そうなんですね」

 わたしの一つ年上。それでいて、彼女のところに行けば救われる、と言われるほどに信用されている。そう考えると、異世界に行って奇跡を起こして、なんて妄想をしていた自分がみじめに感じた。

「サヨー。ご飯どうする?」

 ミナさんが上の階から降りてきた。日常的な会話に戻ったことで、少し安心する。

「そうですね。何か食べたいものはありますか?」

 え、わたし?

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