第3話(14:30)
清掃班の仕事をやりだしてから約二時間。近くにいた男子たちに手伝ってもらってはいるものの、教室全体を清掃するのはやはり大変な業務で、季節はもう10月に入ったというのに、制服がどんどん濡れていく。
これを一人でやっていたなんて、すごい人だ。単純に、そんな感想が出てくる。
誰かのスリッパからはがれた、革に似た質感のゴミを拾い上げる。左手に持ったビニール袋にそれを入れて、腰を伸ばした。そろそろ次の上映の時間だ。
ふと、廊下が騒がしいのに気づいた。お客が集まらなかっと言って宣伝でもしているんだろうな、と思って外を覗くと、わたしの想像とは正反対に、そこには人だかりができていた。
でもやっぱり、お客はいないみたいだけど。
「どうしたの? 上映できそう?」
近くにいた子に聞くと、曖昧な表情を返された。
「お客さん少ないよね…」
椅子に座って待っている人たちの方を見やると、その子が慌てて否定した。
「
――そんなこと?
確かに人だかりは、一人の人を取り囲んでいる形にも見える。どうやら、先程他校の男子に連れて行かれたという彼女の話を聞きたくて取り囲んでいる様だ。あれじゃあ、当分抜けられそうにないな。となると、上映を待っているらしいお客さんたちが俄然気になってくる。幸い、待たされて不機嫌そうにしている人はいない。
そんな時だった。
「ボクは掃除をしに来ただけだから」
唐突にそんな言葉が聞こえた。小野寺さんが、囲みを抜けて教室の入口の方 ――私がいる方へ歩いてくる。しかも、誰も追ってくる様子はない。
「抜けちゃって迷惑をかけたでしょう」
ごめんね。
目の前で頭を下げられてようやく、彼女がわたしに話しかけているのだと気がついた。
「え」
「ボクの用事は済んだから」
とても、用事が済んだ、と言えるほどすっきりした表情をしているようには見えない。
でも、思っていたよりもすんなりあの集団から抜けられた理由はわかった。
「遊びに行ってきても、良いよ」
だって、彼女は。
信じられないほど、悲しそうな顔をしている。
「大丈夫?」
わたしが訊いたのは、彼女の表情についてだった。
そのことに気づいたのか気づいていないのか、彼女は笑ってみせた。
「大丈夫だよ。午前中はずっとやっていたんだから」
掃除ができるか、なんて訊いていないのに。
「そう」
あまりにも辛そうな顔をしていて、それ以上訊くことができなかった。
「大丈夫かなぁ」
囲みを解いてもばらばらにならないまま、話していた女子たちの一人がそう呟いた。
小野寺さんは一人で教室に入っていった。男子たちも追い出されて、もうとっくに遊びに行ったところだ。
「電気が消えたらお客様を入れるんだけど」
「ほんとどうしたんだろ」
「振られたのかな?」
そんなふうに誰かが軽口を叩いたところで、背後の教室が真っ暗になった。受付役の子が慌てて席に戻る。話そうと思えばいくらでも話せただろうけど、自然とそのあたりで会話がお開きになった。わたしもどこかへ遊びに行くことにする。
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