第2話 (12:25)

 お昼は、各自お弁当を持って来て、自分の席で食べることになっていた。他クラスの出し物の迷惑にならないようにと、校舎の端っこの、埃まみれの教室を貸し出された。昼食を食べろと言われると、ちょっと気が重い、そんな教室だ。名前順に座らされた所為で、わたしは汗臭い男子たちに囲まれて身動きが取れない。

 お弁当には、ちょっと焦げた玉子焼きと俵型のおにぎり3つ、彩りとして枝豆という、いつも通りのセットが入っていた。どこか機械的におかずを口に放り込みながら、さっきのことを思い出す。実はずっと、あの時に感じたわだかまりのようなものが頭の奥にこびりついていた。

 わたしにだけ(仮)開いたドア。それと、梨沙がさっき言ったこと。

 (もしかしたら)異世界につながるドア。

 幼い頃に読んだお話の、ファンタジーの世界を思い出してどきどきしないと言ったら嘘になる。でも、自分が特別な主人公であることを信じるには少しばかり時間が経ちすぎた。

 それでも、妄想する位は自由だろう?

 さあ、異世界に行ったら、わたしはなんて自己紹介をしよう。


 名前は凊(すず)冬(ふゆ)冴(さえ)、十四歳です。

 ——苗字は間違えられやすいから、きちんと説明する必要がある。

 好きなものは、玉子焼き。甘い奴じゃなくて、しょっぱい奴が良いです。

 ——異世界に玉子焼きっていうのはあるんだろうか。

 別に何のとりえも欠点もない、ごく普通の女の子です。夢も将来への希望もありません。

 自分が何をしたいのかもわかりません。

 そんな、普通の女の子です。


 ほんの少しだけ、思考がマイナス方向に傾いたところで意識を教室に向ける。正確には、妄想が大きな声で遮断されたというのが近いか。

 梨沙の方 ——女子が固まっている辺りが何やら盛り上がっているみたいだ。残りの玉子焼きを口に放り込んで、水筒の水で口を湿らせて立ち上がる。男子たちに頭を下げて道を開けてもらい、女子たちの山をかき分けて顔を出した。

「どした~?」

 会話に入るコツは、多少うざったがって居そうな視線を向けられても、めげずに話しかけること。優しい人が教えてくれた会話の流れに乗れば、リアクション次第で仲良く話せる。

「何かね~、他校の男子が迎えに来た人がいたって」

 普通に面白そうな話題だった。

「えー! 誰だれ~!」

 我ながら軽薄な反応だと思う。いわゆるノリってやつ。

「小野寺さん! 一人で掃除してた時に、だって!」

 一人で掃除をしていたと聞いて、頭を氷で撫でられたような気がした。

 うちのクラスの出し物は、演劇の上映だ。受付班、演劇班、清掃班(お客が出た後に掃除する)、広告班に分かれてそれぞれ仕事を行うことになっている。わたしは一応その中の清掃班に入っていた。でも、午前中ずっと仕事をやっていない。忘れていたとかそういう次元じゃなかった。午前中は、梨沙とあちこち見に行って、仕事のことなんかそもそもないような態度で遊び回っていた。多分、わたし以外のほとんどの班員がやっていないだろう。でも、それでいいってわけじゃないよね。

 顔がやばい、という形になるのがわかる。怒られはしないだろうけれど、やや良心がとがめるところがある。お客に不快感を与えてしまわなかったか、という感想が胸の中を駆け抜けた。

「小野寺さん、一人で掃除してたんだよねー。清掃班だっけ? 抜けちゃったから代わり……」

「確かに。小野寺さんとこの班員いる?」 

 慌てて手を挙げる。小野寺さんに仕事を任せっきりにしてしまったことに対する罪悪感が頭の中を埋め尽くした。

「あのさー、小野寺さん帰ってきてないから? この後しばらく掃除頼める?」

「勿論!」

 願ったりかなったりだ。少なくとも掃除をしたという既成事実を作ることができる。午前中いっぱい、文句も言わずに仕事をしてくれていた小野寺さんには及ばないけれど。梨沙には、午後一緒に回れなくなったことを謝っておかなきゃな。

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