第1話 非日常の延長戦(5)
「いやぁ……久しぶりに休みを満喫できたって感じ!」
頼りない街灯に照らされたお姉ちゃんは嬉々としてそう言った。
牧場のベンチで突然眠ってしまった彼女は、これまた突然目を覚ました。時間にして15分程だっただろうか。
あまり遅い時間になると渋滞に巻き込まれる可能性を考えた私たちはお土産を買った後、すぐに牧場を後にした。その判断は正解だったようで行きとほぼ同じくらいの所要時間で帰ってくることができた。
そして今は夕飯を食べて私たちのマンションへ歩いて帰宅するところだ。
途中でどこかのスーパーマーケットにでも寄って夜ご飯を調達することも考えたが、お姉ちゃんがどうしても行きたい居酒屋がある、と言い出したので一度マンションへ戻り、車を停めてから徒歩で店へ向かったのだった。わざわざ車を停めに戻ったのはその店には駐車場がないため、直接向かうことができなかったという理由からだ。
その結果、私もお酒を飲むことにした。普段は自分から進んで飲むことはないが、お姉ちゃんと同じ温度感で話したい時には飲むことが多い。
よって、ふたり揃ってほどほどにお酒を嗜み、ほろ酔いで帰宅中というわけだ。
「そうだねぇ。私もなんか久々に、こう、『遊んだ!』って気持ちになったよ」
「あーでも、明日からまた仕事かー。夏休み欲しいわ!」
「私も明日はロングでバイトだよ」
はぁ、とため息がシンクロする。
生活費を払ってもらっている身で恐縮だが、営みって本当に面倒くさい。死ぬまでおんなじことの繰り返し。
今日みたいな日は特別なんだって思い知らされるたびにうんざりする。
こうやって都会に出てきても結局は決められた枠の中で生きるしかないのだろうか。
なんだか盛り下がってしまった私たちは無言で夜道を歩いた。せっかく楽しかったのにこんなことで落ち込んでいても仕方がないのだが、現実を見つめるとどうにもテンションが上がらない。
それにしても暑い。もう日も落ちて数時間が経つというのに、いつまでたっても気温が下がっていない。どこからか蝉の声も聞こえてくるし、余計に暑さを煽られる。
そこはかとなくイライラしながらマンションを目指して歩いていると、ふと小学校が目に入った。
「あー、小学生の時は良かったなー。戻れるなら戻りたいわー」
お姉ちゃんが軽い口調で言った。私は同意しなかった。
なんだかんだ言ったが私は昔よりも今の生活の方が好きだ。あの頃のような暮らしはもうごめんだ。
「っていうか、ここって廃校じゃなかった? なんか綺麗になってない?」
首を傾げながらお姉ちゃんは小学校を指さした。
「ちょっと前まではそうだったね。詳しくは知らないけど、この辺りに新築の家が増えたじゃん? で、子どもが増えて再開したっぽいよ」
私の回答にお姉ちゃんは「ふーん。昼間は通らないから知らなかったや」と言った。それからピタリと立ち止まる。
「どしたの?」
お姉ちゃんはわざとらしく腕を組み、目を瞑って何かを考える仕草を見せた。そしてカッと目を見開き、軽く右手をあげた。
「よし、ちょっと冒険しようよ」
言うやいなや屈伸と背伸びを繰り返した後、彼女はフェンスに飛びついた。
「え、ちょっと! ダメダメ!」
慌ててお姉ちゃんのTシャツを掴もうと手を伸ばしたが、ひらりと躱されてしまった。意外と運動神経がいい。
そしてなすすべもなく、お姉ちゃんはあっという間にフェンスを乗り越えて学校の敷地内に入ってしまった。
「ほら、杏奈ちゃんもおいで! これはね非日常の延長戦だよ! 不法侵入だ!」
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