第1話 非日常の延長戦(3)
車を走らせること約1時間。無事に目的の牧場へ到着した。牧場の外にある広い平面駐車場は多くの車で埋まっている。さすが夏休みだ。それでも出来るだけ牧場へ近い駐車スペースを探し当て、停める。
シートベルトを外し、車外に出ると真夏の厳しい日差しが容赦なく肌を刺した。
「あっちーね。取り敢えず日陰に入らない?」
「心の底から賛成だよ」
お姉ちゃんの提案に全力で乗っかる。しかし、牧場に来て初手が日陰とはこれいかに。
近くにあった案内板に寄ると、どうやらこの牧場は観光地化されているようでふれあい広場やレストラン、売店、体験・見学工場などの施設があるみたいだった。
しかし駐車場からメインの施設が集まる場所までは、なだらかだが300m程はあろうかという坂道を上らなければならない。
「お姉ちゃん、ここの牧場は来たことあったの?」
「んー、元カレと……いや元々カレ? ん、でも、来たこと無い、か?」
記憶が混濁している。大人になるってきっとこういう事なんだろうなぁ。たぶん。
「えー、何ぃ? 杏奈ちゃんも行く道だからね!」
お姉ちゃんはそう言って大げさに下唇を突き出して拗ねた素振りを見せた。これは演技なので放っておいて大丈夫だということを、私は1年半の同居生活で学習していた。
「それにしても、のどかだねぇ。こういうのを牧歌的風景と呼ぶのかね」
思った通りに彼女はパッと態度を一変させた。
「ほんとにね。牛も羊も久しぶりに見たよ」
坂道から少し逸れた広大な芝生には数々の家畜たちが放牧されている。その一角には『ふれあいひろば』なる施設があった。お姉ちゃんの言う通り、まったくのどかな光景だった。
「普段はテーブルに並んだ状態でしか見ないもんねぇ」
さらっとブラックなことを言うお姉ちゃんだ。
「あ、あそこ! 売店があるよ。涼みながら今からのプラン立てよ」
「いいね、そうしよっか。少し歩いただけで汗だくだよぉ」
坂道を上がり切った先にはちょっとした広場があった。向かって右手には未就学児向けの遊び場と屋外フードコート、左手には売店がある。もう少し正面に歩いていくと牛舎や厩舎らしき建物が軒を連ねていた。どこもかしこもそれなりに繁盛しているようだ。
「杏奈ちゃーん。入るよー」
ふと気が付くとお姉ちゃんは既に売店の自動ドア付近で待機していた。彼女に続いて売店へ入る。冷房の涼しい空気が全身を撫でる。生き返る心地がした。辺りを見回すとこじんまりとした外観からは想像出来ないほどに奥行きがあった。立ち並ぶ冷蔵ケースにはハムやソーセージ、ヨーグルトやプリンなどあらゆる畜産品がお土産として販売されている他にも、牛のぬいぐるみや見渡す限りの芝生で遊ぶ時に使えそうなフリスビーなどのおもちゃ類が所狭しと陳列されている。
「ここちょっと使わせてもらおう」
自動ドアと通路の間の小さなスペースでプランを立てることにする。
「まずはお昼ご飯じゃない? 杏奈ちゃん結局、おにぎり食べてないしさ。まぁ、結局お姉ちゃんが全部車内で食べちゃったんだけどね」
そう言ってお姉ちゃんは『えへっ』とこれまたわざとらしく笑う。別にそれはいいのだが、様式美として一応は抗議をしておこうと思い、彼女のわき腹辺りを指で軽くつついた。
「それじゃあさっきのフードコートで何か食べてから、牧場の奥の方まで見て、お土産買って、帰宅って感じかな。牛乳プリンが美味しそうだったから家で食べたい」
プランと言えるほどのプランでは無かったが、そういうものだろう。
「オッケー。行こ行こ」
涼しさを惜しみつつ売店から出た私達は、一直線にフードコートへ向かう。カウンターで私はサイコロステーキとさっきは食べられなかったおにぎりを注文し、お姉ちゃんはカレーを頼んでいた。
お互いに食べ終わるとすぐに席を立ち、まずは牛舎を目指す。牛舎の前には人だかりが出来ていた。どうやら牛の乳搾り体験が行われているようだ。子どもも大人も代わる代わる乳搾りをしている。お姉ちゃんもやりたがったが、事前予約が必要だったらしく、見学するだけにとどまった。
続いて厩舎の隣では乗馬体験の出来るスペースが設けられていた。乗馬、と言ってもそこにいるのは可愛らしいサイズのポニーだったので大人は乗れない。結局、柵の外側から子供たちが怖々と、もしくは嬉々としてポニーに乗るのを見て楽しんだ。
その次に立ち寄ったのは羊の畜舎だった。いくらかほっそりとした羊たちが柵ギリギリの位置にひしめき合っている。というのも、ここでは餌やりが出来るからのようだ。私とお姉ちゃんも畜舎の外にある自動販売機で餌を買った。もなかの中にペレットが入っている。もなかを半分に割り、中のペレットを手に乗せた。
それを察した羊たちが我先にと近づいてくる。1頭の羊の口元に手を差し出すと、すごい勢いでペレットを回収していく。遠くから見る羊はもこもこしていて愛らしいと思うが、近くで見ると思いのほか目が怖い。そんな感想をお姉ちゃんに述べると「そこが良いのに」にと言われてしまった。
ううむ、価値観の相違。
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