第10話 ヘルミーナの驚きと喜び…… そして……

 いきなり道場へ行き、中へ引っ張り込まれる。


 そうは言っても、剣道とかの武道場のような板張りではなく、屋根付きの練兵場と言った方が判りやすいだろう。


 あわてて、男爵が椅子を持ってくる。

「ヘルミーナ様どうぞ」

「ありがとう、ごじゃいましゅ。ラウレンス男爵しゃま」

 きちんと礼が言える。いい子だ。

 うむうむと、横でシンが頷く。


「さあてと、この世の中と体の中には魔力という物がある。分かるか」

 唐突に説明が始まる。

 相手は五歳児。

 当然だが、皆と同じように首をひねる。

 この世界の常識として魔法も、スキルで発動するため、細かな原理など考えない。


「わかりましぇん」

「よし。わしが操作をするから、体の中で動きを感じろ」

 そう言って、掌を、ヘルミーナの額に当てる。


 なんとなく視界が邪魔で、目をつぶり集中をする。

 さすが、アウロラの娘。本能的に集中する方法を知っているようだ。


「あっ。これ」

 反応をするが、叱られる。

「黙って感じていろ」

「はい……」

 体の中で、何かが胸からにじみ出して、手足に拡散をしていく。


 すると、末端からまた胸に戻り、今度は頭に。

 その瞬間、まとまりなく覚えていたこと、見たものがいきなり理解ができる。

 思考がクリアになり、少し頭痛が出始める。

 だがその時、その何かは終わってしまう。

「ああっ。だめっ」


 その様子を見て、にんまりする。

「理解できたようだな。今のが魔力循環。自分でコントロールが出来るはずだ。これは毎日やり、思うだけで動かせるようにしろ。そうすれば、こんな動き……」

 そう言いかけたときに、シンの姿は数メートル向こうへ移動する。そう、いきなり遠く離れた。


「どうだ」

「今の動き、わたしにもできるのでしゅか?」

「出来る。いいか、必ず毎日だ」

「はい」

 その良いお返事をした、ヘルミーナの脳裏では、血反吐を吐き、泣いているヴィクトルの姿が幻視されていた。

 その時浮かべた笑顔を見て、シンは確信をする。

 こいつは、アウロラの娘だと……


 翌日からは、迎えにいかなくとも、道場へ来るようになり、落ち込んでいた姿も無くなり、元の明るい彼女へと急速に戻っていった。


 そして他の生徒達も、それに引きずられるように練習に熱が入る。

 特にスキル無しの攻撃魔法は、驚きを持って受け入れられる。

 

 集中は必要だが、その自由度。

 意識で、威力の変更が出来る。

 画一的なスキルではなく、意思による魔力コントロールは、剣技の間にも魔法を差し込める。それは画期的なこと。


 そして、いやいや始めた魔力コントロールだったが、扱える魔力まで増えていく。

 それは若い子供の方が優秀で、年配の者とは顕著に差が出た。

 無論年を取っていても、いままで行っていなかった為、随分広がる。

 だが、十歳以下だと、体のできあがった大人とは、十倍以上の差が出るようだ。

 特に、シンが乞われて取り入れた、完全魔力放出からの復活はその器を大きく広げた。


 だが、枯渇寸前になると体がおかしくなり、頭痛と吐き気、目眩。

 そう、死にそうになる。

 だが、自身の変化に気が付き、貪欲になっていく道場生は、進んでその地獄をお願いしに来る。

 元々ここに居るのは、国元でもあまり期待されていなかった者達。家族の驚く姿を想像して、皆が不敵な笑みを浮かべて訓練を行う。

 そう、与えてはいけないような者達に、力を与えたようなもの。

 これにより、家で騒動が起こるのは間違いないだろう。

 道場内は、うめき声と叫び声が上がるが、等しく皆怪しい笑みを浮かべている。




 そして、学園の夏休み。

 何も知らないヴィクトルお坊ちゃん。彼は帰ってきて早々、いつもの調子でヘルミーナに相対し、予想に反して手痛い一撃を食らうことになる。


「父上、母上。ただいま帰りました」


 ヴィクトルは、元々、貧しい農村生まれだった。

 だが四歳くらいから、道具の扱いを理解をし始め、それがスキルだと分かる。

 貧しいながらも、親たちは、ヴィクトルを大事にして、明らかに他の兄妹とは差別をした。そうスキル持ちが判って、三番目を意味するトリブスと言う名前が、勝利を意味するヴィクトルと変えられた。


 そして、『判定の儀』により、正式に認められた。

 見に来ていた伯爵に身請けをされたが、力の判った数年。たった三年の時間で多感な少年は見事に性格が歪んだ。

 弱きものを蔑む様になった。


 スキル無しの兄たち、力の弱い妹たち。何でも良い。

 弱き者達は、自分に従うべき者達。

「ヴィクトルは神様に選ばれたんだ。お前達も文句なんか言うんじゃ無い」

 親が、そんな事を言ってしまう。


 その思いは、伯爵家に来て、養子となっても変わらなかった。

 大人は強きもの。だから、従う。

 だが娘は、幼く弱い。

 蔑む対象である。

 目の届かないところで罵倒し、傷が付かない程度に折檻を行う。

「お前が悪いんだ」

 必ずそんな台詞が、折檻の時にはくっ付く。

 そう、洗脳でよく使われる手だ。


 私が悪い。彼を怒らせたから。被害者は何時しか、そう思い込んでしまう。

 一度そうなると、それを壊すのはよほどのことが無いと無理だ。


 だが、そんなヘルミーナの前に、神が降臨する。そして、自らに力を与えてくれた。

 うまく出来たときの優しい微笑みと、『よくやった』『自信を持て』『お前は出来る』と言う、自らを認めてくれる言葉たち。

 そして、頭を優しくなでてくれる。その暖かさと、伝わる心。


 元々、あの鬼のようなアウロラの娘。

 暗示から覚めるのは、簡単だった。


 いまでは、笑顔で歳上の生徒達を追い詰め、容赦なく殴り飛ばせる程度までに復活をした。

 無論、相手にスキルがあろうがなかろうが関係ない。

 それと反するように、少しシンに依存するようになったが、仕方が無いだろう。

 彼は、ヘルミーナにとって、空より舞い降りた神であり、優しいお兄様なのだ。


 シンに喜んで貰うために、魔力を錬り、遠慮無く殴る。

 とりあえず燃やす。

 切り刻む。

 少しばかり活発で、落ち着きがなくなったが、そう。ヘルミーナはすっかり変わった。多分良い方へと……


「あらあら。いい笑顔ね」

 それを見て、アウロラは嬉しそうで、伯爵はなぜか悲しそうだ。

「あの、おとなしかった子が」

 それは、ヴィクトルの所為で、おびえていただけだが、伯爵は詳細を知らない。



 そして、噂の兄だが……

 帰ってきた途端に、ヴィクトルは、ヘルミーナに向かって、そっと囁く。

「いい子にしていたか。夏休み中、しっかり教育をしてやる」

 いつもと同じ調子で、そんな事を言ってしまった。


 だが、復活をしてしまった彼女。そんな事があっても、いつもの様な体の震えも、足のすくみも何も起こらない。

 彼女は拳をぎゅっと握り、体を確認する。魔力は、いつもの様に体内でぎゅんぎゅんとまわっている。魔力圧は、ブースト一・五倍くらい。つまり当社比二・五倍。


 かああぁと、女の子としてはどうかと思うが、丹田からの息吹を吐く。


「ああっ? 誰が兄ですって? 私のお兄様はシン様よ」

 その言葉に、近くにいた伯爵達も驚く。

 そして、初夏の真っ青な雲一つ無い空。

 そこから、雷の閃光が一条。


 そう、それは躊躇無く、ヴィクトルの脳天を直撃をする。

 それは、いままでの仕返しか、神の裁きか……


 おかげでヴィクトルは、夏休み中。寝て暮らすことになった。

 彼は、存分にゆっくり休めたようだ。


 帰省リミットギリギリに、ヘルミーナにお願いされる。

「何とか兄を治してください。居座られても困ります」

 上目遣いでシンに向かい。ヘルミーナにそんなお願いされたシン。

 素直に治療を行った。


「おまえは一体何者だぁ?」

 体が治った途端、弱り切った体で、そう叫ぶヴィクトル。

 そのまま馬車へ放り込まれて、学園へと帰っていった。

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