第9話 アウロラ様のお願い

「そんなに身構えないで。いつもいきなり襲うわけじゃないから」

 そんな、アウロラをシンは睨む。


「そうなのか? なら、なぜ足音を忍ばせ、背後から来た?」

「あーははは。なんとなく、癖で」

「物騒な癖じゃな」

 そう言われると、多少赤くなり、胸の前で両の指を組み、よじよじし始めた。

 こうみえて、まだ二十五だったりする。

 武芸に打ち込みすぎて、多少行き遅れた。



「さてと、本題だけどね。娘がね、ヘルミーナといって五歳なんだけれど、娘と別にスキル持ちを一人、養子として入れたの。だけど…… 一応当家の長男となったヴィクトルというのだけれど。その…… 仲が悪いのよ。かれ、スキルを持っていることを鼻にかけて少しやんちゃで。だから……」

 そう言って、手を合わせてくる。


 身長の関係で、うつむき手を合わせると…… 目の前に立派なものがぶら下がっておるが…… ときめきもせんし、当然体も反応せぬな。

 体がガキなせいか……


「ふむ。それで?」

「娘の護衛をしてくれない?」

「護衛?」

 少し予想外な申し込みだった。


「そう、親や大人の護衛をつけると、少し機嫌が悪くなるのよ」

「そんなもの。どうして必要なのかを、びしっと説明をすれば良かろう。ガキじゃある…… 五歳か……」

「そう。あなたみたいに、変な子どもじゃなく、本当に五歳なの」

「存外失礼じゃな」


「そういう事でわしは、ヘルミーナお嬢様の護衛と相成った。うぬらは、道場で指導しろ」

 目の前で、ジェンカ十歳達が嫌がる。

 ドミニクやアーネ達、成人組は、屋敷での護衛兼侍女見習いとして勤め始めた。


 残りは、男のルーペルトが十二歳で、一応わし以外で取りまとめ役。

 他の男は、ヴィルが十歳。レノーイ八歳。ラルフが五歳。

 女が、ジェンカ十歳。レープ十歳。ヴァネッサ九歳。

 スラムでは、この年くらいが、女として危ない年頃なので、連れてきた。力が無く初心。物陰に連れ込まれてしまう事がある。


 ただまあ、連れてきてはいないが、スラムに二人ほど修行を付けた者が指導と監視をしている。男二人でエミディオ一四歳と、パークス一二歳だ。彼らは基本を教えて、かなり強くなっている。

 

「だめだ。このお屋敷で世話になる以上、一宿一飯の恩と言うものがある。役に立て。いやなら、スラムに帰れ」

「嫌」

 まあそうだろう。わしが何とかして食い物を確保したが、それでも分ければ少なかった。だがギルドには、年齢が足りず入れん以上、買い取りは安かった。

 かといって、ギルドに登録したものに換金をたのむのは、決まり的に良くない。

 彼らの持ち込む獲物で、ギルドは実力も測っている。

 それに齟齬が発生してしまう。


 鉄級の者が、入ってはいけない三階層や四階層のモンスターを持ち込めば、それこそ大騒ぎになってしまう。


 ギルドは、持ち込む獲物や、請け負った仕事の上がりで、探索者にランクをつける。クラス違いは意外と厳しいらしい。

 ギルドランクは鉄、黄銅、銅、銀、金、白金、金剛それと見習いを入れて8つだ。

 見習いと鉄は、二階層までしか入れない。

 両者の違いは、鉄なら戦闘が主。見習いは、ポーターだ。


 まあそんな感じで、意外と厳しい。


 さてそういう事で、道場では、基本の基本。いま魔力の練り方を教えている。

 すべての基本であり、奥義。

 当座任せっぱなしで十分だが、お嬢さんも道場に来てくれるなら楽で良いのだが、この屋敷に来てから一度も姿を見ていない。


 お嬢さんは、最初に接した男の子として、ヴィクトルが基準となってしまい。小さな男イコール嫌い。怖いという図式が出来てしまった。

 もっと小さいときには、伯爵と一緒に道場をのぞきに来ていたようだが、最近は部屋から出てこず、家庭教師から、法律や作法、ダンスなどを習っているようだ。

 ダンスでも上手くすれば、暗殺が出来るのだがな……


 あの奥方なら、やりそうだ。

 小柄なら、正面から襟元をきゅっと閉めれば、頸動脈を……


「へぇくちっ。ううっ。何今の…… そういう事で、護衛とお友達として、シン君にお願いしたから。いいわね」

 まさに説明中だった。


「やあっ。男の子嫌い。お兄様嫌い」

 そう言ってぐずるヘルミーナ。そっと近づき、アウロラは説明する。


「大丈夫。あれと全然違うから。少し変わっているけれど、中身は…… 誰にも言っちゃ駄目よ。じつは神様なのよ」

「かみしゃま?」

「そう。本当はお空から見ていたのだけれど、退屈なのか、降りて来ちゃったの。彼と今から仲良くなっていないと、きっと世の中で大変なことが起こるのよ。その時に守って貰わないと、あなたが困ることになるわ」

 ヘルミーナの目を見ながら、やさしく説明をするアウロラ。だがそれが、壮大なフラグだとは思っていなかった。事が起こるのは、十五年も先ではあるが……

「ううう。わかりました。おかあさま」

 


 そうして、初顔合わせ。

「うぬが、娘子。ヘルミーナか。我はシンだ。よろしく頼む」

「かみしゃま。よろしくねがいしましゅ」

 そう言って、 カーテシーを行う。


 カーテシとは、片足を斜め後ろの内側に引き、もう片方の足の膝を軽く曲げた状態で、背筋を伸ばしたまま挨拶を行う。女性特有の挨拶だ。

 男は、ボウ・アンド・スクレープと言われる礼を取る。右手は肘を曲げ胸の前に沿わせる。左足は女性と同じく斜め後ろの内側に引きお辞儀を行う。その時左手は横方向へ水平に差し出すようにする。

 シンもあわてて儀礼を返す。本当なら、女性の手を取り甲にキスをするのだが、手が出てこなかったのでよしとした。


「神様?」

 聞き返すと、アウロラが割って入る。


「いいのよ。気にしないで。それより五歳の女の子なんだから、優しくね」

 そう言って目が見開かれる。妙に白目が多くて怖い。


「判っておるが、主の娘。いきなり切りかかったりはせぬだろうな」

 そう言って、にらみ返す。

「…… しないわよ。多分ね」

「そうか。気を付けよう」

 そう答えたシンだがいきなり、行動に出る。


「では、道場に行こうか」

 面倒事は、ひとまとめに済ませる。

「ちょっといきなり?」

「なんだ?」

「まあ良いわ。よろしくね」

 アウロラは、自分の娘時代を思い出して諦めた。

 木製の剣を持ち、兄弟子達を追い詰めた日々……

 楽しかった……

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