第6話 指導と勧誘
当然彼は、あわててシンに声をかける。
そして、殺気を浴びせた詫びをする。
「君。すまない。つい、君のことが気になってしまい、殺気を送ってしまった」
相手は、どう見ても七歳くらい。今日行われている『判定の儀』対象者だろう。
そう、年端もいかぬ子供。
従者は、いきなり小汚い子供に頭を下げる伯爵の行動に驚く。
彼は、先ほど起こった殺気の応酬には、全く気が付かなかった。
そして、その子供が発した答えに、驚くことになる。
「
えーと、どう見ても七歳のガキが発する言葉では無い。
だが周りにいる子達も、理由が分かっているようで、少し怒っていらっしゃる?
シュワード伯爵家当主ロナルドが、顔色を変え、さらに頭を下げる。
その奇怪な光景を、従者ルドルフ=ラウレンス男爵は、あっけにとられて見る事になる。
当然その騒ぎは、周りにも異様さが広がり、場に騒めきが広がり始める。
「これはいけない。伯爵様。場所を変えましょう」
そう促す。
ぞろぞろと人混みから離れて、再度シンに頭を下げる伯爵。
「立ち姿。その体幹が気になり、少し力を見ようと思いまして、申し訳ありませんでした」
そのシンの後ろでは、相手が貴族だと判ったドミニクが何かを言っている。
「―― あい判った。それでは…… ふむ…… おじさん。何のこと? 僕わかんない……」
一応、こてんと頭を倒す。
無論。その後ろでは、アーネ達も顔を掌で覆い。苦笑いだ。
「お
真顔の伯爵。
「―― そうか、すまない」
そう言いながら、ごまかせなかったのを駄目じゃないかとでも言いたげに、ちらっとドミニクを睨む。
「睨んでも駄目。今のはシン君が悪い。私たち以外の前では、普通の子供の振りをすると決めていたでしょう?」
「それはそうだが、不用意にこやつが殺気などを向けるから、ついな」
「殺気?」
ルドルフ=ラウレンス男爵が、聞き返す。
「ああ、この子達の佇まいが、名のある武芸者のそれだと思い、つい殺気を向けてしまった。幻覚だと判ったが、一瞬で首を落とされた」
そう聞かされて、先ほどの騒ぎを思い出した。
いきなり倒れて、首がと確かに言っていた。
「では先ほどの、騒ぎ」
「うむ」
だが、男爵はまだ信じられない。
「こんな子供が?」
その姿を見て、伯爵の方が今度は頭を抱える。
修行が足りんなぁ。
「すまないが、彼と無手で立ち合ってくれないかね」
シンにお願いをしてみる。
「そいつとか? ううむ。力が足りぬようだが」
シンは、ちらっと見ただけで、そう答える。
「いやまあ、一応スキル持ちだし。そこそこ力はある」
まあ、当然だが。それを聞いた男爵は怒る。
「伯爵? 君、スキルはあるのかね?」
「そんなものは無い」
国民皆が渇望するスキル。強がりかもしれないが、聞き捨て出来ない言葉。
「そんなものとはなんだね。スキルは神が選ばれたものに与える。つまり選ばれた者である証明。栄誉ある力。それをそんなモノだと?」
かなり怒っている男爵。
「ああ、そうか。そういえばいつの間にか、真実が伏せられているのであったな…… 嘆かわしい。こい、真実を体験すれば納得できるであろう。その、腰に下げた剣を使っても良いぞ」
「剣を?」
驚く男爵だが、伯爵は頷く。
伯爵はあの一瞬で、シンの力を理解していた。
己よりも遙か高みの存在。
男爵が剣を持っても、相手にもならないだろう。
十メートルほど離れて向かい合う。
「始め」
普通なら、こんな光景は異様だが、今日は『判定の儀』。同じような光景はそこら中で行われている。
だがその内容は、かなり異様だったが……
向かい合った瞬間から、男爵は体が重いことに気が付いた。
体が、プレッシャーを感じている。
「ばかな。相手は七歳のガキ。それも無能力者……」
対峙してわずかな後、『始め』の声がかかった。
その瞬間に、心の中で膨れ上がる恐怖。
盗賊との
初めての時には恐怖と緊張で、体も重く足もすくんだ。
子供の頃から幾度も繰り返した対人の技。流派の技を体に刻み込んだ。それが、実際の戦場では助けになった。
反復によって覚えた『手続き記憶』は、無意識にでも体を動かしてくれる。
”手続き記憶とは、自転車に乗るような記憶。反復により一度覚えれば一生使える”
だが、それすら出来ない。
「動けぬか。仕方が無い」
ガキがそう言った瞬間に、体が軽くなる。
そして気が付けば、間合い。
心の中で、『剣技、攻撃三の型』を唱える。
そう、普段なら、その前にフェイントや何かを入れる。だが、何も考えずスキルを発動してしまった。
ゴブリン達の集団とかに対して、有効だと言われる三の型。
右手で剣を抜き、左下からの切り上げがすでに攻撃になっている。剣の軌道すべてが攻撃。
格下の、モンスター集団を力で切り伏せる暴力的スキル。
だが、相手はガキ。
男爵は、剣が本物であることも忘れて、本気でスキルを発動していた。なのに、切り上げは簡単に躱され、空中で剣先が弧を描き横薙ぎへと変わる流れの中で、気が付けば剣は手を離れて飛んで行く。刀を握っていた手を、当て身ではじかれた。
「はっ?」
おまぬけな声が出るが、剣が無くなっても体は勝手に動く。
これから先、今度は、左から右へと剣は回転して、足は歩を進めていく流れ。
だが、ひねった体は、側方の筋肉が物理的に緩む。
そこに、パンチ。つまり、当て身がはいる。
スキルの影響で、体は後一手動こうとするが、もう体は動かない。
「やめ。シン君と言ったかな。我が家に来てはくれぬだろうか?」
間髪を入れずに、誘いの言葉が伯爵からやって来る。
シンの足下では、男爵が腎臓への当て身により、焼けるような地獄の苦しみで呻いているが、彼のことを伯爵は完全無視である。
「ぐわぁあ」
背中が焼けるようだ。一体何が起こったぁ……
見上げれば、彼を勧誘する、和やかな伯爵の顔。
「そんなぁ……」
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