第二章 幼少期

第5話 特別選抜チーム

 その日、晩ご飯は、少し豪勢だった。


 いつもの闇素材屋では無く、報告もあり探索者ギルドにオークが渡ったからだ。

 ポイントは、チーム『夢の使徒』が稼いだが、報償はスラムで分けた。


 亡くなった皆は、あっという間に埋められて埋葬された。


 ギルドでは、報告されたオーガを探査するチームが組まれたようだ。明日にでも潜るらしい。

 目撃ポイントは判っている。


 何時までもいるとは思えないが、一応次の被害が出るまでは本気で動くことは無いだろう。今回の被害は、スラムの住人。国にしてみれば、モンスターの異常センサーが、一つ反応したようなもの。


 子供の体の為なのか、ひどく疲れて寝ていたが、ラファエル=デルクセンとしての習慣。常時周囲警戒はしている。

 レム睡眠を主として、脳まで休むノンレムは短時間にコントロールを行う。


 体はそれでも休息できる。

 雑魚寝の中でも、かれは異常を感知する。

 そっと近寄ってきた者。それに声をかける。

「なんだ、ドミニク」

「ひっ。―― 起きていたの?」

 彼はそっと身を起こし、目を開ける。


「いや、いま起きた」

 そう言うと、彼女は少し逡巡しゅんじゅんしたようだが聞いてくる。


「シン。一体何があったの? 今朝までとは絶対違うよね」

 彼女も、じっと目を見ながら聞いてくる。


「うむ。いや…… 今朝までと変わってないよ。おねえちゃん」

 思わず、彼女はため息を付く。

「ごまかせていないから……」

 暗いが、ジト目なのを感じる。


「うむ。そうか。それは残念…… 。―― そうだな、この体はシンで間違いない。前の人世。―― その記憶が不意に蘇った。それだけだ」

 覚悟を決め説明をする事に決めた。記憶が蘇ってからの幾つもの不手際。誰かに、真実を知っていてもらった方が都合がいい。


「前の人世?」

「ああ。名をラファエル=デルクセンと言うのだが、知っておるか?」

 そう聞いて、ドミニクはきょとんとする。


「スキルシステムの欠点を提唱して、独自流派を組み立てた創始者でしょう。確か…… 伝説の英雄で、千年以上も前の人」

「はっ?」

 千年?


「なんか昔は、小国が沢山あって、その戦乱の世を治めた人で、仲間が各国の王となったとか? 内乱があったりして少し変わったけれど、ダンジョン国家のフィリップ商国が独立する前は、六つの国だったって聞いたわよ」

 それを聞いて、彼は複雑そうな顔をした。


「千年以上か……」

 その時、近くの子供がぐずり始める。


「おっといかんな。話をするなら、外に出よう」

「あっ、そうね」

 彼女が、ぐずる子の頭をなでると、おとなしくなる。

 癒やしの手というのだろうか、小さな子は、温かな手を感じると安心するようだ。


 彼は、すっくと立ち上がると、暗い中を、平気で歩き始める。

 月の明かりが、壁の隙間から入るが、建物の中はかなり暗い。


 慣れているドミニクでも、多少踏んづける事がある。

 外に出て、一番に気になり聞いてみる。

「どうして? あの暗い中を歩けるの?」

 彼は、何でも無いことのように教えてくれる。


「目に魔力を纏わせ、強化をする」

「目に魔力?」

 首をひねっていると、しゃがめとゼスチャーされる。

 ドミニクがしゃがむと、ぴたっと小さな手が額に当てられ、体の中で、何かが流れ始める。

 胸から流れ出したそれは、頭に集まり、目へとやって来る。


 すると急に、光が増幅されて明るくなってきた。

「うわっ」

「このくらい、自分でやれ。足に集めれば足は強化され、強くなる。さらに体の動きに合わせて流れを作れば、もっと強力に力が出せる。おなごでも、無手でオーガくらいなら殴り殺せるはずだ」

「オーガを?」

「ああっ」

 彼は胸の前で腕を組み、明言をする。


「スキルの習得は出来ないの?」

 ふと、一番気になることを聞いてみる。


「あれは神が与えるものだ。だが、ある程度強くなればかえってジャマになる」

 彼は言い切る。


「えっ、そうなの?」

「ああ。その事は残っていないのか? 確か、何かに記し残したはずだが」

「聞いたことがない」

「そうか……」

 なんとなく想像が付く。


 スキルは努力も無しに色々な技術を習得でき、神の与えた力とという大義もある。神による初期技能のサポートだと教えても、その力に執着する者達がいた。

 自分自身も、戦争の時にそれを利用をしたのだが。


 長年の研鑽をもって力を持つ少数の兵を求めるよりも、スキル持ちに、対人の手ほどきをする方が早かった。

 たとえ、研鑽の先にスキルを凌駕する力が得られるとしても、人の人生は短く。時間は重要だ。


「本当に強くなるの?」

 何かを期待する目。スキル無しは役立たず。それが常識だった。


「ああスキル持ちは、単なる早熟だ。それだけでは、本当の強者には成れん」

 それを聞いて、彼女は教えを請う事を決める。

 弱く、助けを必要とするもの達。

 力を悪用しない者達に、教えてくれと懇願した。


「まあ良いだろう」

 それから、特別チームが秘密裏に作られ、訓練が始まることになる。


 先ずは体内の魔力操作。

 それと、剣技と無手の基本になる型。

 それを、自主訓練させる。


 本人は、お手伝いでダンジョンに入り、時々姿を消しては、モンスター相手に、体を慣らして行った。


 そしてあっという間に時は流れ…… 二年後の、『判定の儀』。

 彼は見事に失格になる。


 試験は武器を待たせて、スキル名を発声するだけ。

 それだけで、スキルは発動をする。


「『剣技、攻撃一の型』」

 スキルがあれば、抜刀からの袈裟斬りが、発動をするはず。

「うむ。発動せんな。失格」

 これだけである。


 本当は思うだけで発動するのだが、これは試験。

 皆が色々な所で叫ぶ。


 そして、当然だが。その結果に一喜一憂することになる。

 むろん出来る子供達は、すでに使っている。

 だが今日になれば使えるかもと、期待をする子供達も多い。

 実際に、ある日突然、使え始める子供もいる。

 そのため、試験は七歳と十二歳の二度あるのだ。

 昔は十二歳だけだったが、貴族の教育をさせるために七歳が追加された。


 そんな会場には、貴族達が詰めかけ、合格をした者達を勧誘していく。

 そんな中に、武の名門貴族シュワード家。当主ロナルド=シュワードの姿もあった。

 そして、スラムの子供達の中に、妙に体幹のしっかりしたグループがいることに気が付く。


「ふむ。あの子達は一体?」

「ああ。ドラゴンダンジョン近くにある、スラムの子達でしょう。どうかなさいましたか?」

「気が付かぬか?」

「えっと、何がでしょう?」

 ロナルドは、弟子の反応にため息を付く。


 スキルだけに頼るとこうなる。

 だから敵の強さを読み違え、負ける事になる。

 勇あるものは体の運びが違う。

 スキルでは無い、修練による剣技。

 スキルとスキルの間に、独自の剣技を挟み敵を屠る。


 一瞬の判断により、勝利を掴む。

 だが、スキルの組み合わせでも、かなりの域に達する為。それ以上に進もうとしない。


 ロナルドは、ふと気になった一人の子供に向けて、小石を投げる。

 だが、予想に反して、動きが無い。

 当たった事は、判っているはず。


 ふと、剣を持ち、殺気を込める。

 だが彼は、それを後悔した……


 その一瞬で、確かに自身の首が落ちたのを感じた。

 足の力が抜け、倒れ込む。

「お館様。どうなされた」

 従者が必死で、体を起こす。


「首が……」

「首がどうなされました?」

 そこで、自身の首が付いていることに気が付く……


 今のは一体?

 その子は、ちらっとだけこちらを向いたが、すぐに興味を無くし、仲間達と会話を始めてしまった。


 それが、ロナルドとシンの邂逅であった。

 この出会いがあったからこそ、後年シュワード家は人類を救い、大陸に伝説を残すことになる。

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