第4話 スラムの生活

 へたり込んだまま、目の前にいるシンの事を考えていた。


 今朝までは、ひ弱で甘ったれなシンだった。

 彼の両親も、このスラムで暮らしていたが、人がよく食い物にされる部類の底辺探索者だった。


 ここでは自分が暮らす為に、だまし脅し奪う。

 そのため、賢く立ち回らないと生きていけない。

 だが、シンの両親は人が良いだけで、要領が悪く最低限の暮らしをしていた。


 そして、シンを預けたまま帰ってこなかった。


 シンもご両親に似て、人がよく甘ったれ。

 いい加減少ない食べ物。

 それを横から盗まれても、ニコニコして我慢をする。

 子供も五歳にもなれば、個性が出る。


 ずる賢く立ち回る子供達。

 大人の目を盗み、悪さもし始める。

 シンは、来たときからひ弱で、周りの子に譲る癖があった。

 そのため、周りから舐められ馬鹿にされ、虐められていた。

 あいつは、大丈夫そんな判定をされると食い物にされる。

 

 付いていないとというか、ここで暮らすには、そう、向いていない子供。

 こういう子は長生きできない。

 体が弱い為、ダンジョンに入るのも少し遅れた。


 そんな彼は、ひ弱な体で多く荷物を持たされる。

 そうそれは、とっさの時に動けず危険。

 引率者もそれは分かっているが、それは此処での普通。

 弱く、要領の悪い奴は、早く死ぬ。


 そう。それが普通なのだ……

 運の無い子。

 ただそれだけ……


 確かに、今朝までは……

 目の前にいる、強者を感じるこのオスは何?

 このスラムで生きる女の子は独特の感受性を持つ。

 強いオスを見つけて選択する。


 それが、生きていく為の力。

 個人で強い力を持つ子もいる。

 スキルが無くとも、魔法を極めて強くなる。

 剣技でも、力では無くスピードとタイミングで強くなる子もいる。そんな子は、一人で生きていける。

 でも、多数は十二歳を越えた頃から、女を意識する事になる。


 男達からの嫌らしい目。

 それから逃れるには、強い男を側につける。

「あいつの女だ、手を出すとまずい」

 それが抑止力となる。


 あとは、ドミニク達のように、役に立つこと。

 子供達の保護と、管理者達は此処での義務。

 手を出せば、先輩達に殺される。


 だがまあ、おおよそ二十歳までに、身の振り方を考えねばならない。無能力者の、生活準備の為に作られている、決まりだからだ。昔は、十五歳までだったが、色々あって伸びた。


 そう、色街があったが、国に潰された為だ。

 そこを中心に広まった感染症。


 それは、王国全土で猛威を振るい国民の二十パーセントが命を落としたと言われる。

 王国はその責任を、スラムに取らせた。


 そして、近くに国営のものを造った。

 民間では禁止。

 各領に設置して、税収を上げる。

 ダンジョンのある国では、他国の探索者も多く訪れる。

 理由を探していた王国は、機会を逃さずスラムの収入を奪った。


 危険で汚いダンジョン探査は、手を出してこない。

 それが救いではある。


 そんな厳しい暮らしの中、シン達のようないい子は消えていく……


「なんだこりゃ」

 あわてて駆けつけてきた探索者チーム『夢の使徒』。

 地面に転がる、見知った者達と二メートルを越えるオーク。

 こいつは、二階層でもあまり見ないモンスター。


 たまに地上で集落が発見されるが、その時には千人近くの探索者が集められる。

 無能力者ならば、普通は五人がかりで、一体を相手にするモンスターだ。


 だが地面に転がるこいつには、額に深々と刺さったナイフ。

 それは、ゴブリンがよく持っているもの。

 ちびっ子達が装備している屑武器。

 切れ味も悪くあまり危険が無い為、ちびっ子が装備している。


「一体何があった?」

 ドミニクが、聞いた話を皆に説明をする。


 その時、シンはオーガを持ってこなかった事を後悔する。

 だが、すでに燃やし尽くしてしまった。

 自分の記憶に無い知識、それが気になりつい使ってしまった。

 まあ、終わったことは仕方が無い。


 今までの暮らし、その中でどう立ち回るかを考える。

 先ずは成長して、体をまともにすること。

 今のままでは、少し動くだけで壊れてしまう。

 食って寝て、育つ。

 その中で、必要最小限の運動。

 あまりしすぎると、筋力が成長を制限してしまう。

 皆があたふたとする中で、ぼーっと考える。


「おいシン。どうして、スキル持ちを守らなかったぁ」

 そんな事を突然叫び詰め寄って来るのは、ラーシュと言う無能力者。

 認定されてから、ヘラルドとティトにスキルがあるだろうと目をつけ、貴族に拾われるときに、自分にも何とか職を貰おうと考えていたようだ。


 あからさまな、依怙贔屓えこひいきと優遇を行っていた。

 だが年上の引率者が死んでいる現状。

 それに普段、シンを役立たずとして完全無視をしていた奴。



 腐ったナイフでオークが死に、その弱かったはずのシンが生き残ったおかしな状況。


 それなのに、シンに詰め寄り、殴ろうとする。

 当然、シンの方が背が低く、打ちおろしのパンチ。

 体を躱して、伸びてきた腕を掴み、つい関節を決めながら背負い。投げてしまった。砕ける肘と、場に響く絶叫。


「おい、何をしている?」

「あー。つい。殴られると思ったので投げたのだが、申し訳ない。関節を折ったようだな」

 そう言って、頬をかく、シン。


「おまえ、一体……」

 オークの死体。それを見た驚きが大きく。気が回らなかった。だが、シンが生き残っている。その異常な事態に、やっと気がつき始めた。


 そそくさと、ドミニクがやって来ると、シンを抱えてなだめる。

「シン怖かったねぇ。せっかく生き残った小さな子を罵倒するなんて。自分たちでも、オークなんて相手できないくせにねぇ」


 うつむき、そんな事を言っているドミニクだが、シンにだけ見える表情は怪しく笑っていた。

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