第7話 武の名門。シュワード伯爵家

「誘いに乗っても良いが…… だが此処で、わしが抜けると、この者達が困ってしまう」

 こちらを見ているのは、ざっと十人ほど。

 中には、ドミニクとアーネも混ざっているが、基本は小さな子達。


「ふむ。単なる庇護対象ですかな?」

 伯爵は彼らを、ちらっと見て質問をする。

「いや。この二年ほど知恵を授け、指導をした」

 ふむ。そう思ってみると、立ち姿に雰囲気が見て取れる。


「君、ちょっといいかね」

 呼ばれたのは、今年五歳のラルフだった。


「今から、攻撃をするから対応をしてくれ」

 そう言って、彼に向け。

 鞘に収まったままで、おもむろに剣を振るう。

 鋭いが、手は抜いているようだ。


 上から降ってくる剣の腹を、手の平で押しながら、するっと懐に入ってくる。そして、金的に当て身がはいる。

 そして上半身が崩れてきたところに、肘を使い、突き上げるような鳩尾への一撃。


 メキッと肋骨が、いやな音を出す。


「ぐはっ」

「やめっ!」

 そう言ったのはシン。

 止めていなければ、次のステップ。倒してからの目へか喉への突きが入っていたはずだ。


「人さらいも多くてな。すべて、相手を壊す技のみ優先的に教えてある。すまんな」

 そう言いながら、彼が何かをしたらしく、痛みが消えていく。


「これは?」

「治癒魔法だな」

「なんと…… 魔法まで」

 それこそ、スキル無しが魔法を使っても、生活魔法程度。

 それ以上は、覚えることが出来ないとされている。


 そうして、彼らは全員、伯爵の屋敷に引き取られることになった。

 翌日にしたのは、ちびっ子はいいとしても、ドミニクとアーネが役目の引き継ぎが必要だからだ。

 管理者の後任は、順番待ちが出来ているくらいだから問題ない。


 ところが、その理由を述べたら騒ぎになった。無能力者ばかりが、十人ほど貴族に引き取られることになった為だ。

 それが、大きな波紋となる。人間、上位の者が優遇されるのは我慢が出来ても、同程度か下の者が優遇されると、途端にキレ散らかすものである。


 特に、あの日腕を折られたラーシュ。あの日から二年近くが経つのに、つけ狙っていた。

 当然シンはそれを分かっていて、子供達に壊す技を教えていた。


 自分が到着をするまで、持たせる。

 相手の力を利用をして、最大限の効果を発揮する技。

 大きい体格をしている相手に組まれるのは、圧倒的に不利なので組まずに倒す。


 投げと、当て身。

 そのため、彼らにちょっかいを出した彼は、幾度となく撃退されていた。

 そこで悔しいなら頑張ればいいのに、右肘を折られたせいだと言い訳をして、努力はしない。


 そして、今回の出来事。無能力者の身請けはスラムでも衝撃で、あっという間に噂は流れ、彼の耳にも入ってしまう。

「シンが、貴族に?? 嘘だろう。あいつは無能力者だったはずだ」

 教えてくれた人間に、食ってかかる。

「他にも奴と連んでいた奴。全員だってよ。俺も習っていれば良かったぜ」

 だがダメ押しまで……


「そんな…… ふざけんなよ」

 そんな言葉を残して、剣を持ち、ラーシュは走って行く。


 明日になればいなくなる。それも貴族の家に身請け? 許さねえぇ。


 シンを見つけた彼は、剣を抜き振りかぶる。

「しーんんっっ!! てめえだけは……」


 だがその日、シンは手加減をしてくれなかった。

 皆が、声に反応して振り返ったとき、なぜか宙を舞う剣の鞘が、地面に転がるところだった。


 それを見ていたものはいたが、一瞬だけで、ラーシュが光の中に消えていくのが見えた。

 それ以降、彼の姿を誰も見ていない。


 翌日、伯爵の馬車とは別に、乗り合いのような馬車が用意されて、皆で乗り込む。


 それから、二週間ほどかけてシュワード伯爵家に到着し、家人から睨まれることになる。

「伯爵さま。スキル持ちを見つけに行っていたのでは?」

 家宰である、セバスディーはチラリと皆を見る。

 大抵、連れてきても一人か二人。

 だが、結構大きな子も含めて十人……


「いや、今回は色々あって探さなかった。それよりも彼らは…… あー。さてどうするか…… スキル持ちのように養子にするのか? それとも客人か? とりあえず、塾生達の寮が空いているな。服も見繕ってあげてくれ」

「はっ。承知いたしました。当座は客人で扱います」

「ああ、それでたのむ」

 家宰のセバスディーにそう言いながら、伯爵は奥方への言い訳を悩んでいた。


『スキル持ちで、いい子が居れば連れてくる』

 出かける前に、そう言ったが、スキルの有る無しはすぐにバレる。

「だが彼女なら、意味を分かってくれるだろう。娘のヘルミーナのためにも、それがいいだろう」

 実の子供、娘のヘルミーナ。

 それとは別に、スキル持ちの養子ヴィクトルが居る。

 だが、この二人、相性が悪い。


 伯爵家令嬢としてのプライドと、スキル持ちで養子となったヴィクトルのプライド。

 ヴィクトルは、すぐに学園都市アルフィオの王立貴族院。つまり学園に入れたために家にはいないが、帰ってくる度に喧嘩である。

 ヘルミーナは五歳だが、すでにスキルがあることは判っている。

「私がいるのですから、あいつは必要ありません」

 とまあ、あいつ呼ばわりである。


 伯爵はプライドの問題と、そう思っていたが、実はもっと根深いものだった。

 娘は、幼いながらに、助けを求めていたが、彼は気が付かなかった。



「皆さんは、しばらくは客人として、こちらを利用してください。寮ですので、一部屋四人。一階に、食堂がございます。朝晩は出ます。外食を行う場合は前日に連絡をお願いします。ふろは、週一ですが、沸いてない日でも水浴びは出来ます。着替えは…… こちらで用意いたしますので、急遽湯を沸かします。入浴後、着替えてください。それまで部屋へは行かないように」

 こうして、伯爵家に迎え入れられた。諸手を挙げて歓迎とはいかないようだが、スラムからは脱出できた。


 家宰の反応から、自分たちの状況を思い直す。

「どうやら、予想以上に小汚い様だな。鏡が無いから未だに自分の顔すら判らん」


 そして男女関係なく風呂に入り、ドミニク達にまで、先に体を洗ってから入れ―と怒鳴る始末。


 結局ちびっ子達を手分けして洗い、疲れ切ってしまった。

 そして夕食も、スプーンなどがあったので、使い方を教えて食わせる。


 日も落ちて、普段なら寝る頃だが、伯爵の奥方が現れたので挨拶をする。

 奥方はアウロラと申すものだが、明らかに伯爵よりも強い。


「ふーん。あの人が何をとち狂ったのか、折檻をする予定だったのだけど…… あなた何者?」

 悩む。だが、此処で世話になる身。

 バラした方が、ぼろが出た時に理解を得やすいか。


「スラム育ちのシン。いま七歳だが、昔の記憶がある。昔の名は、ラファエル=デルクセン」

「はあっ?」

 流石に驚いたか…… 有名らしいからなぁ……


「本気?」

 そんな事を聞いた彼女だが、おやっ? 雰囲気が変わった。


 そう思ったら、いきなり魔法を発動し、その炎の奥でナイフを投擲。

 右にサイドステップ。つまり俺から見て、炎の右にいた体が今は左にある。

 これはスキルではなく、単なる身体能力。さらに、左手でナイフを投擲し、右前へ踏み込んで、勢いそのままで右の蹴り。

 ちなみに彼女はスカートだ。


 体重差があるため、受けてあげない。

 俺から見て、炎が来ている方。

 左からは彼女の右足が来ているが、炎を除け右に逃げると先ほどのナイフが、時間と距離を空けてやって来ているはず。

 当然俺は踏み込み、本当なら膝を折るが、奥方にそんな事は出来ない。

 だが、蹴り足は受け流しながら軽く持ち上げて、荷重の抜けた軸足を払う。


 だがその状態で、すかさず回転をして、軸足が顔を蹴りに来た。

 仕方ないので、持っていた蹴り足を放す。ぱっと……

 当然体をひねろうとするが、空中に体は浮いている。

 地面を突き体制を整えようとしたのだろう、伸びた手を、俺は足でそのまま蹴り払う。

「あっ」

 顔面から、べちゃっと落ちる。


 うん。手を払ったからね。

 うつ伏せになった状態で動かないが、いまだ全身から何かを狙ってますオーラが滲んでいる。

 周囲に、彼女の体を囲うように、ポツポツと火を灯していく。


「もうっっ。初対面なのにひどいわね」

「お互い様だ。ナイフは返す」

 そう言って渡す。


 それを見て始めて、彼女の目が見開かれた。

「いつの間に……」

「さっき、蹴り足を掴みに行く前」

 そう言うと驚いていた。


 その様子を、二階から見ていた目があった……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る