第4話
こうして俺達は、両親に事情を話してから近くにある公園に向かった。公園内は虫の鳴き声が微かに聞こえてくるほど静かで、親子連れどころか、誰も居ない。それでも落ち着かなった俺は辺りを見渡した。
「大丈夫そうだね」
「そうね」
サッちゃんは返事をしながらしゃがむと、早速、互いの内側の足首に紐を縛って固定する。
「痛くない?」
「大丈夫」
「さぁーて、まずはゆっくり歩く練習するわよ」
サッちゃんはそう言って立ち上がる。俺は「うん」と返事をして、恥ずかしかったけどゆっくりサッちゃんの腰に手を回した。ムニュっと柔らかい感触がした瞬間、「ちょーっと待った!!」と、サッちゃんが行き成り大声を出す。
「な、なに!?」
「ふつー、肩でしょ!?」
「え、そうなの?」
「そうよ、絶対!」
サッちゃんは顔を真っ赤にさせながら、ズボンから携帯を取り出し調べだす──。
「どうだった?」
「──えっと……低い位置の方が良いみたい」
「というと?」
「──あぁ、もう! 恥ずかしいけど腰にしましょう!」
「う、うん」
俺が返事をすると、サッちゃんは優しく俺の腰に手を回す。た、確かにこれは恥ずかしいかも……。
「──こんな事だったら、もう少し痩せておけば良かった」と、ボソッと聞こえ俺は直ぐに「いまの体型ぐらいが、丁度いいんじゃない?」と答える。
「うっさい……始めるよ」
「うん」
「はい、内側から1……2……1……2……」
──そんなこんなで俺達は、練習を始まる。サッちゃんは練習前にお風呂を入ったのか、ほんのり石鹸の香りをさせていた。その良い香りの中に微かな汗の匂いが混ざり、俺の方へと漂ってくる。
俺の気付かない性癖だったのか、その匂いで妙に興奮して、下半身の血の巡りが良くなってしまう。ま、まずい! 早く違う事を考えて相殺しなければっ!!
「今川君? もっと足を大きく開いて! 私の歩幅はそんなに狭くないよ?」
そんなの分かってる。分かってるけど今は無理なんだよ!!
「──ちょっと真面目にやってる?」
歩幅の調整をしている俺に、サッちゃんは痺れを切らして、こちらに顔を向ける──すると、バレてしまった様で、サッちゃんは目を見開いた。
「ちょ、ちょっと! なんて所を立ててるのよっ!!」
グイっとサッちゃんに押され、俺はサッちゃんと一緒に倒れてしまう。
「痛たたたた……もう! 練習、中断っ! 休憩しよ!?」
「う、うん……」
座った状態で紐を解くと、サッちゃんはスッと立ち上がり「ジュース買ってくる。何がいい?」
「あ……じゃあオレンジジュースで」
「分かった」
サッちゃんは返事をすると、そそくさと自動販売機のある方へと行ってしまった。
「こりゃ……やっぱりやめたって言われそうだな」と、俺は呟きながら、近くの白いベンチに座る。
少しの間、待っていると、サッちゃんがジュースを2本持って、戻って来た。1本、俺の方に差し出してくれて、受け取る。
「ありがとう……」
「はい」
サッちゃんは、人一人分ほど空けて俺の横に座ると、ジュースを飲み始める。俺も黙って飲み始めた。
「──さっきは突き飛ばして、ごめん……怪我してない?」
「あぁ、大丈夫だよ。田口さんは?」
「大丈夫」
「良かった。俺の方こそ、ごめん……さっきのはその……」
俺が言葉を詰まらせると、サッちゃんはグイっとジュースを飲み干し、立ち上がる。大きく背伸びをすると「じゃあ……気を取り直して練習しようか!?」と、言ってくれた。
俺はその言葉に、少しびっくりしたが、直ぐに頷く。
「うん、そうしよう!」
──それから俺達は更に30分ほど練習した。走るとバランスを崩してしまう事はあるけど、何となくコツを掴んできた気がする。
「体育祭は今週末だし、この調子で練習すれば何とかなりそうだね」
「えぇ、そうね」
「じゃあ、今日はこの辺にする? あまり遅いと明日に響きそうだし」
「そうね、帰りましょう」
──家に帰り、ダイニングに入ると俺は安心したこともありグゥ……と、お腹を鳴らす。俺は恥ずかしくなり、隣に居たサッちゃんの方にチラッと視線を向けた。サッちゃんはしっかりと俺の腹の虫が聞こえていた様で、ニコッと微笑む。
「ふふふ。せっかく私が手伝った料理だったのに、ちゃんと晩御飯を食べないからだよ!」
「面目ない……」
「おかずは明日の御弁当にするって静江さんが言ってたし、インスタントラーメンでも食べる? 確かお父さんが迷惑かけるからって、色々置いていったはず」
「うん、食べる」
「じゃあ作ってあげるよ!」
サッちゃんがそう言った瞬間、今度はサッちゃんのお腹の虫が鳴る。サッちゃんは恥ずかしかったようで俯き加減で「聞こえた?」
「うん、しっかりと」
「そこは聞こえてないって言いなさいよ、まったく……」
「あはははは」
サッちゃんはクルッと俺に背中を向けると、台所の方へと歩いて行く。俺も後ろを付いて行って、鍋やどんぶりの準備を始めた──。
「卵は入れる?」
「うん、入れる」
「少し茹でた方が好き?」
「いや、生卵の方が好き」
「変わってないね。私もだけど!」
サッちゃんが鍋からどんぶりへラーメンを移し、モアっと湯気が立ち昇り、美味しそうな塩ラーメンの匂いが漂ってくる。俺はゴクッと唾を飲み込み、もう一度、お腹を鳴らした。
「はいはい、ちょっと待ってね」と、サッちゃんは言いながらパカッと卵をラーメンに入れ、俺に差し出す。
「はい、お先にどうぞ」
「良いの?」
「うん、私も直ぐに行くから」
「ありがとう」
俺はどんぶりを両手で持って、ダイニングへと向かう──サッちゃんが来るのを待って、向かい側に座った所で、両手を合わせた。
「いただきます」
「いただきます」
箸を持ち、一口ラーメンをすすると、いつもと同じインスタントラーメンなのに、いつもより格段に美味しく感じた。
「美味しいね」
「ねぇ。でも太っちゃうかな」
「大丈夫だって」
「それって……」
「ん?」
「うぅん、なんでもない! 太ったら、今川君のせいだからね」
「またそんなこと言って」
「ふふふ」
昔のサッちゃんはこんな風に冗談を交えながら会話するタイプではなかった。だから今こうして、話しているのがとても新鮮で、日常的な光景なのに不思議と輝いてみえた。
「──なに?」
「うぅん、何でもない」
「変なの、ラーメン伸びちゃうよ」
「そうだね」
本当は何でもないではない。可愛いなって思いながらサッちゃんを見ていた。でも……そんなこと言える訳がない。
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