第3話

 学校が始まりロングホームルームになる。今日は体育祭で各々が出る種目を決めるらしいが……黒板に書かれている種目はどれも出たくないものばかりだ。特に見世物にされそうな二人三脚や借り物競争……これは避けなければ!


「はーい、じゃあ種目を言っていくので、自分が出たいものになったら手を挙げて下さい」と、委員長が仕切ってくれる。


 俺は自慢じゃないが走るのが苦手……だとすると、選ぶのは綱引きの一択!


「もし人数が多かったらジャンケンで決めて貰いますからね」


 委員長がそう言った瞬間、教室内がざわめく。そりゃそうだ。じゃんけんで負けてしまえば、嫌でも違う種目に出なければならないのだから。


 大丈夫だ、落ち着け……綱引きの人数は男女合わせて10名。クラスの大半が選ばなければジャンケンなしでいけるはず!


「──はーい、次は綱引きです」


 委員長がそう言った瞬間、俺は間髪入れずに手を挙げる。きっと、こんなに真っ直ぐ綺麗に手を挙げるのは小学校以来だ。


「──1……3……6……8……15。ありゃ、綱引きはオーバーしているのでジャンケンですね」


 何!? 俺は一番前の席だったので、何人手を挙げたのか分からず、慌てて後ろを振り返る。ほんとだ……半分、挙げているではないか……。


 考えたら、二人三脚や借り物競争、リレーなんてリア充が選ぶ種目、当然ちゃ……当然だ。


「それじゃ、後でジャンケンをやりますので、先に進めます」


 ──そんなこんなで出る種目が決まっていき……俺はジャンケンに負け、嫌だと思っていた二人三脚になってしまった。ふ……人生なんてそんなものよ。相手は──。


「はーい。ジャンケンに負けたので今川君の相手は、田口さんになりまーす」


 なんてこった! 教室がまたもやざわつき、何だか嫉妬の視線を向けられている気がする。


 それに「──田口さん、可哀想……」や、「今川が相手じゃ、期待できないな。俺達で頑張ろうぜ」なんて、声がチラホラと聞こえてくる。


 そんなの俺が一番分かってる……グサッと来るから口に出さないで欲しい。


「はいはい。静かにしてください。これにて出て貰う種目が決まったので、終わりにします。ありがとうございました」


 俺は頭を抱え「はぁ……」と溜め息を漏らす。


 ため息をつきたいのは俺じゃなくて、サッちゃんの方だろうけど……先行き不安で出てしまう。帰ったら、どんな顔で会えばいいのだろうか。


 ※※※


 その日の夜。俺はサッちゃんと顔を合わせるのが気まずくて、ずっと部屋に籠っていた。


 すると下の階から「篤、御飯よ」と、母さんの声が聞こえてくる。いつもなら直ぐに下りていく所だが、きっとサッちゃんもいるだろう。


 どうしようか……と、少し悩んだが、サッちゃんに避けられていると思われても嫌だし、「分かった」と返事をして、部屋を出る準備をした。


 ──手を洗ってからダイニングに行くと、サッちゃんが手伝ってくれたのか既に夕ご飯の準備は出来ていて、先に二人はダイニングチェアに座っていた。


 母さんはサッちゃんの隣に座っているので、空いている席は向かい側しかない。それで母さんの前には父さんの箸が置かれているから、当然、俺はサッちゃんの前に座ることになる。


 俺は気まずい気持ちになりながらも、気持ちを悟られない様に、すんなりとダイニングチェアに座った。


「それじゃ頂きましょうかね」と、母さんが言うと俺達は手を合わせ「いただきます」


 それから母さんが一人で話し始め、俺は適当に相槌を打つ。チラッとサッちゃんの方に視線を向けると、サッちゃんは無表情で黙々と食べながら食卓を見つめていた。


 もしかして怒ってる? そりゃそうだよな。俺のせいであんな事を言われたんだから──俺は何だか直ぐにお腹いっぱいになり、おかわりせずに「ご馳走様」と言って、立ち上がる。


「え? もうご馳走様なの? せっかく里美ちゃんが手伝ってくれたのに……」

「ごめん。今日は動かなかったせいか、あまりお腹が空いてないんだ」

「そう……具合悪いとかじゃないわよね?」

「うん。それはない」


 ──俺は空いた皿を持って、台所に置いてくると直ぐに自分の部屋へと向かった。気分転換にベッドの上で漫画を呼んでいると、コンコンとノックが聞こえてくる。


 母さんかな? と俺は思い、上半身を起こすと「入って良いよ」と、声を掛けた。すると入って来たのは何と、サッちゃんの方だった。


「お邪魔するよ」

「う、うん」


 俺は緊張のあまり、ベッドに漫画本を置き、正座をしてしまう。サッちゃんは俺の前で立ち止まると、両手を腰に当て、仁王の如く立った。これじゃ俺……今から怒られる子供みたいじゃないか。


「今日の体育祭の話。あれ聞いて、アッ……今川君はどう思った?」

「どうって……?」

「悔しくなかったかって話!」

「あぁ……そりゃ悔しいよ」

「じゃあ見返しましょう!」

「え?」

「見返しましょうって言ってるの!」


 サッちゃんは何故か学校の赤ジャージを着ていて、ズボンに手を突っ込む。そしてどこから持って来たのか、白い鉢巻を取り出した。


「可哀想? はッ! 何が可哀想なのよ。それを決めるのはあんたじゃないでしょ! 今川が相手じゃ、期待できない? 上等じゃない! そうじゃない所、見せてやるんだから!」


 サッちゃんはフンスッ! と、鼻息を荒くして、額に鉢巻を巻きながらそう言った。どうやら怒っていたのは俺に対してではなく、クラスメイトに対してだった様だ。


 負けず嫌いで逞しいのに……何故か可愛く思えてくる。こんなサッちゃんも居るんだな。俺は微笑ましくて、笑みを零してしまった。


「ちょっと今川君、なに笑ってるの!? 」

「別に」

「笑ってないで、ほら行くよ」


 俺はそう言われながら、サッちゃんに腕を引っ張られる。


「行くって何処に?」

「近くの公園! あそこなら夜でも明るいでしょ」

「明るいけど……今日は遅いし、朝じゃ駄目なの?」

「クラスメイトに練習している所、見られたくないでしょ? それに今川君は朝早く起きれるの?」

「そう言われると……えへへ、自信ないかな?」

「でしょ? じゃあ今から行きましょう」

「分かったよ」

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