第2話

 サッちゃんと同居が始まった、その日の夜。俺は隣の部屋にサッちゃんがいると思うと落ち着かなくて、早めに風呂場へと向かった。


 ドアを開けると「キャっ!!」と、突然、叫び声が聞こえる。部屋に居ると思っていたサッちゃんは何と、お風呂に入ろうと、脱衣所で着替えていたのだ!


 上下、下着姿のサッちゃんは、フリフリの薄い緑をした下着を一生懸命、手で隠そうとしている。クールな印象もあるサッちゃんだから、スポーティーな下着かと思えば、そうじゃなかった……。


「ちょっと、早く閉めてよッ!」

「あ、ごめん!」


 俺は急いでドアを閉める。そして、そそくさとその場を後にしてダイニングへと向かう。すると、親父がニヤニヤしながらリビングの方からやってきた。


「おうおう、悲鳴が聞こえたと思ったら、早速、青春をしているのか?」

「冗談言ってんじゃねぇよ! あぁ~……初日からやってしまった。これから口を一切、聞いて貰えないコースだ」

「そうか? 昔は裸で一緒に水遊びや御風呂入ったりしてたんだぞ? そんなんで壊れる関係か?」

「今と昔じゃ違うだろ! 今のあいつは──」

「いまのあいつは?」


 エロささえ感じる丁度いいムチムチ加減で、出るところ出てて、その……。


「あ~! もう何でもない! 父さんには関係ないから、あっち行ってて」

「はいはい」


 父さんは返事をして、あっさりダイニングがある部屋から出て行く。俺はとりあえずダイニングチェアに座った。


「やっちまったもんは仕方ないよな……」


 とにかく出て来たところで謝ろう。そう思った俺は、その場でサッちゃんを待つことにした──携帯を弄りながら待っているとバタンとドアが閉まる音がする。サッちゃんが出て来たと分かった俺は、椅子から立って待つことにした。


 石鹸の良い匂いをさせ、ピンク色のパジャマを着たサッちゃんがハンドタオルで髪を拭きながら、こちらに向かってくる。


 そんなクラスメイトの新鮮な姿をみてドキドキしているのか、それとも今から怒られるかもしれないと思ってドキドキしるのか、良く分からないが、とにかく緊張している事だけは分かった。


「サッ……じゃなかった。田口さん、さっきはごめん」と、俺はサッちゃんの方を向きながら謝る。サッちゃんは俺の前に立ち止まると、怒るどころか恥ずかしそうに視線を逸らした。


「いえ……声も掛けずにお風呂に入ったし、鍵も掛けなかった私も悪いから」


 サッちゃんはそれだけ言って、足早にダイニングから出て行く。俺は意外にあっさり解決して、情けなくポカァーンと口を開けていた。


 最近は学校だけのサッちゃんしか知らないし、見掛けも変わってしまったから、俺の勝手な思い込みでサッちゃんを評価してしまっていたけど、しおらしくて可愛い所もあるんだな。


 ※※※


 次の日の朝。携帯のアラームの音で俺は目を覚ます。目を覚ましたけど……布団の温もりが気持ちよくて、もう少しゴロゴロすることにした──。


「今川君! 今川君ったら!」


 微かにサッちゃんの声が聞こえ、俺は目を覚ます。どうやらゴロゴロしていたら二度寝をしてしまった様だ。


「やっと起きたぁ……」

「田口さん、どうしてここに?」


 俺がそう言うと、サッちゃんは困ったように眉を顰め、両手を腰に当てる。


「寝ぼけてるの? 昨日から、同居させてもらってるでしょ」

「それは知ってるけど、何で俺を起こしに?」

静江しずえさんに頼まれたの! 早く起きてちゃんと朝ご飯、食べなよ」


 サッちゃんはそれだけ俺に言って、直ぐに背中を向けると部屋から出て行く。母さんに頼まれたからとはいえ、部屋の外から言うだけで済んだはず。それに朝ごはんの心配までしてくれるなんて……本当にラブコメみたいでキュンキュンしてしまうではないか。


 下の階に下りてダイニングに向かうと、サッちゃんが一人で朝ごはんを食べていた。さっきは気付かなかったけど、寝ぐせがついていて、ちょっと可愛い。それにモリモリと美味しそうに御飯を食べていて、リスの方に頬っぺたを膨らませている無防備な姿が、魅力的にさえ思える。


 サッちゃんは俺に気付いた様でチラッと視線を向けると「何やってるの? 冷めないうちに早く食べなよ」と言ってくれた。


「ありがとう」


 俺は久しぶりのサッちゃんとの食事に緊張しながらも、向かい側に座った。


「はい、サラダにドレッシング。目玉焼きには何? 醤油、ソース? それとも塩?」

「醤油派です」

「はい、醤油ね」


 サッちゃんはそう言って、俺の前にドレッシングと醤油を置いてくれる。


「ご馳走様でした。じゃあ私は先に準備して、学校に行くから。遅刻しないでね」

「うん」


 サッちゃんは立ち上がると、食べ終わった皿を持って、台所へと向かった──俺は「頂きます」と言って、箸を持ち、まずは御味噌汁を食べ始めた。


 まだ温かい……いや、むしろちょっと熱いくらいだ。母さんも父さんも朝は早いから、この時間帯に温かい御味噌汁が出てくることはまずない。


 という事は──チラッとサッちゃんの方に視線を向けると、サッちゃんは俺の方を気にしていたのか目が合う。だけど、サッっちゃんの方は直ぐに視線を逸らしてしまった。


 あの様子だと、味噌汁を温めてくれた? いや、何だかいつもと味付けが違う感じがするし、もしかしたら作ってくれたのかもしれない。


 そう考えると今までスンとしたサッちゃんの態度は何だったのだろうか? 一瞬、そう疑問には思ったけど……いまは美味しい朝食に集中することにした。

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