俺の知らない田口さんは今日も可愛い!

若葉結実(わかば ゆいみ)

第1話

 何の変哲もない、いつも通りの朝。俺は学校に到着すると昇降口で靴を履き替えているサッちゃんを見つける。


 俺は近づくと「田口さん、おはよう」と声を掛けた。するとサッちゃんはこちらをみることなく、「おはよう」とだけ返事をして、先に行ってしまった。


 相変わらずスンッとしてるなぁ……俺はそう思いながら、下駄箱から上履きを取り出し、履き替えた。


 ──同じクラスだからサッちゃんが向かった方向に進むと、まだサッちゃんの背中が見える。だけど俺は追いかけずに、そのままの速度で歩き出す。


 小さい頃は仲良く遊んだ仲だったのに……中学の時は別々なクラスになって、思春期だったこともあり、一緒に遊ぶ機会もなくなって……いまや他人のような関係となってしまった。


 サッちゃんの雰囲気も大分、垢抜けてしまったしな。昔はカラスのように艶々なセミロングの黒髪で、大人しい雰囲気のある女の子だったのに……今はウェーブの入った金髪で、派手めな化粧をしている。俺の苦手とするタイプに変わってしまった。


 だけど、アイドルのように整った顔は健在で、クラスの女子の中で付き合いたいランキング上位に君臨している。俺には到底、手の届かない場所だ。


 ※※※


 ──学校生活が進み、放課後を迎える。俺は部活をしていないので、直ぐに帰ろうと玄関に向かった。


「あれ、田口さん。今日はもう帰るの?」と、珍しくこの時間に玄関にいたサッちゃんに声を掛ける。サッちゃんは目を見開き驚いた表情をみせた。


「アッ……今川君。えぇ、そうよ。今川君は?」

「俺も帰るよ。学校に居てもやる事ないしね」

「へぇ……もう少しいたら? たまには寄り道して帰るとか?」

「なんで?」

「いやぁ……何でもない! それじゃ……」


 サッちゃんはそれだけ言って、そそくさと昇降口を出て行った。俺は黙って見送る──そっかぁ、そういう事か。


 サッちゃんと俺は帰る方向がほぼ一緒。だから俺となんか一緒に帰りたくなかったんだな。まぁ理解できなくはないが、ちょっぴり悲しい。


 ※※※


 家に帰ると真っ先に、サイズの大きい黒い革靴と見た頃ある様な白黒のスニーカーが目に入る。サイズが小さいから女子の靴? 


 とりあえず靴を脱ぎ、「ただいま……」と声を掛けながら中へと入ると、ダイニングのドアがガラガラ……と、開く。中から母さんが出て来て「篤、おかえりなさい。手洗いうがいしたら、こっちに来て」


「あ、うん。分かった」


 ──俺は言われた通り洗面所で手洗いうがいを済ませると、ダイニングへと向かう。すると、正面のダイニングチェアに座る伯父さんとサッちゃんが目に入って来た。


 伯父さんはニコやかな笑顔で迎えてくれたが、サッちゃんは気まずそうに俺から目を逸らしている。俺はとりあえずダイニングテーブルに近づき、伯父さんの前に座る。


「久しぶりだね。篤君」

「お久しぶりです。鷹尾たかお伯父さん」


「そうだね。あれは──」と、伯父さんが世間話を始める。俺はとにかく、どうしたのか知りたくて、ソワソワしていた。


 さっきからサッちゃんの方は目を合わせてくれない。だったら聞くのは伯父さんの方か。そう思った俺は、伯父さんの会話が途切れた所で、すかさず「ところで伯父さん、今日はどうしたんですか?」と聞いてみた。


「あ~、そうだった。すまんすまん。実は俺の勤め先で新しく海外に工場を建ててな。俺がそこの教育係として行くことになって──」


 という事は、サッちゃんが海外へ行ってしまうから挨拶に来た。そんな流れか? 凄く仲が良かった訳ではないけど……ちょっと寂しい。


「という事で、俺は家事が出来ないから妻と行くことにしたんだ。だから娘を預かってもらうことにした」

「え?」

「だから娘を預かってもらうことにしたんだ」

「えっと……連れていくではなく?」

「最初はそうしようと話したんだが、言葉が通じない国は嫌! って、里美が駄々をこねるから」

「はぁ……」


 意外だな。いつもテストが配られた後、堂々としているから英語の成績も良いと思っていたんだけど。


「高校生だから一人でも……とは思ったけど、一年以上は戻れなそうだから、世の中、何かと物騒だし、それなら……と思って、ここに来たんだ」

「なるほどねぇ……でも伯父さん、それってマズくない?」

「何で?」

「いやぁ……ほら……年頃の男女が同じ屋根の下にいるなんて、その……」


「あっはっはっはっは……大丈夫、大丈夫。むしろ里美は──」と、笑いながら何か言い掛けた伯父さんに、サッちゃんは鬼のような形相で「お父さん!! 冗談でもそれ以上、言ったら口を聞いてあげないからね!!」と怒った。


 伯父さんは手を二三回お辞儀させながら「分かった、分かった」


「もう……」


 状況が飲み込めないまま、俺は母さんに視線を向ける。


「母さんは? 母さんはそれで良いの?」

「大丈夫よ。あんたがこんな可愛い子に手を出せるとは思えないし? 娘が出来たみたいで嬉しいもの」


 グゥ……何だか煽られたみたいで納得はしないが、母さんは賛成の様だ。となると……。


「父さんは何て言ってるの?」

「もちろん直ぐに良いよと言ってくれたよ。そうじゃなければ今日からなんて言わないよ」

「はぁ! 今日からなの!?」


「悪いな。突然、早く来て欲しいと依頼があって、今から飛行機に乗って行かなければならないんだ。じゃあ、そういう事だから──」と、伯父さんは席を立ち俺にお辞儀をする。


「娘の事を宜しく頼むよ」

「あ、はい……」


 俺は返事をして、その場でお辞儀をする。伯父さんは俺の横を通り、玄関の方へと歩いて行ってしまった。母さんは見送るために伯父さんに行く。


 残された俺達は、チ……チ……チ……と、時計の音しかしない静かな部屋で二人っきりになってしまった。


「宜しくお願いします」と、先にサッちゃんが口を開き、俺は会釈をしながら「どうも」と答える。


 居た堪れなくなったのか、サッちゃんは席を立ち……ダイニングから出て行った。


「──ふぅ……」


 俺は椅子の背もたれに背中を預け、天井を見上げる。何なんだ。このラブコメみたいな急展開は……これからどうやって過ごせば良いんだよ。

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