第10局 ドキドキの地上波TVデビュー

「はい。『大岩おおいわ に乗って行こう!』司会の大岩邦男です。昼下がり、皆様いかがお過ごしですか~」


 子気味の良い滑らかな語りで、いつもの番組オープニングが始まる。


 大岩に乗って行こう!は、東海地方では知らぬ人はいない、ご当地大物タレントがMCを担当する、人気のお昼の生放送ワイドショー番組だ。


 俺も棋士という在宅ワーカーなので、時たま平日にワイドショーを観る時は、この番組を観る。


「今日はスペシャルなゲストにお越しいただいています。今を時めく、史上6人目にして女性棋士としては史上初めての中学生棋士 飛龍桃花さん! ……の師匠である、稲田誠6段です。稲田先生、よろしくお願いします」


「こちらこそ、よ、よろしくお願いします」


 俺の横で、一俺の紹介文を一つの淀みも無く、間に小ネタも挟みつつ話す大岩さんとは対照的に、色々といっぱいいっぱいの俺は、短い挨拶ですら噛みそうになる有様だ。


「それじゃあ、早速ですが今日はまずはこの話題から。我らが東海地方から、将来の名人となる棋士が出るかもしれません。これまでの経緯をVTRにまとめましたのでご覧ください」


 まずはVTRに移行したので、一先ず俺はコメンテーター席で大きく息を吐く。


 ん? ディレクターの人が何やらスケッチブックを見るように手振りで俺にアピールしてくる。


『VTR中もワイプで映像抜かれるので、気を抜かないでください!』


 俺は慌てて、居住まいを正してVTRを真剣に眺める。


 テレビ出演なんて、国営放送のMHK杯くらいしか経験ないからテレビのワイドショーの流儀とか解んないよ!


 内心は叫び出したいのをこらえつつ、俺は先ほどディレクターにレクチャーされた今後の流れを頭の中で復習する。


 ええと、VTRが終わったら、大岩さんがフリップをめくりつつ、俺に質問をしてくるから適宜答えるって流れだったっけ。


 こういうのって、事前に台本作っておくものなんじゃないの⁉

 適宜答えるって何だよ!


 と、俺がテンパっていると、早くもVTRは終わって、大岩さんがフリップをめくり出す。


「まず、何と言っても中学生棋士。中学生でプロ棋士になれた人が、将棋の歴史上、飛龍さんで6人目。中学生棋士って、そんな凄いことなんですか? 稲田師匠」


「そうですね。中学生で棋士になった人は、全員がその後、タイトルを取ったり名人になってますね」

「じゃあ、飛龍さんも名人になると⁉」


「将棋界のジンクスで言うと、桃花もそうなりますね……はい」

「師匠は飛龍さんのことを桃花と下の名前呼びするんですね」


「ええ、まぁハイ」


 なんだか話が脱線してきているぞ。

 いいのか?


「今さらなんですけど、師匠、わっかいですね~! 今いくつなんです?」

「25歳です」


「はぁ~わっかい師匠やねぇ! 私が25歳の時って何してた? 地方局アナ3年目で、田んぼで泥だらけビーチバレーのロケとかやらされてた頃か~ あの頃はでぇら、しんどかったわ~。あとな~」


「大岩さん。今は、昔話じゃなくて将棋の話の時間ですよ」


「ああ、すまんすまん」


 大岩さんのオーバーなリアクションとサブMCの女性局アナとの掛け合いに、スタジオが笑いに包まれる。


「数年前に、初めての女性プロ棋士が誕生したってニュースになってましたけど、今回は女性初の中学生プロ棋士ですからね。おまけに、三段リーグを全勝で突破! って、師匠。私ら三段リーグっていうのは、あんまり耳馴染みが無いんですけど、これが相当辛いんですってね?」


「そうですね。プロの一歩手前なので皆、本気で命懸けで一局一局臨みます。三段リーグ時代は、二度と経験したくないと、プロ棋士も口々に言いますね」


「そこで、飛龍新四段は全勝したと。これは史上初?」

「そうですね」


「現名人も中学生棋士やったけど、現名人が三段の時は何回か敗けてる?」

「確かそうですね」


 そう。

 歴代最強の棋士と言われる現名人をして、三段リーグでは何戦かは白星を落とすのだ。


 そういう意味では、桃花は例外の中の更なる例外と言えた。


「これ、師匠。桃花ちゃん、名人になっちゃいますね。今のうちに全力で媚び売っておかんとアカンですね」


 大岩さんが冗談めかして、俺に揉み手しながら迫ってくる。

 そのひょうきんさに、思わず俺も笑ってしまう。


「まぁ、これからですからね。まだ桃花は中学生ですから」


「ねぇ。おまけにアイドルみたいに別嬪さんやし、師匠は心配でしょ? 気が早いけど、桃花ちゃんに彼氏とかできたらどないしますの? 師匠」


「まぁ、これからですからね。まだ、桃花は中学生ですから」


「……ん? いや、私は桃花ちゃんに彼氏できたら師匠はどうしますの?って聞いたんですけど」



「まぁ、これからですからね。まだ、桃花は中学生ですから」


 大岩さんが、微妙に答えになっていない返答をする俺に対して、解りやすく言い換えて、再度同じ質問を俺に振るが、俺は壊れたロボットのように、先ほどの返答を繰り返すだけだ。


「アカン……この師匠、私の質問を全力で無視しよります。これは、とんだ親バカと見えますよ、この師匠」


 呆れたように大岩さんが俺を指さすと、スタジオ内は爆笑に包まれる。

 いや……いっぱいいっぱいの俺に、急にそんな話を振られても脳の処理が追いつかないんだって!


 よく、将棋の棋士イコール頭が良いんでしょと言われることがあるが、こういった瞬発力を伴うものは、長考癖のある棋士はむしろ人並み以下なのだ。


「はい。今日は稲田師匠ありがとうございました。師匠はね、今日は大忙しらしくて、各局を飛び回らなアカンらしいんですよ。さっきからね、スタッフ側から、早く師匠を開放しろってカンペが凄いんですわ。まるで来日中のハリウッドスターみたいやわ」


「すいません、すいません」


「また来てくださいね、師匠~ ほな、他局のお仕事も頑張って~」


 内情暴露をしてさらにスタジオの笑いをかっさらう大岩さんや他のコメンテーターさん達に、俺はペコペコ頭を下げながらスタジオ袖へ、スタッフさんの案内で移動する。


「こちらです。走って!」


 実際、今日の俺はマジで分刻みのスケジュールなのだ。

 テレビ局間の移動は、タクシーが待機していてくれている。


 とは言え、サスペンスドラマの時刻表トリック並みに作り込まれたスケジュールらしいので、一切の余裕がない。


 俺は、スタッフさんの先導でタクシーの停まっている、テレビ局の裏口へ局内をひた走る。

 こんな所で、日頃のランニングの成果が出るとは思わなかった。


 そして、大岩に乗って行こう!のスタッフさんに見送られながら、俺はタクシーに急いで乗り込む。


「お疲れ様です稲田師匠。出演まで時間がないので、車内で打合せさせていただきます。まず始めに……」


 車内には、次の番組のディレクターが待ち構えていて、番組資料を渡して説明が開始される。


 初めての、地上波テレビへの本格出演を省みるヒマすら与えられず、俺は再び、次の番組進行と自分の立ち位置やコメントの内容について頭を悩ませることになる。



「あ、これ。桃花にもそうだけど、俺にもマネージャーが要るわ……」



 俺は、現実逃避気味に、かつて考えていた、桃花の移動時に同伴してくれるマネージャーを雇う構想に思いを一瞬だけ馳せて、即座にまた現実に引き戻されて、番組ディレクターの説明を必死に聞きながら、必死に資料に書き込みを行うのであった。

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