第4話 経験
「勝利のコーヒーうめー」
結局、晃との50メートル走勝負は永愛の勝利に終わった。かなりの接戦だったが僅かに永愛が先を行き、ギリギリの勝利となった。
今は昼休みで、晃から勝ち取ったアイスコーヒーを飲みながら息抜きをしている所だ。
「割と惜しかったんだけどなぁ」
「フッフッフ。出直して来るんだな」
「くそぉ!運動会の時にリベンジしてやる!」
机に座り、コーヒーを飲む永愛の前には椅子を移動させて向き合うように晃が座っている。晃は悔しそうにバタバタと手足を動かしていた。
「てかジュースじゃなくて良かったのかよ。運動の後ぐらいはコーヒー以外のヤツ飲めばいいのに」
「たまたま飲みたかったんだよ」
そう言って永愛は再びコーヒーを啜った。アイスコーヒーのおかげか、体の暑さも引いてきた頃、とある生徒が永愛と晃の前に現れた。
「相変わらず渋いなぁ永愛は」
「好きなんだから飲んでんだよ。文句あんのか、慎二」
フラフラと2人に近寄って来たのは、晃と同じく永愛と良くつるんでいる
「その可愛らしい見た目でコーヒー飲んでるのを見るとギャップが凄いねぇ」
そう言いながら慎二は永愛の机へと腰掛けた。
「ケツが邪魔。あと別に可愛らしくねぇだろ。どの辺が可愛らしいってんだ」
「シンプルに顔。あと名前とお肌と髪の毛を後ろでちっちゃく結んでるとこ」
「怖....なんでそこまでスラスラ出てくんだよ」
「2年も一緒にいればね〜。多分晃もおんなじ事思ってるよ」
「そーだぞー」
「なんなのまじで....」
永愛は大きくため息をつき、ドカッと机に突っ伏した。
「てか、葛城さん運動神経やばかったな....アスリート体型だとは思ってたけどあそこまでとは」
あの光景を思い出したのか、晃は肩を竦めた。当然晃や慎二は零が元殺し屋という事は知らないため、凄まじく運動神経の良い女子、という事になっているのだ。
「だな。部活に引っ張りだこになりそうな予感」
「お、もしかしてずっと一緒にいる葛城さんが部活にとられるのがお嫌で?」
「なわけ。俺が零と良く一緒にいるのは学園長に任されたからとシンプルにほっとけないからだよ」
慎二の冷やかしに対して素っ気なく返す永愛を見て、晃と慎二はニヤついた笑みを浮かべる。
「というか永愛は休日葛城さんと会ったりしてないのか?」
「ないな。あんまりずっと一緒にいるのも息苦しいだろうし、たまに連絡がくるぐらい」
「なんて連絡来るの?」
「『永愛、4階のマンションの部屋から服を落としてしまったから飛び降りて拾いにいったら警察が来てしまった。服が誰かに当たってしまったのだろうか?』って来た」
「お、おぉ....」
「それは天然で済まされるのか....?」
引き攣った顔になった晃と慎二を横目に、永愛は向こうで新しくできた女子の友達と談笑している零を見た。天然だが、友達もたくさんでき始めたらしく前より笑顔が増えた気もした。
「てか、お前らは休日なにしてんだよ」
「先週は
「俺も
「....そーいやお前ら彼女いたな」
学年でもかなりカーストの高い晃と慎二だが、モテるだけでなく当然自分から恋をする事もある。2人して同じ学年の美女と現在進行形で6ヶ月前から付き合っており、街をふらつくと稀に彼女とイチャついている晃と慎二を発見できるらしい。
「なんだー?彼女できなくて寂しーのかー?」
「永愛から頑張ればすぐできるだろ〜?」
ニヤニヤとしながら顔を近づける晃と慎二の頬を永愛はペシっと叩き、ポツポツと話しだした。
「いや特段欲しいという訳では無いけど....家で1人は寂しいとはたまに思うよ」
「あー....その、すまん」
「俺も、悪かった」
「いや、責めてるわけじゃないさ」
現在、永愛は1人暮し中だった。理由様々だが、保護者が海外で大きな仕事をしているため、ほとんど帰って来ないのだ。
「でも、彼女か....心の支えにはなるんだろうなぁ....」
「ま、無理に作れとは言わないけど、いたらいたで絶対楽しいと思うぞ?イチャつくのも含め」
「だな」
「....イチャつくって何すんだよ」
「それは秘密」
「俺も黙秘しまーす」
「なんだコイツら」
「まぁちょっと言うなら....キスとか?」
「キスか....あんまりした事ないな」
「....?ん!?あんまりって事はあるにはあるのかよ!?」
「なんだと永愛!どういう事だ!」
永愛の割と何気ない発言に、晃と慎二が一気に食いつく。永愛は若干仰け反りながらも答える。
「いやしたっつーかされたっつーか....まぁ、なんだ。仲のいい年上の友達?が何人かいて、そいつらから前に....」
「やっぱお前精神が体より先行してんじゃねぇのか?」
「謎に経験豊富そうだね....」
2人にジト目で見つめられた永愛は肩を竦め、残りのコーヒーを一気に飲み干した。ほろ苦い味わいは、隣で騒いでいる2人から気を紛らわせるにはちょうど良かった。
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