第3話 運動神経

「はあ....中々面倒くさいな、体力テストって」


5月とはいえ、炎天下に晒されるのは永愛としても避けたい。しかし授業となれば仕方がない。

体操服を身に纏う永愛は手でパタパタと自身を扇ぎながらそう呟いた。


「暑そうだな、永愛」


永愛にとっては、最近聞き慣れた声だ。女性にしてはやや低めだが、まだあどけなさの残る声。永愛は声の聞こえた方向へと顔を向ける。


「お前は余裕そうだな、零」


体操服姿の零が、腰に手を添えて立っていた。普段と違い、後ろで髪を結んでいるのは運動するからだろう。


「そういう零は余裕そうだな」


「どんな過酷な場でも任務を遂行するためなら耐えられるさ」


「授業ぐらいは気を抜けって....」


キリッとした顔でそう話す零に永愛は若干呆れつつ、ふと思い出した疑問をぶつけるため零に近寄って顔をよせる。


「....思ってたんだけどさ、殺し屋ってやっぱ運動神経良いの?」


「うーむ。少なくとも一般人よりかは身体面では優れていると自負しているつもりだ」


「やっぱそうか....」


「それがどうかしたのか?」


「いや、普通に気になっただけ」


永愛がそう言うと零は不思議そうに永愛を見てから、顔を離す。


「体力テストは施設でもよくやっていた。色々と相違はあるだろうが、全力で挑もう」


そう言って、慣れない笑みを浮かべ、自信満々で最初のテストである50メートル走の場所に向かった。


◇◆


「葛城さん頑張ってー!」


「男子よりいいタイム出しちゃえー!」


「....人気者だなぁ」


零がスタートラインに立ち、簡単に準備運動をしている途中、外野からは黄色い声援が飛び交っていた。ちなみに永愛は少し離れた所からその様子を見ている。男女問わずに人気者な零は周囲に相も変わらずぎこちない笑みを浮かべる。それがたまらなく微笑ましい。


「隣のレーンの人キツイだろなぁ」


現在零の隣にはクラスメイトの女子がいるのだが、あまりの零の人気に縮こまっていた。正直永愛もあの状況に置かれれば辛いと感じている。


「じゃあ測るぞ〜」


その合図を聞いた零は、真剣な面持ちでクラウチングの構えを取る。周囲のクラスメイトも流石に空気を読み、段々と静かになっていく。


「よーい....」




(全力で....)



「スタート!」





(走るっ!!)



その瞬間、スタートラインから零が


「....はっや」


永愛が恐る恐るゴールラインに視線を向けると、少し汗をかいたのか手で額を拭う零の姿が。そしてスタートラインに再び視線を戻すと、ポツンと取り残されたクラスメイトの女子。唖然とする外野達。

一瞬にして、空気を塗り替えてしまった。


「タイムは?」


「あ....えと、3.27かな....」


「うーむ。少し鈍ったかもしれない」


少し不満そうに零は先生の持つタイマーを覗き見ていた。


「殺し屋、舐めてたわ....」


戦慄する生徒達を横目に、永愛はポツリとそんな言葉を零した。


◇◆


「次は永愛の番だな」


あれから軽く休憩を終えた零が、永愛にそう言う。

女子の計測が終わり、次は男子の番だ。当然永愛も走る事となるが、正直面倒くさい。


「永愛の全力のタイムはどれくらいなんだ」


「お前には及ばないからな?一応6.4とかその辺だよ」


「十分速いんじゃないか?」


「お前に言われてもなぁ....」


あれから皆、零を少し怖い物を見る様な目で見ている。もしかしたら手加減を教えてやる必要があるのかもしれない。


「まぁ、それなりに頑張るさ」


「あぁ。頑張ってくれ」


そう言うと、零はパシンと永愛の背中を叩く。それを受け取って永愛もスタートラインへと立つ。


「お、ペアは永愛か。負けらんねぇな」


「俺もお前にゃ負けたくないよ。あきら


永愛の横でニカッと笑うのは田所晃たどころあきら。永愛とは中等部から仲良くしてくれており、大切な友人だ。


「と言うか、葛城さんいくら何でも速すぎだろ....世界記録だぜ?」


「すげぇよな。あの運動神経の良さは俺も見習いたい」


当然、晃は零が元殺し屋だなんて知る由もないのできっと化け物のように写っているのだろう。いや、永愛から見ても化け物なのだろうが。


「よし、じゃあ負けたらジュース奢りな」


「勘弁してくれ。今日は金を使う予定があるんだ」


「勝てばいいんだよ勝てば」


「まぁ良いけど....」


晃の押しに負け、ジュースを掛けたバトルとなった永愛は少し気合いを入れ、合図と共にかけ出すのだった。


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