第5話 交渉

「永愛、少しお願いがある」


とある日の休み時間、零が眠り被っている永愛に訪ねてきた。永愛はムクリと体を起こし、目を擦りながら零の方へと向き直る。


「うぅ....すまん、眠り被ってた。どうしたんだ?」


いつものようにアメジストの瞳で座っている永愛を見下ろす零は、要件を語り出した。


「今度、中間テストがあるだろう?今日の放課後に近くの図書館で梨央と蜜流と勉強会をするんだが....良ければ来てくれないか?色々と不安な事があるんだ」


「お、おお....見事に女子だけだな....」


正直、若干気が引ける。それに、蜜流と梨央は晃と慎二の彼女で、学園でもトップの美女達。それに零も間違いなくこの2人に並ぶ美貌の持ち主だ。その中に男1人は流石にまずい。


「そうだな....晃と慎二が行ければ大丈夫だけど、この2人が駄目だと少し厳しいかなぁ....」


「その点はお構いなーっく!」


少し困り顔で永愛が答えていると、零の後ろから覆い被さる様に1人のカスタードの様な色の髪の女が飛び出して来た。


「まぁ、お前が頼めば晃は断れんだろうな、蜜流」


「へっへっへ、やっぱ永愛もそう思うよね〜」


零に後ろから抱きついた状態で、満面の笑みを湛えブイピースを突き出す小鳥遊蜜流たかなしみつるを見て、永愛も思わず苦笑する。


「多分梨央ちゃんに頼めば慎二も引きずり出せると思うよ?」


「引きずりだすってなんだよ。まぁでもそうしてくれると助かる。部活は今日どこも無いんだったか」


「そそ。だからよゆーよ。それに晃今回のテストちょっとまずいかもって言ってたから零ちゃんに教えるの手伝ってもらおっかなって」


「....ん?零ってそんなに勉強できんの?」


晃が勉強があまり得意では無い事はもとより知っていたのだが、零の学力については永愛もよく知らなかった。


「あれ、知らなかった?零ちゃん多分だけど今回のテスト全部90点いけそうなくらい勉強できるよ?」


「まじか....」


あっけらかんと言い放つ蜜流に、当然の事の様に永愛を見る零。あまりの情報に永愛は唖然としていた。


(でも、よくよく考えたら殺し屋って少なからずとも頭使うよな....努力の賜物なのかもしれん)


などと、1人で考察に勤しんでいると再び蜜流が口を開く。


「....じゃあだいぶ人数増えちゃったし、やっぱり永愛の家でやろっか!」


「なんでだよ。うち何もないしあんまり広く無いぞ?」


実際、永愛の家には基本1人しかいないため、部屋もサッパリしている。特に何があるという訳でも無かった。


「確か前に晃と慎二が永愛んち行ったって言ってたけど、お菓子作れるんでしょ?私も食べたいなぁって」


「アイツら....」


「零ちゃんも食べたいでしょ?永愛の作るお菓子」


しばらくじっとしていた零は、うーんと考え込む様に唸り、そして口を開く。


「是非とも食べたい。私も美味しい物は好きだ」


微笑を浮かべそう言う零の顔は、あまりに美しく、元殺し屋と言う事実が嘘なのではないかと思う程に透き通った笑顔だった。

永愛はフッと息を漏らし。


「そう言われちゃ断れないな」


苦笑を浮かべながらそう答えた。自分の趣味で誰かが笑顔になるならそれでいい。永愛のモットーでもあった。


「じゃあ放課後にお願いね?」


「了解。まぁそこそこ自信はあるから安心してくれ。あとちゃんと勉強は俺もすんからな」


「おぉ、永愛がそこまで言うとは珍しい」


「ちなみに前回は何を作ったんだ?」


「シュークリーム。サクサクのヤツ」


「ガチのヤツじゃん....」


◆◇


零達との勉強会の計画を立てても昼休みはまだ終わらず。少し風に当たりたくなった永愛はコーヒーの入った缶を片手に学園内のベンチに腰掛けていた。


「何作ろ....パンケーキとかでいいかな」


などとボヤいていると、ある人物が近づいて来るのが分かった。


「隣、いい?」


可愛らしく永愛にそう尋ねる少女は、銀髪に翡翠の瞳を持つ、現実離れした容姿の持ち主だった。そしてどこか、読めない雰囲気を纏っている。


「いいよ。俺に用があるのか?」


「勿論だよ。こんな所で何をしているの?」


「風に当たりたくなったんだよ」


「そう言う意味じゃない」


「他に何の意味がある」


「なんで君がこの学園にいるのって意味だよ」


「なぜ初対面の人間にそうまで言われる必要がある」


「初対面じゃないからだよ。02...零がいるのは知ってた。だけど君がいるのは誰も想定していなかった」


向き合う訳でもなく、隣に座った状態で永愛と少女は言葉を交わす。


「せめて名前を教えてくれ。何者なんだ」


「私はね....高槻雪乃たかつきゆきの。零と同じ、元殺し屋だよ」






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