第7話 再訪 その壱

 それから13年、私は今年で40歳になり、1つ歳上の慎吾は当然ながら41歳になった。

 『なんとか部長』とか言う肩書きのもすっかり板について、慎吾はあいかわらず毎日忙しそうにしているが、夜遅く帰っても3人の娘の寝顔を見るだけで1日の疲れが吹っ飛ぶらしい。

 長女の千鶴は13歳、次女の千歳は10歳、3女の千尋は7歳。近頃では長女や次女が末っ子の面倒をよく見てくれるので、私の母親としての子育ては一段落したかなって感じる。

 そんなある初夏、6月のこと。慎吾は遅い晩ごはんを食べながら私に言った。

「千里、今年はみんなで旅行に行かへんか?」

 私は千鶴を出産後ずっと子育てに追われ、夫は仕事に追われ、これまで家族での泊まりの旅行なんてすることはなかった。せいぜいが夫の実家に1泊するくらいが関の山だった。

「千鶴はもう中学生やし、千歳も千尋ももう手かからんし。千里もずっと子育てしてきて、ご苦労さんってことで」

 私は千鶴を妊娠したとき出産休暇をとり、出産後は育児休暇をとり、結局そのまま仕事はやめ専業主婦をしているから、一家の家計はすべて慎吾が支えてくれている。

「慎吾こそ、今までご苦労さま。これからもよろしくね」

「もう一回、あそこに行ってみたいんやけど」

「あそこ?」

「子宝の湯の宿」

「うん……私も今だに思い出すことあるねん、あのときのこと」

「俺も、ずっと考えてる。あれってほんまに現実のことやったんやろうかって。だっておかしいやん、地図にも、どのガイドブックにも載ってないし」

「俺、あれからちょっと調べてみてん。あの鬼頭って土地のこと」

「あそこには元々炭焼きを生業にする人らが住んでる村があって、確かに子宝の湯で有名な温泉があって、結構賑わってたらしい」

「それがある年、あのあたり周辺が飢饉になって、そのときあの村も全滅したらしい。それでそれ以来無人になったらしい」

「それいつ頃のこと?」

「江戸時代の末期のことらしい」

「言うた以上の詳しいことは分からんけど、徳島の『消えた村』っていう歴史資料に鬼頭って村の名前で捜して見つけてん」

「でも、その後のお遍路ブームにのって移住した人がいて、旅館が出来たとしてもおかしくなくない?」

「うん。たぶんそういうことなんやろなあって思うんやけど。まあ、でもすっごいええ宿やったし、もう1回行ってみたいなーと思ってな」

「けど、あそこ車では行けへんし、途中で野宿って子供たちにはまだ無理なんとちゃうかなあ」

「千鶴や千歳にも荷物分担して持たせて、千尋は俺が背負子で背負ったら何とかなるやろ」

「予約とかとれるんかな。連絡先とか分かるん?」

「電話なんてないんとちゃう?なんたって行灯やで」

「そもそもまだ営業してるんかな。13年も前のことやし」

「それはお遍路道の入口の村で聞いたら分かるやろ。やってへんようやったら残念やけど、どっか別のとこに泊まって、適当に観光して帰ってきたらええやん」

 正直、色々と不安な点はあるけど、やっぱりもう1回あの宿に泊まってみたいという気持ちが勝った。

「行こうか」

「うん」

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