第6話 子宝遍路 その陸
「不思議な宿やったなあ」
「うん、最後まであの2人しか見なかったね」
「大人の人はおらんのやろか?」
「そんなわけないやん」
「そうやな……でも……」
「うん……」
2人ともそれ以上何も言わずに黙り込んだまま、村はずれまでやって来た。ここから先の道は山の中へと続いている。結局、あの旅館の他には人が住んでいる様子は見られなかった。
そしてそこには村の入口で見たのとの同じ、道神様の社があった。
慎吾がさっき少女から手渡された紙包みをお社にそっと置いた。そして2人揃ってぱんぱんと手を叩く。
「どうか子宝が授かりますように!」
山を越えた先の村で、今回最後になる札所にお参り。出発が遅かったことと、峠でのお昼休憩が予想以上に長引いてしまった……こともあって、その日はその村の旅館に泊まることにした。
札所のあるその村には、お遍路さんの宿泊を見込んで何件かの旅館があった。
「何やってるん?」
「はい」
「何これ?」
「日別のセックスした回数と、慎吾が私の中にイッた回数」
「はあ?そんなもん記録しとったんかい!」
と言いつつそれを見て、
「へえ……」と興味を持ったらしい。
「俺、めっちゃがんばったよな」
「うん、がんばったね」
「なんでか、あの山に入ってから、ちいこのこと抱きたくて抱きたくてしょうがなかってん。『なんでか』ってことないよな。俺、ちいこのこと愛してるんやから」
「私も、慎吾を愛してるよ」
「ちいこ」
「慎吾」
自然な流れで口付けした。このままセックスの流れかと思ったら、慎吾はそのまま私の膝の上に崩れ落ち、寝息を立て始めた。
「お疲れ様」
私は慎吾の髪を撫でながら、眠る横顔を見つめ、そっと頬にキスをした。
「うん……」
慎吾は膝の上で寝返りを打って、私のお腹に顔を埋めて気持ちよさそうに眠っていた。
お遍路旅から帰って3ヶ月がたった。相変わらず毎晩疲れた顔で帰って来る夫を私は玄関で出迎えた。
「おかえり」
「千里、まだ起きてたんか。お前も明日仕事なんやからもう寝てええで」
「うん……」
慎吾がネクタイを外し、背広をハンガーに掛け、いつものスエットに着替えている間に、私は晩ごはんをテーブルに並べた。
「悪い。後は自分でやるからもう寝てくれ」
今晩のメニューは、鮎の塩焼き、ナスの田楽、きゅうりの酢の物、紫蘇の葉とエビの天ぷら、しいたけの茶碗蒸し、お味噌汁には三つ葉を浮かせている。
「へえ……凝ってるな」
「慎吾、うち出来てん」
「ふーん?」料理に箸を伸ばしながら、慎吾が答える。
「出来たんやけど」
「何が?」鮎の塩焼きの身をほぐしている。
「赤ちゃん」
「!」慎吾の箸がぴたりと止まって、顔を上げてこちらを見る。
「出来た?」
「うん」
「赤ちゃん?」
「うん」
「まじで?」
「うん」
「赤ちゃん?」
「うん、って何回言わせんの!」
「まじで?」
「あれからずっと月のものがなくて、今日病院に行ったら3ヶ月目に入ったとこですって言われた」
「やったー!!」
慎吾が持っていたお箸を放りだして私を抱きしめ、ぐるぐると振り回しながら叫んだ。
「ちいこ、よくやった!偉いぞ!」
ひとしきり騒いで、口付けをする。
「でも5ヶ月くらいまではちょっとしたことで流れるから、激しい運動は避けなさいって言われた」
「うわ!?今の大丈夫やったかな」
本気で不安そうな顔をする慎吾。大丈夫に決まってるけど、喜んだり心配したり、くるくる変わる慎吾の表情がやたらとかわいくて、愛おしい。私の妊娠をこんなにも喜んでくれる夫に、大きな愛を感じる。
「そうかー、出来たかー。今3ヶ月目ってことは、あのとき出来た子やな」
「うん、きっとそう」
「子宝の湯のご利益やな」
「そうだね」
翌年の10月、私は女の子を出産した。夫は私の千里という名前から1文字とって『千鶴』と名付けた。
その3年後には第2子『千歳』が生まれ、さらに3年後には『千尋』が生まれた。
私の人生設計どうり、3年の間を開け、3人の子供が私たちの家族に加わった。
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