第3話 子宝遍路 その参
翌日は日の出とともに目が覚めた。水筒の水で洗面と歯磨きをした。夕べは二人とも歯磨きもせずにキスしていたことに今頃気がついた。普段ならありえない。夕べの慎吾はちょっと普通じゃないと思えるくらい激しかった。
夕べ干しておいたシャツや靴下は身につけるとまだ少し湿っていた。荷物の量の関係上、毎日着替えるほどの衣服を持ち歩くことはできないので仕方ない。
朝食はフランスパンをナイフでスライスした上にジャムを乗せて食べた。慎吾が残った水を沸かしてインスタントのポタージュスープを入れてくれた。
野営地からはずっときつい上り勾配の道を歩き、ようやく尾根筋に出た。そこからしばらくは尾根伝いに歩き、やがて山を超えた向こう側への下り道に入るはず。
慎吾はあらかじめコースの上り下りのキツさが分かる高低図を手作りしていた。(とことん芸が細かい!ワンゲル部では普通に作るらしい)
その高低図と、昨日の歩いた感じを重ね合わせて、今日のルートのキツさがなんとなく分かるようになってきた。
尾根筋の道は、太陽の光を遮るような高い木がなくて見晴らしがいい。周りの山並みがよく見える。ほとんどアップダウンがないから快適だ。
「休憩しようか」と慎吾が言ったとき、私はまだ全然疲れていなかった。でも疲れる前に早目に休憩を取った方がいいのかも知れない。私は山の中での慎吾の指示をすっかり信じるようになっていた。
リュックを降ろして「ふう」と息を吐いた私は、いきなり後ろから慎吾に抱きしめられた。後ろから両手で胸を揉みしだく。右手が股間に入ってきてズボンの上から……
「ちょっと、慎吾!」
そう言って振り向いたところで口を口で塞がれた。舌が入ってくる。私もそれに応えた。
結局そのままズボンと下着を下ろされ、立ったままの格好で後ろから入ってくる慎吾を私は受け入れた。ここで慎吾は私の中に1回イッた。
夕べあれだけしたのに、朝からまた求めてくるなんて。出発前の疲れた表情で早寝していた慎吾を思うと、まさに別人のようだ。これならこの旅行中に妊娠するかもしれない!
でも最初からこんな調子で、最後までもつのかなとちょっと心配にもなった。
尾根筋から下ると間もなく小さな沢が現れた。ここで新しい水を補給してお昼休憩をとる。お昼も朝と同様、フランスパンのスライスとジャム。それにツナ缶を開けてのせた。暑いので飲み物は沢の冷たい水で十分。
山を下った先にある村には、今回3つ目の札所がある。札所に参拝して、村に唯一と思われるXコープで食料を買い足す。この先、山中で2泊することになる。
「ここからはお遍路道になるらしい」
このお遍路道は、今回の旅行で予定している4つ目、最後の札所、がある街まで続いていて、私たちはその街から電車に乗って帰路につくことになる。日程に余裕を見てあるから、順調に行ければ、琴平で一泊して観光しようと言うことになっている。
慎吾はその村でお遍路道についての情報を集めた。この村の札所に、お遍路道の概要を記した地図が置かれていたので1枚いただいた。その地図には地名やルート、所要時間、川筋、水場、山の名前などが書かれていたが、それ以外に『お茶堂』とか『道神社』と言う記載もある。
「お茶堂って何?」
「お遍路さんのための無料休憩所みたいなものらしい」
「お茶があんの?」
「いや、お茶があるわけやなくて、山の避難小屋みたいなもんで、無人やけど泊まることぐらいはできる簡易な小屋らしい」
「ふーん」慎吾の説明でなんとなく想像はできる。
「道神社って何?」
「お遍路さんの道中の安全を見守ってくれる神様を祀ったお社らしい」
「ふーん」
慎吾は事前に色々とお遍路についても調べていたようだ。また一つ見直した。
渓流沿いに続くお遍路道は、草が刈ってあって歩きやすい。慎吾の高低図によると今日のルートはずっと緩やかな上り勾配で、山越えはない。四国の山って森林が豊かだから水が豊富で、しかもきれいだ。あちこちから谷水が流れ落ちて本流に注ぎ込んでいるから、水の補給が簡単にでき、水場には困らない。
3時間ほど歩くと日が傾いて山の端にかかるくらいの時間になった。山の中では日が陰るのが早い。まだ周囲は明るいが、蜩の鳴き声が大きくなり、山際の影が濃くなった気がする。
ほどなく広い草原のような場所に出た。道沿いに石垣が組んであるのが見受けられる。畑の跡か、家の跡かもしれない。
「このあたりには、昔は村があったんやろなあ」
その景色を見て慎吾が呟いた。
『夏草や、つわものどもが夢のあと』芭蕉の俳句が頭に浮かんだ。
ここは戦場だったってわけでもないのだろうが、昔は家があって畑があって、人が住んでいて、子供たちが駆け回っていたのだろう。学校もあったかも知れない。
今は、午後遅い時間の太陽を浴びた背の高い草が、ただ風になびいているだけ。人の気配はまったくない。
「ときの流れを感じるね」
私は歩いてきた方向を振り返った。草を踏んだ足跡が残っている。ついさっき私はそこを歩いてきたのだ。どんどん時は流れる。今この瞬間でさえも。自分も慎吾もいつかはこの地上から消え失せてしまう。切なくなって私はそっと慎吾のシャツの裾を握った。
村跡のはずれに建物が見える。昔の建物のの残骸かと一瞬思ったが、それがどうやら『お茶堂』というものらしかった。
4畳半くらいの広さのお堂で、もちろん屋根はあるが、壁が3面にしかない。壁のない一面から出入りするのだろう。扉や窓はない。床が張ってあるのでシートを引けば居心地は快適そうだ。
「俺、水汲んでくるわ」
リュックをお堂の中に降ろした慎吾が2人分の水筒を持って、沢の方へ行こうとした。
「私も行く!」
何か一人で置いていかれるのが嫌だった。もしこのまま慎吾が帰って来なかったら……なんて話、怖いドラマなんかでよくあるじゃん!
慎吾はにやにやして、
「なんや、怖いんか?」
からかい口調になる。私は黙って慎吾の腕にしがみついた。慎吾は笑って私の髪をくしゃっと撫でた。
お茶堂の床にシートを引いて靴を脱いで上がり、夕ご飯の支度をする。今夜は、さっき村でバラ買いした卵でカニカマの卵とじを作る。ご飯を炊いて、さっき買った豆腐と持参の味噌で味噌汁を作る。そこにさっき沢で慎吾が見つけた三つ葉を浮かせる。あまった豆腐は冷奴にする。それにこれもさっき買ったトマトときゅうりのサラダ。
肉も脂も使わない質素な食事。貧乏は健康の味方って言葉があるけど、確かに健康に良さそうな食事だ。(貧乏って訳じゃないけど)
まずはウイスキーの水割りで乾杯。さっき沢で汲んだばかりの水で割ったから冷たくておいしい。
夕食後の片付けを終えてから、寝袋を広げて寝床を作る。お茶堂の中だからテントはいらない。
「床があるってすごいことだね」
地面の凸凹を感じないで眠ることができる。でも夕べテントで眠ったとき、地面の上で眠ると土の熱が伝わって意外と温かいことを発見した。慎吾に言うと「あたりまえやん」と一笑されてしまった。
その夜、やっぱり慎吾は私を求めてきた。
「ねえ、お茶堂でこんなことしてええんかな。罰あたったりしないかな」
「分からんけど、もうやってしもたんやから、しょうがないやん」
暗くなって天空に月が輝き出した。月の光がお茶堂の内部まで入ってきて、絡み合う私たちの姿を否応なく照らし出す。
もし人が通りかかったら遠くからでも見えてしまうかもしれない。自分たち以外誰もいないことをいいことに、私は遠慮なく喘ぎ声を出した。
自分の声と、外から見える場所で恥ずかしいことをしているという意識で、私の興奮はますます高まる。
夕べといい、ここには束縛するものが何も無い。そんな環境だと自分がこんなにも恥ずかしいことを平気でやってしまうような女だと言うことを、千里はそのとき思い知った。
山間では朝日が差し込むのが平地よりも遅い。そんな遅い朝のまどろみをゆっくりと楽しんでから起き出した。
まだ出発してから2泊しただけなのに、体はすっかり自然に溶け込んだように充実した気力を感じる。普段の生活ではなかったことだ。
慎吾といっしょに沢で洗面。朝ご飯はいつものフランスパンのスライスにジャム、インスタントスープに夕べの残りのサラダ。
あれだけ毎日飲んでいたコーヒーを、ここではまったく飲みたいと思わなくなっていることに気がついた。
その日は、山を一つ越えた向こう側のどこかで野宿することになるはずだ。お遍路道は登山道とは違って山頂を目指すための道ではないから、山越えと言っても山と山の間の所謂『馬の背』と呼ばれる一番低くて超えやすいところを通るように道がつけられている。
『馬の背』に着いたところでお昼ご飯にする。パンにツナ缶を乗せて食べる。
お昼休憩時のセックスはもうお決まりになってきたようで、私は着衣のまま下半身だけ脱がされて、後ろから入ってくる慎吾を受け入れた。昨日といい、この旅行に来てからの慎吾は、出発前からは想像できないような変貌ぶりだ。いったいどうしちゃたんだろう。私は全然構わないんだけど……
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