第109話 真の目的
「今、このセックスしないと出られない部屋は、太陽系を飛び出し、太陽系外惑星を臨みつつ、外宇宙を超光速級の巡航速度で航行中ですぅ。針路上にあるデブリは粒子ビーム自立砲台による砲撃で、数光年先の周囲まで瞬時に一掃する安全安心で快適な宇宙の旅を演出し」
「ちょ、ちょっと待て! アヤメ!」
「何ですか? 一心君は高校ではちゃんと天体の勉強はしてないでから、用語の意味が解らないですかぁ?」
「そうじゃない! なんで、急に話が宇宙SFになってんだ!」
急に外宇宙とか粒子ビームとか何なん!? ジャンル違いも甚だしいぞ!
「人間風情の立場から見れば、セックスしないと出られない部屋も十分SF染みてると思いますがねぇ」
「そういう揚げ足取りはいい! それより、宇宙に飛び出してるって冗談なんだよな!?」
「冗談じゃないですよぉ。ほら、窓を作ってやったから外を見るですぅ。ちょうど今は映えスポットを通過中ですよぉ」
そう言うと、今まで一切の窓が無かった部屋に窓が出来る。
慌てて、部屋にいる皆が窓に殺到する。
「本当に宇宙だ……」
「綺麗……」
外は、煌めく星々が燦然と輝く銀河だった。
まるで青空を流れる雲のように星が動いて見えるのは、それだけこちらが高速で動いている事を意味する。
優月たちも思わず感嘆の声を漏らしてしまうほど、その光景はとても現実の物とは思えない美しさで、こんな状況でなければ、ずっと見つめていたい光景だった。
が、俺は何とか気を取り直して、目の前にいる駄目女神に意識を強引に戻す。
「どういう意図で俺たちをこんな所に連れて来たんだアヤメ? さっき、この部屋が動き出した時に言っていた、真の目的という奴に関係するのか?」
「フフフッ。勘のいいガキは嫌いじゃないですよぉ」
何とか意識を目の前のキレイな宇宙空間から、アヤメに引き戻し追及すると、口元を着物の裾で隠しながら、怪しくアヤメは笑っていた。
「教えろ、アヤメ」
「それが仮にも女神の私に聞く言葉遣いですかぁ? ちゃんと敬語使えやオラァですぅ。まぁ、でもこれから永い付き合いになるですから、特別に敬語は無しでいいですょぉ」
「永い付き合い? どういう意味だ」
「質問を重ねないでくださいよぉ。まずは、この部屋の真の目的ですが、そもそもセックスしないと出られない部屋は
「補植?」
「幼苗を他の場所に補って植えるという意味ですぅ。
畑に植えた苗をシカなどの野生動物に食い荒らされた時に、再度苗を植え直す作業のことか。
「俺たちがその植え替えられる幼苗だと言いたいのか?」
「最近の人間どもは、高度な社会を作っていますが、社会が高度になればなるほど、人は増えなくなってきましたからね。愚かですよねぇ~。神の気まぐれ一つで、災害や疫病、世界大戦のイベント等を起こせば簡単に数千万から億単位の数が目減りしたりする脆弱な存在だというのに」
「つまり、人口を増やすために、セックスしないと出られない部屋はあるってこと?」
「それは違いますよぉ優月ちゃん。だって、ゴッドオブゴッドは既に地球にいる人類を見限っているのですからぁ」
「え?」
優月の問いに、指でバッテンを出しながらアヤメが、衝撃的な事実を口にする。
気さくな様子で話していたゴッドオブゴッドのカヤノ様の笑顔と、あまりに一致しない冷淡な言葉に心がついて行かない。
「地球は、後は残り少なくなった資源の取り合いで、最後に大き目の戦争を起こして自分たちの死期を早めて消えていく、三文SF小説と同じ結末ですぅ。ちょうど君たちがおじいちゃん、おばあちゃんになる頃ですねぇ」
「…………」
そんな未来を……と笑い飛ばすことが俺達には出来なかった。
何せ、相手は神様の端くれなのだ。
語ってみせた人類の最後は決して絵空事ではないのだというのが、今までの経験から、俺たちは骨身にしみて分かっていた。
だからこそ、絶望が染み込んで来るのが早かった。
「そう絶望するなですぅ。一心君たちはそういう絶望から逃れ、文字通り天上から垂らされた蜘蛛の糸を上ることを許された、選ばれし存在なのですから」
「選ばれた……存在?」
「ゴッドオブゴッドは人間が好きですぅ。人間が紡ぐドラマが、人間賛歌が、悲劇と喜劇が。だからこそ、ゴッドオブゴッドはこの補植船を創ったのですぅ。別の世界で新機軸の物語を紡ぐために、新たなステージに人間という登場人物を植え替えて」
「そのためのセックスしないと出られない部屋……」
「じゃ、じゃあ、もしかして今までセックスしないと出られない部屋を出た人たちは……」
アヤメの言葉の裏に気付いた瞬間に、
「ここは、セックスしないと『出られない』部屋ですぅ。こちらは最初から、『元の世界に戻す』とは一言も約束してないですよぉ?」
自身が騙されている事に気付いた絶望の表情がお気に召したかのような、下衆な笑顔がアヤメの顔面に浮かぶ。
この場に鏡は無いが、アヤメの醜悪な笑顔のおかげで、鏡がなくても自分たちが絶望の表情を浮かべていることを悟らせる。
「過去にこの部屋から出た人間は、嘆き悲しみ怒り、最期は心神喪失して、半分以上の
「じゃあ、なぜ……俺たちは有無を言わさず別の星に飛ばされなかった?」
「そりゃ、一心君が見事にこの部屋の管理者として、この部屋を使いこなしたからですぅ」
「嬉しくない高評価だね……」
嫌味の一つも言ってやりたいが、アヤメの話す話内容が衝撃的過ぎて、声に力が乗らない。
「ゴッドオブゴッドは有能には大きな権限を与える主義ですぅ。この補植船、セックスしないと出られない部屋の、全権限は一心君に集約されていますぅ。この船のキャプテンはあなたですよぉ」
「全権限……」
「私は単なるオブザーバーで同行するだけですからねぇ。この補植船が目的地に着いたら、そこでは一心君が創造神となるのですぅ」
絶望の中に差した一筋の光に、俺の心はこんな状況なのに一瞬踊ってしまった。
この部屋で好き勝手に、自分の思ったことを、願ったことを実現するのは正直言って楽しかった。それを今度は惑星規模で行えるというのは、確かに魅力的ではあった。
だが、そもそもこんな状況に陥ったことに罪悪感を覚えずにはいられない。
何より巻き込んでしまう人がいるのだから。
「じゃあ、もう家族とは会えないのか……でも、まぁ一心と一緒ならいいか」
「優月?」
「新天地でも空手を広めるか。となると、新しい星では私が空手の開祖だな。一緒に頼むぜ一心指導員」
「珠里。何を言って……」
「神様なら実の兄妹でも問題ないよね」
「いや、瑠璃。それはどうなんだろう」
「新しいまっさらな世界を、自分の思ったように開発する。科学者としても実業家としても腕が鳴ります」
「翠……」
「わ、私だってイッ君と一緒ならどこへだって一緒なんだから!」
「琥珀姉ぇまで……」
まるで俺の心の内を見透かしたように、新天地での生活に前向きな発言をする5人。
皆が何に心配りをして、こういう発言をしているのか痛いほど分かった。
「みんなゴメン……こんな事に巻き込んでしまって……」
俺は深々と頭を垂れる。
「良いって事よ」
「まぁ、神様に目をつけられた時点で、こういう事になるのは分かり切ってたもんね」
「でも、これでイッ君のお嫁さんの位置は確定だし」
「新天地ってどんな所なんだろう?」
「まずは人間がテラフォーミング可能な星なのか、早速探査機の設計に取り掛からないと」
キャイキャイと騒ぐ女性陣を見るに、俺なんかより、よっぽど肝が据わっている。
その光景を見て、俺は思わず笑顔になってしまう。
こんな状況になってもなお、絶望に沈むことなく前を向く彼女たちだからこそ、この部屋で結ばれたんだなぁと今更ながら気づかされる。
でも、だからこそ俺は……。
「そうだな。まずは……翠」
「なんですか? 一心お兄ちゃん」
俺の指名を受けて、嬉しそうに翠がトテトテとこちらに寄って来る。
「俺の事をお兄ちゃんとして慕ってくれてありがとう。嬉しかった」
「はい! 皆さんよりちょっぴり年下ですが、宇宙規模で考えればそんな事は些細な事です!」
そんな翠の無邪気な笑顔に、俺の顔も思わずほころぶ。
「ハハハッ、そうだな宇宙は広い。だから……」
「俺との思い出に固執せずに、ちゃんといい人見つけるんだぞ、翠」
「え? それってどういう意」
最後まで翠が言い切る前に、少女の姿は部屋の中から消え失せた。
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