第108話 さぁ、旅立ちの時ですよ

「ねぇ、翠お嬢様。時間が巻き戻る装置とか、その優秀な頭脳で発明できないの?」


「奇遇ですね瑠璃さん。私も、それしかないと思います。こうなったら、オーガ化学工業の株式を過半数取得して早急に乗っ取り、全社をあげて開発に着手せねば」


「オーケー。私も歌姫ラピスで稼いだ印税を全部突っ込むから」

「何もオーケーではないんだが瑠璃、それに翠」


 ようやく泣き止んだと思ったら、倒錯した計画を話し始めた二人に優しくゲンコツをくれてやる。


「もう私たちにはこの道しか残されていないのお兄ちゃん!」

「神様もセックスしないと出られない部屋もあるんですから、きっと時間を巻き戻すことも可能なはずです」


「だから、何で急にタイムマシーンを作ることになるのさ?」


 歌姫と若き天才科学者。

 天才の2人の考える事は凡人の俺には解らん。


「何でって、一心君。そりゃあ、セックスしないと出られない部屋に入れられた所からやり直して」

「今度は、いきなりお兄ちゃんを襲うんじゃなくて、甘々ラブラブ生活をするためだよ!」


 血走った目をした2人が、眼前に迫る。

 その目は、明らかに狂気に支配されていて、甘々ラブラブという言葉とは程遠い形相だ。


「2人共ちょっと落ち着いて」


「だ、だって! 私は、あの部屋でじっくりと絆を深める前に、速攻でお兄ちゃんを襲っちゃったから!」


「わ、私も……憧れのお兄ちゃんと、結ばれることが出来るという事実に、つい悪魔のような囁きに乗ってしまった事を悔いていて……」


 折角、泣き止んだのに、瑠璃と翠の目にまた水分が充填される。


「まぁ、一時の欲望に負けて襲っちゃった2人は、私や白玉さんみたいに、この部屋で育んだ時間や築き上げた信頼が無いからね」


「「ビエェェェェエエエエン!!」」


「ちょっと優月。意地悪言わないの!」


 また泣き出してしまった瑠璃と翠に、タオルを差し出しながら優月を窘める。


「私は事実を言っただけだし。以前の2人は自分たちの決断スピードを誇っていた節すらあったから、それが一心の記憶が戻る事で完全に裏返ったのは痛快だわ」


 俺の窘めに、悪びれもせずに優月が瑠璃たちに追い打ちを掛ける。


「それ。自分は3年もかかってた事への意趣返しでしょ」


 思いっきり私怨が混じってる優月の追撃で、泣く子がもっと泣く状態になってしまい、収拾がつかなくなってきた。


「瑠璃も翠も落ち着いて。ほら、俺の方を見て2人共」


「うぐっ……えぐっ……」


 涙と鼻水でグショグショな瑠璃と翠を、目の前に座らせる。


「ちゃんと俺の事を見て。記憶が戻ったからって、別に俺は何か2人に対する態度が変わったか?」


「うう……それは……」

「変わってない」


「そうだろ? 記憶が戻っても、俺は別に2人に嫌悪感情は抱いてないよ」


 まずは、しゃっくり上げている2人を落ち着かせる。

 ただ、これはその場しのぎの優しい嘘ではなく本心であり、2人に対して嫌悪感情は本当に持っていない。


 これは、記憶が無い時点から事前にどういう顛末だったかを聞いていたので、記憶が戻った時にもすんなり受け入れられたからだと思われる。


「たしかに2人共よろしくない行動力を発揮してしまったかもしれないけど、それはセックスしないと出られない部屋という特異な状況下に置かれたからだ。その事に関して、この部屋を好き勝手に使ってきた俺は、2人を非難する立場にないよ」


 この2人に関しては、あの部屋でした後に記憶が無い状態がしばらく続いたことが幸いした。

 おかげで、時間をかけて自分を納得させることが出来たのだから。

 もしかして、こういう事態も想定して、カヤノ様は俺の記憶を消していたのだろうか?


「だから、俺の前から居なくなろうとしないでくれよ瑠璃、翠。寂しいじゃないか」



「「お兄ちゃぁぁぁぁああん!」」



 寂しそうに笑いかけた所で、本日何度目かの号泣をしながら瑠璃と翠が俺の胸に飛び込んで来るのを受け止める。






「ゴメン……ゴメンねお兄ちゃん」

「一心君を傷つけた事に耐えられなくて私たち……」


「もう大丈夫だよ。けど、偶々俺だったから良かっただけなんだから、こういう無理やりはよその人にやっちゃダメだからね」


「いや、何を寝言言ってるのお兄ちゃん。私は一生あなたの物なんだから」

「私もこれからの人生で稼ぎ出す全ての財を使って一心君を養いつくします」


「いや、2人共それは重いって……」


 そういえば、速攻襲った組は何故か財力が豊富という共通項があったんだった。

 若くして才能や財、名声を得ている2人が、なぜ俺みたいな普通の男に執着するのかは相変わらず解らないのだが。


「いいな~。みんなは、イッ君とのこの部屋での思い出があって……」


 これで、瑠璃と翠については一件落着と思った矢先に、今まで床に体育座りして、目の前の事態を傍観していた琥珀姉ぇからボソッと声が漏れた。


 ゴメン。正直、大人しくしてくれてるから最後に順番を回してたから、すっかり忘れてた。


「私だけ邪魔されて処女のまま……所詮、幼馴染は負けて朽ちていくだけの運命だって言うの……」


 すっかり心が折れている琥珀姉ぇは、いじけ切って体育座りで顔を自身の太ももに埋めている。


「そっか。福原先輩だけ、キレイな身体のままなんだ。アイドルの鑑ですね」

「こら、優月。その攻撃は琥珀姉ぇに効くから止めなさい」


「ああ、もうっ辛気臭い。ほら、私たちはうるさく言わないから、とっとと一心と一発やって女にしてもらいなさい」


 ウジウジしている琥珀姉ぇを引っ張って立たせながら、優月が叱咤する。

 口は悪いが、日頃は会えば口喧嘩している相手に元気が無くて寂しいのだろう。


 ただ、言い方!


「あの優月……この部分だけ切り取ると、俺が誰とでも寝る男みたいに聞こえるんですが」

「そうよ。一心は、誰とでもするわけじゃない。福原先輩も、この部屋で一心とそういう雰囲気になって、する寸前までは行ったんでしょ?」


「そうだけど……私は神様に目をつけられていて、この部屋では出来ない運命にあるから」

「そうなの一心?」


「うん。蓮司の解釈一致のシチュエーションじゃないと、文字通り神がかり的な妨害が入るらしい」

「何それオモシロ」


 たしかに、訳が分からないよな。

 でも、少なくともこの部屋でするのは違うようだ。


「それにしても、ゴッドオブゴッドが現れたのに、この部屋はまだ使えるのね」

「それは俺も気にかかってるんだよな」


 ゴッドオブゴッドは何も言わなかったし、密談場所として都合がいいので、つい、いつもの調子で使ってしまっているが。


「さっき、この部屋に来る前にお姉ちゃんに電話したんだけど、この部屋を活用している学童保育所はいつもの通り問題なく使えてるみたい」


「今でも俺に管理者権限を持たせたままっていうのは……これは何か試されてるのか?」


 今更、この部屋を使って派手なことをする気はないのだが、本来は人間が使っていい代物ではないはずなのに。




「その疑問については、私が答えるですぅ!」




「ぬおっ!? アヤメ!」


 安定の不意打ちで現れたアヤメだが、今回つい驚いてしまったのは、アヤメの容姿の違いだった。


「何か、羽衣が違う」

「初期研修が修了したから、昇進したんですよぉ。これにて私も一人前ですぅ」


 得意げにわざとらしくヒラリとさせたアヤメの羽衣は、以前の物より長くなっていて、飛翔の際に軽やかに空間を彩る。


「あれで昇進できるってガバガバ人事だよね」


「う、うっせぇですぅ! 諸悪の根源が!」

「俺はアヤメの初期研修に巻き込まれただけだから。あと、トラブルがあったのにすぐに上に報連相しなかった奴が悪い」


 俺が悪いみたいに言うな。


「古傷を抉ってくるなですぅ……。おかげで、初期研修を修了したとはいえ、評価は最低ランク。おかげで今度から、天界本部の中枢部署じゃなく、地方の秘境送りですよぉ……ハハハッ……笑ってくれですぅ」


 昇進した喜びとは打って変わり、交付された辞令を握りしめながら自嘲気味に笑うアヤメ。


 情緒が不安定な奴である。

確かに、こんな奴に中央で重要な仕事を任せる訳にはいかないよな。


 そこの所、ゴッドオブゴッドもしっかり人を見ている。


「げ、元気出してくださいアヤメ様。私はまだアヤメ様のことを尊敬してます。もうすぐご本尊の建立も終わりますし」


 先ほどまで泣いていた瑠璃が、逆に慰める。


「ありがとうですぅ、妹ちゃん」

「瑠璃。そのご本尊様は、辺境に左遷されて縁起が悪いから、祀っても御利益無いと思うぞ」


 っていうか、アヤメを祀って何を願うんだ?


 祀られてる本人は人事異動の悲哀に悩まされているのに、人間風情を救っている余裕はどう考えてもなさそうである。


「一心君は本当に私のこと嫌いですよねぇ」

「今までの変遷を客観的に考えてみろ。好きになる要素無いぞ」


 妹の瑠璃とセッ部屋にぶちこまれた時は、マジでぶっ飛ばそうかと思ってたからな。

 こうして話に応対してくれるだけありがたいと思え。


「私だって一心君はただの胃痛の種でしかなかったから嫌いですぅ。ホント、この部屋を好き勝手に使ってくれやがってですぅ」

「お互いさまってことだな」


 当時の胃の痛みの幻痛でも覚えたのか、顔をしかめるアヤメに、俺は満面の笑みで応える。


 出会った頃から残念ダメ女神様で語尾もウザイ奴だが、どこか憎みきれない所があるのもまた事実ではある。


 仮にも神様の一柱だというのに、カヤノ様と違って遠慮なく物が言える不思議な関係だなと、今更ながら思う。





「ええ。こんなのと同じ職場になるとか気が滅入りますぅ」





「は?」



 どういう意味なのかとアヤメに問いかける前に、セックスしないと出られない部屋を大きな振動が襲う。



「な、な、何?」

「地震か⁉」

「部屋が揺れてます! みんな机の下に隠れて!」

「何かした? お兄ちゃん」


「いや、俺は何も……」


 部屋に居る皆に動揺が走る。

 管理者権限を持つ俺も、もちろん何もしていない。


 となると、この状況は。


「アヤメ。何をした!?」


「さぁ、旅立ちの時ですよ、セックスしないと出られない部屋に選ばれし者たちよ。そして、セックスしないと出られない部屋の真の目的を今明かしますですよぉ」



 ニヤリと笑った駄目女神の目には、おふざけではない、覚悟のようなものを宿していた。

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