第102話 真っ白に染まった
「あ、そろそろ琥珀姉ぇのクラスのステージの時間か」
文化祭実行委員の腕章をつけて校内を回っているが、特にトラブルもないしで手元にある文化祭のプログラムを見ていると、メインステージの体育館のステージスケジュールが目に入った。
「昼時も過ぎて食べ物屋台の客入りも落ち着いてきてるたいだし、ステージの方を見まわるか」
琥珀姉ぇは結局、今日も仕事が入ったとかで学校には来ていない。クラスの出し物であるステージダンスには最初から参加しないとのことだったが。
「でも、頑張って教習動画を作ったんだし、琥珀姉ぇも気になるよな」
俺とは違って、クラスメイトから殺意を向けられている訳ではない琥珀姉ぇなので、きっと文化祭終わりに動画を共有してもらえるんだろうけど。
あ、やべ。
つい、半分文化祭でハブられてた我が身を思い返しちゃって、ちょっと泣けてきた。
涙をぬぐいつつ、俺はメインステージのある体育館へ向かった。
「次が、琥珀姉ぇのクラスの出し物かな」
俺が体育館に入ると、ちょうど琥珀姉ぇのクラスの前の出し物が終わった所だった。
前はどうやら演劇だったらしく、ステージ上に色々なセットや小道具があり、撤去には今しばらく時間がかかる様子だった。
「さて、どこか空いてる席は」
「あ! 君きみ! そこの1年の文化祭実行委員の君!」
「……?」
「上だよ上!」
一瞬どこから声を掛けられているのか分からず、キョロキョロしてしまったが、言われた通り目線を上に向けると、声の主と目が合う。
2メートル頭上の、パイプで組まれた矢倉のような足場から、男の先輩がこちらに向かって手招きしてくるので、足場の横にあるハシゴをのぼる。
「どうしましたか?」
「助かった! 俺、照明係なんだけど、ちと腹具合が……って、よく見たらお前か!」
ハシゴを上った先には、ステージを照らす照明器具と、俺と同じく文化祭実行委員の腕章をつけた男子の先輩がいた。
その先輩は、地獄に仏という安堵の表情を浮かべたのも束の間、苦虫を噛みつぶしたような顔になる。
「我らが金色のオーブファンクラブの憎っき幼馴染野郎め……」
ああ、琥珀姉ぇのファンか。
まるで、親の仇かのような視線を俺に向けてくるが、どうやら先輩はのっぴきならない状況であるようで。
「背に腹は代えられねぇ……。おい、お前。俺がトイレに行っている間にここで照明の操作をしろ」
「えっ!? でも、照明のことなんて俺解らないですよ」
「ここのレバーでライト前のシャッターの開閉、段取りはそこの進行表にあるから」
「いや、そうは言っても、そんなぶっつけ本番で」
「ぐっ! 腹痛の第3波が! もう限界だ! じゃあ、よろしくな!」
「あ、ちょっと!」
自身の尊厳の危機を前にしてなりふり構わぬ先輩は、本当に最低限の事だけ言い残して、慌ただしく梯子を下りて行ってしまった。
マジかよ……。
「ええと、これが進行表で、ここのマーカー引いてるのが、この場の照明の操作内容……か?」
とりあえず、先輩が置いていった進行表を読んでみると、幸いにも次が琥珀姉ぇの出し物なので、教習動画を作っていたおかげで、全体の進行については、何となくイメージが出来た。
「なになに。1曲目は冒頭から正面をバラシで、2曲目に赤色で絞って3曲目はチンアップ……って、専門用語で解らん!」
何とかなるかと思ったが、肝心の照明の指示された内容の意味が解らない。
「絞る」は何となく分かるけど、「バラシ」って照明をOFFするって意味? 「チンアップ」に至っては下ネタの言葉にしか聞こえないんだが?
今はオフになっている照明器具のシャッターや色切り替えの動作を、ガシャンガシャンと意味なく動かしつつ、スマホで急いで照明用語を検索しようとテンパる俺。
そうこうしている間に、ステージ上では前の出し物の撤収が終わったようで、今にも次の演目が始まりそうな様子だ。
その焦りの音が届いたせいだろうか、はたまた幼馴染お姉さんパワーのせいなのだろうか。
「どうしました、照明器具の作動不良ですか? って、イッ君⁉」
「琥珀姉ぇ!? あれ、お仕事は?」
不安な状況で現れた頼もしい援軍に、俺は安堵半分驚き半分で問いかける。
「話は後。もうステージ始まるよ」
「う、うん」
自信なさげに照明器具のレバーと進行表を握りしめている俺の状況を見て、一瞬で状況を理解した琥珀姉ぇは、すぐに真剣な顔つきになる。
「ここ! もうちょっと、センター中心で光を集めて絞って! サビ終わったら後ろの段にいるセンターにスポット当ててチンアップから、センターが前に出て来たらチンダウン! そうそう!」
しぼるとかバラシといった用語の意味を琥珀姉ぇが解りやすく指示してくれたおかげで、何とか間違えずに操作が出来た。
しかし、チンアップ、チンダウンって照明機器を立たせるか寝かせるかの用語なのか。
そこはかとなく、やっぱり下ネタである。
「よし。後はこの曲は踊ってるメンバー全体をバラシで照らしてればいいから、これで一段落だね。ふぅ~」
「ありがとう琥珀姉ぇ。本当に助かったよ。けど、どうしてここに?」
俺だけじゃ、バラシの所で照明を消しちゃって、ステージ本番を台無しにしてしまう所だった。
「仕事が予定より早く終わってね。これならクラスのステージに間に合うと思って」
「そっか。琥珀姉ぇの教習動画のおかげで、ステージは成功してるみたいだね」
ステージではちょうど1曲目のグループが終わり、拍手を受けている所だった。
「うん、良かった。あ、さっそくクラスのグループチャットに、私のために動画あげてくれてる。『実は観てたよ~』って送ろうっと」
照明の矢倉の上。
暗がりの客席で唯一光を発する場所から見える琥珀姉ぇの横顔は、満足感に充ちていた。
「琥珀姉ぇは凄いよね」
「な、何? イッ君。急に」
唐突に褒められたからか、琥珀姉ぇがドギマギしながら俺の方を見る。
「アイドル活動で忙しいのにダンスの教習動画を作って、仕事終わりに急いで駆けつけて見届けてさ」
「クラスのみんなとの思い出も大事だしね」
「……今、その青春の1ページみたいな返しは、俺に効くんだけど」
効くと言っても、癒しじゃなくてダメージの方で。
クラスでつまはじき者扱いされている俺には、琥珀姉ぇは、ただただ眩しい存在だ。
ファッションモデルやアイドルとして、特別な存在なのに、その誠実さと真っすぐさで、ちゃんとクラスの人たちにも受け入れられている。
それに引き換え、俺は……。
「けど、イッ君は文化祭の準備を頑張ったんでしょ?」
「それは、そうだけど」
焼きそば用の野菜をひたすらカットしたり、セッ部屋さんの機能を使ったとは言え、食材を調達したりで、結構活躍したんだけどな。
誰も見てない裏方だったから。
「なら、きっと皆も解ってくれるよ。今は、色々と余裕が無いから、中々そこまで気が回らないんだと思う」
ニッコリと花咲く笑顔で、間違いないと、自信をもって笑う琥珀姉ぇの顔が眩しかったのは、きっと照明器具が眩しかったからではないのだろう。
そうだった。
感情表現が豊かで、時に落ち込みまくって俺にフォローされることも多いお姉さんだけれど、こうして人知れず元気を貰える。
そういう存在なんだよな、琥珀姉ぇは。
「あ、そろそろ2曲目が始まるよ。2曲目は暗転からのセンターのソロパートへのピンスポだから」
「うん」
琥珀姉ぇのおかげで、ささくれだった心が幾分か持ち直した所で、俺は与えられた任務を果たそうとする。
しかし、あの2年の先輩はまだトイレから帰ってこないな。
戻ってくれば、あこがれの琥珀姉ぇがいるのに。
そんな事を考えていると、会場内がステージも客席も全て暗転する。
ピンスポットで現れるセンターソロの登場前の演出だ。
そして、曲のイントロが流れ始める。
1フレーズが終われば、中央にセンター1人に絞って照射だ。
こんなのぶっつけ本番だったら、とても出来なかっただろう。
けれど、今俺の隣には子供の頃から信頼している琥珀姉ぇがいる。
だから、何も怖く何て無い。
「今だよイッ君!」
琥珀姉ぇの合図により、俺は完璧なタイミングで光をステージへ向け、白い世界が現れる。
『ここは、セックスしないと出られない部屋です。脱出するには、セックスをする必要があります』
最初、目の前の暗闇が真っ白に染まった時、照明器具が壊れたのかと思った。
だから、この部屋に何度も来ている俺でも直ぐには、またあの部屋に飛ばされたと直ぐには理解が追い付かず……。
「何これ……」
隣で呆けた顔をする琥珀姉ぇと目が合っても、中々その疑問に答えてあげる事が出来なかった。
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