第101話 男は無力だよな
「うん。美味しいな」
「結局、お姉ちゃんに豚汁はおごってもらい損なったわね」
瑠璃の豚汁屋台の前で繰り広げられた、まさかの少女漫画的三角関係ドラマ。
なお、中心人物たちはいずれも成人済みだが、一向に意地の張り合いが終わる気配がなかったので、俺たちはおごってもらうのを諦めて、普通に自分たちの豚汁を買ってベンチで食べていた。
「まぁ、目の前で少女漫画ばりの修羅場が見れたから、私は全然いいぜ」
「珠里って、女の人同士の怪獣大戦争は苦手なのに、男女逆なら別腹なのな」
「い、いいだろ。少女漫画的に、イケメンから取り合いされるのは憧れなんだよ」
「そんなもんかね」
失うものも多いんだぞ、ハーレムって……。
でも、確かにあれは他人事ながら見ていて面白かった。
いや、他人事だからこそ、笑って見てられるのか?
何はともあれ、モテ期の楓さんに幸あれ。
「あら、一心は現在進行形で美人2人から迫られてるんだから、白玉さんの好みに文句を言う資格は無いと思うけど?」
そう言って、優月がしなだれかかって来る。
「そうだぜ。文化祭で美人2人で両脇固めてる奴が何言ってるんだ」
優月に負けじと、珠里も俺の腕にひっつく。
しまった、今度は当事者ごとの修羅場だ。
「あの……両腕取られてると、豚汁が食べれないんだけど」
「食べさせてあげますよ、ご主人様」
「甘えん坊なご主人様で仕方ねぇな」
2人のメイドが両脇からお箸でつまんだ豚汁の具材を、両脇から口元へ運んでくる。
いや、あの……豚汁は器持ってすすり込みたいから、そんな具材をつまんて一口ずつ食べるんじゃ、いつまでも終わらないんだけど。
という抗議を言う間もなく、口に運ばれ両脇のメイドさんからアーンされる。
「グギギギギギ!」
「何だよあれ……何なんだよあれ!」
「あんなシーン、俺が高校生の頃の想い出に無かったぞ……記憶の欠落が起きてるのかな?」
「受験失敗しろ、受験失敗しろ、受験失敗しろ」
「美人JKメイドさんに両脇からアーンしてもらえるとか、あの男、今後の人生で受験に落ちようが就活に失敗しようが、絶対的な勝者だろ」
「あんな青春をおくりたい人生だった……」
案の定、悪目立ちしていて周囲からの怨嗟の声が凄い。
今日は文化祭だから、外部のお客さんやOBも来ているので、青春コンプレックスが爆発しているようである。
「豚汁の味がしない……」
「そう? 私のマイ七味唐辛子使う?」
「いや、要らないです」
メイド服姿でも、優月はマイ七味を持ち歩いてるのね。
「優月っち。七味は今日は止めとけよ。この後、一心とキスする時に唐辛子でむせるとかゴメンだぜ」
「それもそうね」
「ぶっ! なんで、当たり前のようにキスする事になってるの⁉」
唐辛子でむせる事でキスがキャンセルになるというシチュエーションがあるあるかは横に置くとして、俺の意志は!?
「今日は文化祭だぜ一心。そりゃキスするだろ」
「文化祭でキスしたかしないかは、その後の人生を保証してくれるのよ」
「ええ……なんで、俺の方がおかしいみたいな感じなの」
日頃、ハーレム野郎と罵倒される俺だが、1対複数ゆえに、こういう時に民主主義の暴力で押し切られる場面があるという弊害があるのを、現在進行形で嫉妬と怨嗟の視線を送ってくる男性陣の皆さんはご存知なのだろうか?
え? それすら羨ましいって?
そうか。じゃあ俺が悪かった。
「私は、クレープ食べててクリームついてるぞって言われて、そのままハムッてキスされたい」
「私は定番シチュエーションで、文化祭の後片付けが終わった後の2人だけ残った教室で、疲れて寝ちゃってる相手に、こっそりチューしたいぜ」
へぇ~。
キス一つとっても、人の性癖は色々なんだな。
「文化祭って言うと、男は文化祭を一緒に回るデートが出来ればそれでいいいと思いがちだけど、女子的にはキスしたいシチュエーションなんだな。勉強になったよ。じゃあ、俺はこれから文化祭実行委員の仕事があるから」
「待ちなさい一心。これから、クレープを買いに行くから、それまで待ちなさい」
いや、優月……。
さっき垂れ流した願望を聞いてるんだから、意図が見え見えだろ。
「ちょっと腹ごなしに、どこかで空手の稽古でもしようぜ一心」
空手の稽古による肉体疲労で俺の睡魔を誘う気か?
やり方が脳筋すぎる。
っていうか、文化祭でまで空手の稽古なんてしてたら、文化祭を一緒に回る人がいなくて、時間を持て余してる可哀相な奴じゃねぇか。
さて、どうやってこのキスしたくてたまらない思春期女子たちを振り切ろうか。
「居た……」
キスする事しか頭にないガッツキ少女を前にどうしようかと思案に暮れていると、タイミングよくメイド姿の翠がヨロヨロと現れた。
「え、小鹿先生。屋台の客の呼び込みは?」
「まさか、お嬢も一心との文化祭キスを狙って!?」
突然現れた翠に、優月はにわかに警戒する。
っていうか、珠里も自分からキスどうこうなんて話しちゃうと、また翠から不純異性交遊ピッピ―! されるだろ。
いや、俺的にはそれでいいんだけど。
「ちょっと、その……客引きを代わってもらっても……」
「え~、前半であんなにやったんだし」
「流石に、後半もお仕事は勘弁だぜ。折角の文化祭なんだし」
翠が絞り出すような声でお願いをしてくるが、優月も珠里も難色を示す。
「すみません、ちょっと……」
しかし、翠は先ほどから微妙に会話が嚙み合っていない状態で、その場にうずくまってしまう。
客引きの仕事で疲れているという訳ではなく、明らかに、様子がおかしい。
「どうした翠? 体調が悪いのか?」
「は……い……お腹が針でチクチク刺されるように痛くて……腰も痛くて……こんなの初めてで……」
心配して翠のもとに駆け寄ると、翠は苦悶の表情に、脂汗を浮かべている。
「なんだろう。まさか、食中毒!?」
食べ物を扱う屋台での最大のリスク要因。
だが、食材の大半は、セックスしないと出られない部屋で調達した物で、衛生管理レベルを無菌レベルにしていたはずだ。
しかし、翠の痛がり様は尋常じゃない。
「ああ、そういうこと……。初めての時はキツイからね」
「身体は18歳って事は、そりゃ来るわな」
「え、心当たりがあるの? 2人共」
「白玉さん、今アレと鎮痛剤持ってる?」
「いや。私はまだ先だから持ち歩いてないぜ。教室まで戻ればロッカーに予備があるけど」
翠の不調に心当たりがあるらしい優月たちに問いかけるが、2人は俺の問いかけは無視して話を進める。
「私も。じゃあ、保健室に行っちゃった方が早いか」
「ほら、お嬢。抱っこしてやるから行くぞ」
先ほどまで文句を垂れていた優月と珠里がテキパキと動き出す。
「珠里、翠を保健室に運ぶなら、男の俺が」
今いち状況がつかめていない俺だが、珠里が翠をお姫様抱っこする様子を見て、慌てて力仕事を買って出るが。
「一心は来なくていいから!」
「女の子の事なんだから、私たちに任せておきなさい」
「…………あ」
女の子の事と言われてようやく、翠の身体に何が起こったのか気付いた俺は、顔を赤らめる。
「ほらほら、一心は文化祭実行委員の見回り巡回の仕事もあるんだろ。行った行った!」
「屋台の応援は、小鹿先生を保健室に連れて行った後に私と白玉さんでフォローしに行くからって、屋台にいる蓮司くんに伝えておいて」
「わ、分かった。翠の事よろしく」
こういう時に、男は無力だよなと思いながら、俺はメイド少女をお姫様抱っこするメイドさんたちの、カッコイイ背中を見送った
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