第100話 アオハル修羅場
「おっ! 七光りボンボンと愚妹じゃないか。なんだそのコスプレ? 青春してるな」
「常日頃からコスプレしてるような格好のお姉ちゃんに言われたくないわよ」
「どうも、楓さんに戸辺さん。うちの文化祭に遊びに来てくれたんですね」
相変わらずのトレードマークのピエン系の服をまとう楓さんに、優月が憮然としながら反撃する。
まぁ、楓さんは服装以外にも、白髪で紅い目だから、コスプレだと思われても仕方がないか。
「私はこの高校のOGだからな。学童保育所の仕事前に寄ったんだ」
「戸辺さん。こんな恥ずかしい格好した姉に連れられて可哀相に……」
「ん~だと愚妹!」
「ほらほら、文化祭でまでケンカしないの優月」
「楓さんも、OGならもっとドッシリ構えてください」
慣れた手つきで、戸辺さんと俺は、それぞれの担当姉妹を後ろから抱き留めて、かしまし姉妹喧嘩に割って入る。
「何を人のクラスの屋台の前で騒いでるの?」
「ん……? ああ、瑠璃か。変装してるから一瞬分からなかった」
「ウィッグも付けてるから分からなかったでしょ?」
そう言って、瑠璃が黒髪ショートカットのウィッグをなびかせながら、伊達メガネをクイッと上げて見せる。
たしかに、これなら来場者は歌姫ラピスだとは気づかない。
「それにしても、優月と珠里はアオハルな恰好してるわね。優月のはともかく、珠里のは大分攻めてるけど」
「る、瑠璃っ子も歌姫ラピスの格好で接客すればいいじゃんか」
ミニスカメイド姿を茶化された珠里は、恥ずかしそうにスカートを抑えながらも、瑠璃に反論する。
「芸能人パワーを使って集客しても、私だけの手柄になっちゃうでしょうが」
その事は、琥珀姉ぇも気にしてたな。
ある意味プロである芸能人の知名度を宣伝に使うのは卑怯だと自制している。
その点、うちのクラスは、何の制約もなく優月たちを宣伝に駆り出せるという事で、あの騒ぎという訳だ。
できれば、他の屋台に分散して欲しかったけど。
「6組は豚汁の屋台か」
「そうよ。飲んでく?」
うん。汁物なら、販促用にフランクフルトを食べ続けた優月たちのお腹にも入りそうだからいいな。
「お姉さま~、豚汁全員分おごって~」
「あ? こういう時だけ、お姉さま扱いか愚妹」
「僕も半分出しますよ楓さん」
「そ、そんな悪いですよ篤志さん」
財布を取り出す戸辺さんに、楓さんが慌てて、財布をしまうように諭す。
「……なんかお姉ちゃん。妹の私に対しての声のトーンと、戸辺さんに対してで、大分違くない?」
「んな⁉ そ、そんなの当たり前だろが愚妹! だから、私と篤志さんは、そういう関係じゃなくて」
「でも、いつの間にか呼び方も篤志“先生”じゃなくて、篤志“さん”になってるし」
「そ、それは、保育所以外では先生は止めてくれって、篤志さんが……」
「先生呼びだと、何だか距離がある感じがするので、プライベートではそう呼んでくれって僕の方からお願いしたんですよ」
「篤志さん!?」
妹の優月に茶化される楓さんに、戸辺さんが助け舟を出したつもりのようだが、残念ながら楓さん的には、背後から撃たれるに等しい行為だ。
それとも故意か?
「けど、無理強いになっちゃってましたかね……母校の文化祭に誘われたので、楓さんとは結構仲良くなったつもりだったのですが」
「ハワワワ」
「え~、何この初々しい感じ。若いな~」
「優月。それって、普通は母校の文化祭に遊びに来たOGの姉が言うセリフじゃない?」
達観したような物言いの優月に、俺が呆れたように言う。
「私は、もう汚れちゃってるから」
「あ、そう」
汚した張本人の俺は、何も言えねぇよ。
「おや、目立つ白髪だと思ったら、やっぱり楓さんだ。お、一心君も」
「あ、どうも王城さん」
「なんだキングか。どうしてアンタがいるの?」
「無料塾の生徒に招待チケットをもらってね」
そう言って、王城さんが手に持った文化祭の招待チケットをヒラヒラさせて見せ、ちゃんと正規の手段で入場したことを示す。
「ふーん。てっきり女子高生でもナンパ漁りに来たのかと思った」
「ひどいなー」
最近は無料塾や子供食堂の運営をしていて、対外的な折衝も多くなっているためキチッとした格好をしている姿を見るのが多い王城さんだが、今日は街で会った時のようなチャラ目な格好だ。
「楓さん。その方は……」
戸辺さんが訝し気に楓さんに尋ねる。
「ああ。篤志さんは初見でしたね。紹介します。王城楽伍と言って、そこにいる七光りボンボンと共同で無料塾や子供食堂を運営している奴です。キング、こちらは私が働いている学童保育所の同僚の戸辺篤志先生」
「どうも初めまして、戸辺先生」
「どうも……」
にこやかに握手を求める王城さんと、それに対して、明らかに警戒しつつ応じる戸辺さん。
王城さんは格好はあれだが、先に楓さんが紹介したとおりに、子ども福祉事業に携わっている人で、怪しい人ではないのだが……。
もしかして、警戒しているのはその人なりではなく、別の理由?
「おや、これは代表理事。お疲れ様です」
「ラピスだってバレたくないから、そういうのは止めてね王城さん」
流石は、元はメンズコンカフェのエース。
変装を瞬時に見抜いて、無料塾と子ども食堂の出資元である瑠璃に挨拶をする。
「これは失礼。折角ですから、瑠璃さんの屋台で食べましょうかね。ここにいる皆さん分、注文をお願いします。ご馳走しますよ」
「おお! さっすがキング! 太っ腹じゃん!」
財布を取り出す王城さんに、楓さんがバシバシと背中を叩きながら嬉しそうにする。
楓さん、自分が奢らなくて済んで喜んでるな。
「いえ。ここは、僕と楓さんが支払うので」
「遠慮なんて要らないですよ。学生の身空ですが、文化祭の豚汁をご馳走するくらいで財布は痛みませんから」
「あ、いや、私の財布はそんなに余裕ないんだが……」
戸辺さんの固辞に対し、王城さんが気にするなと言い尚も財布からお金を出そうとし、楓さんが困惑しつつ自分の財布の心配をする。
「楓さんはこの学校のOGです。後輩の手前、カッコつけるのは必要です。なので、王城さんはお気になさらず」
「女性にお金を出させるのは、自分の流儀に反するのでね。少なくとも、半分しか会計を手伝わない男には任せておけないな」
譲らない男2人の間でおろおろする楓さん。
「なんだか少女漫画の修羅場シーンみたいだぜ」
「お姉ちゃんオロオロしてるけど、内心は『払ってくれるなら別にどっちでもいいんだけど』って顔に書いてあるわね」
ワクワク顔の珠里と、妹として冷静に姉を分析して見せる優月。
楓さんはラブコメ感度低いというのは、俺も同意だ。
「どうでもいいから、早くどっちが会計するか決めてくれないかしら」
オーダーを受ける瑠璃が、注文票を手に面倒くさそうに目の前の痴話げんかを眺めながらボヤいた。
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