第94話 その穴、人に触られるのは初めての場所だから

「いいね、いいね。次はこっちのパターンも撮ってみようか」

「や……体操着姿なのに、ここまで肌を出すなんて……」


「ほら、みんなのために頑張るんでしょ琥珀姉ぇ? これは必要な事なんだって自分で言ってたでしょ?」

「そ、そうだけど……」


人気のない校舎裏の無機質なコンクリートの壁をバックに、金色の瞳を輝かせる少女の決意が、夏の暑さが見せる陽炎のように揺らぐ。


「ふんぎりがつかないなら、俺の方で服を脱がせようか?」


「そ、それは! わ、分った……自分で出すから……」


 そう言って、琥珀姉ぇは恥ずかしそうに眼をギュッとつむったまま服をたくし上げる。

 そこには、実際に触れなくても分かる、柔らかできめ細やかな乙女の肌があった。


「すごい綺麗だよ琥珀姉ぇ」

「や……そんな見ないでイッ君」


 羞恥から顔を逸らす琥珀姉ぇが許しを請うように弱弱しく抵抗を見せるが、俺は琥珀姉ぇのお願いを無視してカメラを近づける。


「この穴もとてもキレイだ」

「そ、そんな汚い所見ないでイッ君!」


「ほら、手をどかして琥珀姉ぇ。ここが中心なんだから、隠しちゃ駄目だよ。それに、本当にキレイだよ」


 慌てて手で、人体に生まれながらに備わった穴を隠そうとする琥珀姉ぇだが、俺は少々強引に琥珀姉ぇの手首をつかみ、穴の姿を露わにし、撮影をし続ける。


「ほ……本当? 私の……キレイ?」


「うん。自信もっていいよ。琥珀姉ぇのは綺麗だよ」


 俺だって、別に他人の身体のデリケートな個所をこんな風にマジマジと見た、琥珀姉ぇのが綺麗だとい経験が豊富な訳ではないが、断言出来た。


「じゃ、じゃあさ……触ってみる?」

「え?」


 先ほどまで恥ずかしそうだった琥珀姉ぇが、もっと恥ずかしそうに真っ赤な顔で俺に提案する。


「いいの?」

「イッ君だったらいい……よ……」


 別に俺は、そんなつもりで琥珀姉ぇのことを褒めた訳では断じてない。


 けれど、目の前の幼馴染が、琥珀姉ぇが勇気を振り絞ってくれたのが、俺には嬉しかった。


 勇気には敬意で返す。


 それは、年頃の男女だからと言うのではなく、人と人としての、当たり前の心の機微の応酬だ。


「じゃ、じゃあ触るね」


「うん。その穴、人に触られるのは初めての場所だから、優しく……ね……」

「え、じゃあ、琥珀姉ぇは自分で触ったことあるんだ?」


「そ! それは、無知な子供の頃にだから!」


 俺の鋭い指摘に、ワタワタと琥珀姉ぇが弁解する。


「ふふっ、そうなんだ」

「イッ君の意地わ……あっ!」


 意地悪と言われる前に、更なる意地悪で、気が逸れたタイミングを見計らって、秘部に触れる。


 琥珀姉ぇの頬を膨らませた空気が、大事な個所を俺に指先でなぞられた驚きと羞恥と一緒に、吐息として吐き出される。


「痛くない?」

「うん、平気……もっと奥まで大丈夫だよ」


「いや、そんな無理しないで琥珀姉ぇ」

「大丈夫だから……。もっと奥まで挿れて」


 俺の指先の感触にかすかに身体を震わせ、反射的にのけぞりそうな身体に、力をこめて必死に抗う少女の強弁。


 その心意気に俺は……。















「いや、おへその穴を触り過ぎるとお腹痛くなっちゃうから、これ以上はやめよう」


「え~、大丈夫だったのに」


何か変な空気になってたしね……。

と、本音の部分は言わずに、俺は三脚に据え付けたスマホの録画停止ボタンを押した。


「しかし、ダンスはへそが重要なんだね」


「そうだよイッ君。ダンス中の動きは、へそを見ればどこに身体のコアを据えているか一目瞭然だから、指導がしやすいの」


「へぇ。でも、やっぱりヘソに触る必要は無かったんじゃないの?」


「ギ、ギクゥッ! そ、そんな事ないもん。これは身体のコアの動きを意識させるためで、有名インストラクターの人も取り入れてる指導方法なんだよ」


「じゃあ、琥珀姉ぇは指導のために、クラスメイトのヘソを触るの?」

「そ、それは……」


 こういう時に、分かりやすく言いよどんでしまう所が、何か琥珀姉ぇなんだよな。

 一つ年上のお姉さんだけど、何だか愛らしいというか。


 だからなのか、少し意地悪したくなってしまう。


「琥珀姉ぇが、他の男のヘソを触ったり、自分のヘソを触らせたりするのか……なんか嫌だな」


「え、イッ君。私がおへそを触られるの嫌なの?」


 俺のボヤキに、琥珀姉ぇがにわかに期待を帯びた目でこっちを振り返る。


「でも、指導のためなら仕方な」

「触らせない! 絶対ここはイッ君にしか触らせないから!」


「お、おう……」


 食い気味に琥珀姉ぇが、自身のヘソは俺という例外を除いて不可侵であることを宣言する、


 この時、おへそなんて、そもそも他人に触らせるものじゃないよなという、そもそも論は横に置いておくことにする。


「じゃ、じゃあイッ君。これで撮影は終わりだから、今度は編集作業を手伝って」


「え、でも流石に文化祭の準備時間に学校を抜け出すのは」


「……私のおヘソ触った癖に」


「わ、分かったよ琥珀姉ぇ」


 そこを引き合いに出されたら仕方がない。


 まぁ、どうせクラスの出し物でも居場所はなく、文化祭実行委員の役回りも無いし、琥珀姉ぇの動画の手伝いだって、文化祭に関連する作業なのだから広義で言えば、文化祭関連のお手伝いなのだから、文化祭実行委員の業務範囲内と言えるだろう。


 そう自分を納得させた俺は、そのまま帰路についた。

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