第93話 文化祭準備でボッチ

「はい。という訳で、今年の1年1組の文化祭の出し物は、食べ物屋台に決まりました~」


 パチパチと拍手がクラス内に巻き起こる。


「小鹿先生、各方面への許可取りありがとう!」

「さすが、有能JS教師!」


「いや~、そんな褒めないでくださいよ皆さん」


 みんなから褒められた教壇に立つ翠はテレテレと照れている。

ただ、皆の少々過剰とも言える喜びようも無理からぬことで、


『最近の文化祭では衛生面の問題やらで、飲食を伴う出店に制限がかかっているから、出し物希望は提出するけど、あんまり期待するなよ』


 と足柄先生から、希望が通らないかもしれないと事前に釘を刺されていたのだ。


 その予防線からの、希望通りの飲食の出店に決まったので、皆のテンションは爆上がりである。


「お前らほんと、小鹿先生に感謝しろよ。各方面への面倒くさい許可取りのための書類仕事を嫌な顔せず全部やってくれたんだから」


「いえいえ。申請書の提出時だけは流石に大人じゃなきゃダメでしたから、そこだけは身重の足柄先生に頼むことになってしまって、すいません」


 これ、きっと足柄先生単体だったら無理だったんだろうな……と2人の先生同士の掛け合いを見つつも、この点に関しては翠が副担任としてこのクラスに来てくれたことを幸運に思った。




「文化祭とは言え、絶賛クラスで浮いている俺は、こういう役回りか……」


 そう言いながら、俺は制服のシャツに着用した『文化祭実行委員』の腕章をつまみながらボヤく。


 文化祭実行委員とは、クラス単位ではなく、学校単位での文化祭の全体業務にあたる人員で、ぶっちゃけ雑用係である。


 クラスから1名は、文化祭実行委員を出せとのお達しだったので俺が選ばれたのだ


 まぁ、部活に入ってないとか、条件は合致していたからね。

 決して、俺が嫌われているから、クラスの外に出された訳じゃないからな。


 ないからな!


「日頃の料理の腕を振るって、クラスの皆の好感度を上げるチャンスだったのにな……」


 焼きそばやフランクフルトとか、単純に見えて意外と奥が深いんだから、是非調理部門を担いたかったのだが、優月と珠里、それに蓮司に止められたのだ。


「包丁がある場所に一心がいると危ないからダメ」

「さすがに、文化祭準備中常に、私が一心の背中を守れるわけじゃないからな」


「俺も血のハロウィンを抑えるのに手いっぱいだから、一心は外に出てくれた方がいいな」


 俺って、暗殺者に命でも狙われているのか? と大いに疑問だったが、周りから望まれていないという事で、大人しく文化祭実行委員となることになった。


 文化祭実行委員は、備品の貸し出しやステージ設営などについては、時にハードな調整や仲裁が必要だったりするが、それらの役割は文化祭実行委員長や上級生の役回りだ。


 よって、1年の文実委員の俺には大した仕事は回ってこない。


 貸出し機材を申請のあったクラスに届けたら、その後はトラブルが無いか校内を巡回しててと委員長に指示され、こうして校内を文化祭実行委員の腕章をつけて練り歩いているという訳だ。


「なんか、上級生のフロアを歩くのって落ち着かないな」


 普段はあまりうろつかない上級生のフロアゆえ、アウェー感が凄い。


 あと……。


「あれが、宝玉シリーズ独占クソ男か。どんなイケメンかと思ったらフツメンじゃん」

「眼球から出血しそうになるくらい、くそ羨ましい……」

「我らが学年ナンバー1美人の金色のオーブと幼馴染だし」

「やっぱり入学当初に締めとくべきだったな」

「このノコギリでうっかりを装って……」


 物騒な陰口も最早、耳が慣れてきたが、何で俺は治安の悪いスラム街を歩く心構えで、校内を歩いてるの?


 うちの学校って、ヤンキー校とかじゃないのに。

 あと、暗殺者もいるみたいだし、最近校内治安が悪化しすぎだろ。


 釈然としない中、特にトラブルも無いみたいなので、とっとと2年生のフロアを抜けてしまおうと、少し小走りで歩いていると。



「あ~! イッく~~~ん!」



 廊下の奥の方から、点でしか見えない声の発生源が、こちらへドドドッと走り寄って来る。


「こ、琥珀姉ぇ……。今日は学校に来る日だったんだね」


 うう……琥珀姉ぇに会えるのは嬉しいんだけど、このアウェーな場で会うのは嫌だった。

 周りの2年生男子たちの殺気が、さっきより数倍マシマシになっているのを肌で感じる。


「うん! デビューイベントはあらかた終わったから、早退や遅刻をしつつも学校に行けるんだよ!」


 琥珀姉ぇは嬉しそうに、顔をほころばせる。


「へぇ……。じゃあ、文化祭の準備には参加できるんだね」


「うん!」


「あの……琥珀姉ぇ」


「な~に? イッ君」

「その……みんなの目があるから、あまりベタベタとくっつくのは、その……ほら、琥珀姉ぇはアイドルなんだし」


 抱き着いてきたままの勢いで、琥珀姉ぇに全身を抱きすくめられているので、身動きがとれない。


 周りの男の先輩たち。違うんです。

 琥珀姉ぇが抱き着いてきてるだけだから、俺の意志じゃないんです。


 だから、そんな下唇を噛みしめないでください。血が出てますよ。


「大丈夫だよイッ君。イッ君と私は物心がつく前からの幼馴染なんだから、アイドルのエピソードトークに出てくる弟枠みたいなものだからセーフなんだよ」


「そ、そう……」


 ま、まぁ、そう言う事ならいいのか?

 しかし、周りの目線がキツイ。


「イッ君は文化祭実行委員なんだ」

「うん。俺はクラスで浮いてるからね」


 文化祭実行委員の腕章を見せながら、俺は少々自虐的に笑った。


「それは私も一緒だよ。うちのクラスはステージダンスなんだけど、私は中々みんなと合わせの練習が出来ないから」


「でも、本職の琥珀姉ぇがいるなら、むしろ百人力なんじゃないの? センターで踊ったり」


「逆だよイッ君。私だけセンターでビシバシのキレキレで踊ったら、周りから浮いて、私のワンマンショーになっちゃうから」


 ああ、そう言う事か。


 確かに、琥珀姉ぇがセンターで踊ればクォリティも上がるし、人気も出るだろうが、それは全て琥珀姉ぇの手柄になってしまい、クラスの成果とは言えなくなってしまう。


「じゃあ、琥珀姉ぇは何をするの? 指導係?」


「みんなのためにダンスのレッスン動画を作ろうと思ってるの。私も、アイドルのお仕事で不在がちだから」


「なるほど。じゃあ、琥珀姉ぇは今が一番忙しいんだ」

「そうなの。それで、イッ君。お願いがあるんだけど……」


 金色の目を上目遣いに俺と、手に持っているスマホを交互に眺める琥珀姉ぇを見て、何を頼みたいのかを察する。


「うん、いいよ。動画の撮影のお手伝いだね」


 どうせ、今はクラスの出し物も文化祭実行委員のどちらでもヒマしてるしな。


「ありがとうイッ君! じゃあ、行こ」


 嬉しそうな琥珀姉ぇに腕を引っ張られながら、そう言えば、小さい頃は俺の方が見上げる側だったなと思い返しつつ、俺はアウェーの2年生の教室フロアから抜け出していった。

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