第90話 他のユーザー
「小鹿先生ありがと~。よく理解できた」
「小鹿先生の解説、足柄センセ並みに解りやすいよね」
「ね。最初は、10歳の女の子に教わるのってどうよって思ったけど」
「また勉強で解らない所があったら聞きにきてください。気を付けて帰ってくださいね」
夕暮れの化学準備室の前で、化学の質問に来ていた生徒たちを、翠が手を振って見送る。
「ふ~。さて、私に用があるんですよね? 皆さん」
そう言って、翠がこちらを翻りながら声を掛けてくる。
「バレてたか」
翠の言葉に、化学準備室の近くの踊り場に隠れていた俺たちは、のそのそと姿を現す。
なお、瑠璃はこの後仕事があるとかで、後ろ髪を引かれつつ、先に帰っていた。
「ちょっとツラ貸しなお嬢」
「いいですよ。不良生徒を包みこむのも教師の大切な役目ですから」
パッと見は、小学生にヤンキーギャルがヤキ入れようとしているようにしか見えないな。
しかし、相手が10歳の小学生女子だと、滑稽にしか見えないのは何故だろうか。
「いや、普通にただの招待だから。あの部屋へ」
「あの部屋へ、また行けるんですか⁉」
食い気味に翠が、目を輝かせながら迫って来る。
「お、おう。ちょっと、その辺で話もしづらいしね」
「行きます! 行きます! 楽しみだな~」
まるで遊園地にでも行く前にはしゃぐ子供のようだが、このいたいけなJS教師の行きたいところが、セックスしないと出られない部屋とは思わないだろうな……なんて詮無きことを考えながら、俺はセッ部屋を展開した。
◇◇◇◆◇◇◇
『ここは、セックスしないと出られない部屋です。脱出するには、セックスをする必要があります』
「わぁ~。確かにあの部屋ですね。それにしても、この部屋の技術は本当に凄いですね」
部屋に来て開口一番、翠がはしゃぎ回る。
「いきなり別空間に来たのに物怖じしない事からも、やっぱりこの部屋に来てたのはブラフじゃなかったか」
優月がポツリと呟き、そして俺の方へユラッと虚ろな視線を向ける。
「それで、ここで中身は10歳の女の子としちゃった訳だ、一心は」
「記憶に無いけど、状況証拠的には、そうなりますね……」
相変わらず記憶も身に覚えもないが、俺は素直に断罪を受け入れる。
「一心君の名誉のために釈明しますけど、ちゃんとこの部屋の機能を使って、私が18歳の身体になってから致してますからね」
「いや……それ、あんまり慰めになってないよ翠……」
これが、翠の見た目が大人なお姉さんに様変わりしていというなら、まだ救いがあったのだが、見た目が10歳の少女の時と変わらないままでは、ちっとも罪悪感が拭い去れない。
「一心……じゃあ、手筈通りに。白玉さんは小鹿さんから悟られないように、ブラインド役を」
ここで優月が、こちらには視線は向けずに、近くにいる俺と珠里にだけギリギリ可聴域の声量で指示を出す。
「あ、ああ」
「合点承知だぜ、優月っち」
「なにをコソコソと3人で話してるんですか?」
「別に。で、あなたの時は、どうやって一心を手籠めにしたの?」
「それは……恥ずかしいんですけど」
頬を赤らめつつも、今まで誰かに話したくて仕方がなかったのか、翠は饒舌に俺との情事に至る話を優月にし始めた。
何か、睡眠導入剤と催淫剤の混合薬だとか、科学者の性でイチモツをじっくり観察してスケッチしてしまったとか、断片的にヤバいワードが聞こえてきたが、今はとにかく無視だ。
優月が翠の気を逸らしてくれている間に、俺にはやる事がある。
ブラインド役の珠里の背中の後ろで、俺はこの部屋の管理者権限の画面を開いていた。
「対象の身体成長についての項目。これだ!」
俺たちの目的。
それは、翠が現実世界まで持ち越してしまった身体成長を元に戻すことだ。
見た目に、今までと大差が無いとは言え、10歳から18歳への急激な身体的成長は、精神面との乖離もあり危うい。
なので、この部屋に翠を誘い出して、俺の管理者権限で同設定項目の数値を弄って元の年齢に戻そうというのである。
しかし、つくづくこの部屋は何でもありだな。
0歳児まで身体年齢変更が可能なようだが、0歳児って完全に赤ちゃんだろ。
この部屋で、赤ちゃんになって何するって言うんだよ。
セッ部屋さんも本来目的に使われない事を怒っているようだが、こんなに機能面が万能過ぎるのがいけないのだ。
「よし。対象を翠にして、身体年齢を10歳に選択。よし!」
これで、後は設定変更をしますか? の最終確認メッセージにOKボタンを押せば。
(ビーッ! ビーッ!)
システムからの警告音がウインドウから鳴り響く。
『この設定は、他のユーザーにより設定された項目のため、本IDでは変更権限がありません』
「え?」
ポップアップされた注意メッセージの内容に、俺は思わず呻いてしまう。
他のユーザー? どういう事だ。
じゃあ、翠と俺は、このセックスしないと出られない部屋とは別個体の部屋に居たという事か?
って事は、アヤメが別IDで、セックスしないと出られない部屋の催しを開いた?
いや、そんな事が出来るなら、わざわざ今まで俺に催しの代行をさせようとはしなかったはずだ。
じゃあ、一体誰が?
「その音はなんですか? 一心君」
ヒョコっと翠が、横から覗き見てくる。
慌ててウインドウを閉じようとするが、如何せん警告メッセージのウインドウがデカくて、翠に注意メッセージを見られてしまう。
「ワリィ、一心。警告音にビビッちまった」
申し訳なさそうに珠里が謝るが、俺の方もつい警告メッセージのことを考えたりして気を取られていて、油断していたのだから、俺のせいだ。
「ああ、それですか。ちゃんと権限設定されてるって話は本当だったんですね」
「まさか、翠。君が、この部屋の管理者権限を……」
「いえいえ、違います。ことを済ませて、身体の成長を現実世界に持ち越すことを承認してくれた管理者の方が言ってたんです」
事も無げな様子で、翠があっさりと重要情報を話しだす。
「それって、ですぅって語尾がウザい奴だった?」
「それは、セックスしないと出られない部屋の冒頭に、一心君と喧嘩していた女神様ですよね? 紫の髪のフワフワ浮いてる。その人ではないですよ」
容姿と語尾も一致しているし、間違いなくアヤメだった。
ただ、アヤメではない別の人だと。
「アヤメ以外の管理者の人が来たのか?」
「はい。事が終わっても、一心君は中々起きないので、もう一回しちゃおうかなとムラムラして一心君の男性の証に手を伸ばした時に」
「あ……当時の生々しい状況説明はいいから」
「この子ってば、可愛い顔して薬を盛って一心と事を成したのね。うらやま……とんだ小悪魔ね」
先ほど、時間稼ぎのためにこの部屋での情事の様子を聞かされる羽目になっていた優月は、憮然とした顔で腕を組みながら、翠を睨みつける。
「まぁ、優月も当初は催淫ガス使ってしようとしてたけどね」
「そ、それは未遂だったんだからいいでしょ! もうっ! 一心ったら、もうっ!」
俺の暴露に、新参者の翠に格好つけてた優月が、ボカボカ俺を殴って来る
だが、今はそんな事に気を回している余裕はない。
俺は、核心について翠に尋ねる。
「それで、翠。その、終わった後に来た管理者って言うのはどういう人だったんだ?」
「私と同じ、エメラルドグリーンの瞳をした女神様でした。私の願いを聞いてくれて、いい女神様でした。今後は、あのお方を祀る神社を建立しないとです」
キラキラとした目で翠が憧れと尊敬の眼差しを天に向けて祈りのポーズを取っている。
なんで瑠璃と言い、お金持ちって恩義があると、宗教法人を立ち上げようとするの?
「自分の事を女神って言ったのか……」
という事は、天界にアヤメの数々の失態がバレてしまっているという事なんじゃないのか?
これは、かなりマズい事態なんじゃ……。
あの駄目女神様がしくじれば、芋づる式に俺も終わりなのだから。
その可能性に思い至った俺の額を、汗がつたう。
「はい。名前は名乗らなかったですけど、自分は草を司る女神だって言ってました」
「草を司る女神……カヤノヒメ……」
草を司る神と聞いて、日本神話に出てくるカヤノヒメの名前が咄嗟に出てくるが、もちろんアヤメ以外に女神様の知り合いなんていない。
ここに来て、異なるセックスしないと出られない部屋のゲームマスターの存在に、俺は不安を覚えずにはいられなかった。
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