第86話 波乱の新学期スタート

「お邪魔してるわよ」

「いらっしゃい、優月、珠里」


 ベッドで半身を起こして読んでいた文庫本にしおりを閉じ込んでベッドサイドに置く。


「ああ、ありがと。寝てたらすっかり良くなったよ」

「パーティ会場で一心が倒れた時は、本当にびっくりしたぜ。流石に私でも、一心を担ぐのは重かったぜ」


 ベッドサイドに胡坐をかいて、珠里がカカカッと笑う。


「よく言うわよ。白玉さんったら、『一心が倒れた!』ってベソベソ泣きながらおぶってた癖に」


「それ言うなって言ったじゃん優月っち!」

「ハハハッ」


 真っ赤になった珠里が優月に抗議するのを見て、思わず笑ってしまう。


「結局、お医者さんにも診せたけど、特に異常は無かったんでしょ?」

「うん。単に色々と疲れが出たんだろうって」


「一心は、夏休みに色々と精力的に動いてたからね」

「夏休みの最後の方は結局寝てるだけで終わっちゃったな」


 セックスしないと出られない部屋で睡眠は十分とっていたつもりだったが、やはり現実の身体と意識のずれが生じているのだろうか?


 いくらセックスしないと出られない部屋の力が凄くとも、人間の身体は早々、それに適応することは出来ないという事なのか。


 これからは、無茶な使い方は控えよう。


「それより、見て一心。これ、お母様が作ってくれたの」

「ああ、ロンジーだっけ。似合ってるよ2人共」


 ミャンマーの伝統衣装を模したロングスカートをヒラッとなびかせながら、優月と珠里が嬉しそうに披露してくる。


 お見舞い名目だけど、これを早く俺に見せびらかしたかったんだな。


「お母様が帰国際に、息子の事頼みますって言ってたよ」

「あと、今度ゆっくりweb通話で取材させてくれって一心パパが言ってた」


「うるさいのが帰って、せいせいしたよ」

「そういう事言わないの」


 別に家族の事が嫌いな訳ではないが、思春期の男子としては、色々と気をつかうのだ。


 来て良し、帰って良しである。


「そういや、その後、オーガ化学工業のお嬢様からは連絡あったのか一心?」


「いや、特には。っていうか翠の連絡先は知らないし」


「まったく。一心がお嬢様を追いかけてる時に、突然昏倒した後も、姿を見せなかったし。何だったのかしら」

「まぁ、天才少女だって言うけど、所詮中身はちびっ子なんだから仕方ねぇぜ」


 翠と瑠璃が言い争いをして、翠が駆けて行ったのを追いかけた所までは憶えているんだが、そこから急にブレーカーが落ちたように記憶が無い。


 気付いたら、見知らぬ病院の天井だった。


「それにしても、あの時の瑠璃もそうだったけど、ちょっと2人とも翠への当たりがキツくない?」


 いくら天才少女だからって、翠は紛れもなく10歳の少女なのだ。


 それを寄ってたかって、女子高生たちが批判を浴びせるのは、ちょっとどうなの……というのが俺の本音だった。


「甘いわね一心。10歳なんて、完全にメスなのよ」


「普段から大人に囲まれているからこそ、昔遊んだお兄ちゃんが神格化されてるんだろうなって、あの一瞬で見抜けたぜ」


 優月と珠里が、割とガチ目に反論する。


「そんなこと無いと思うんだけどなー」


 優月も珠里も警戒しすぎだろ。

それに俺が女子小学生相手に後れを取るとでも?


 あり得ない事だ。


 しかし、下手に2人に反論すると、2人は意固地になって来そうなので、翠のためにも話題を変える。


「あ~、夏休みも今日で終わりか」


「明日の準備はしたの?」

「してるよ」


 夏休みの宿題は全て完了。


 夏休み前の単元も自主学習でしっかり復習し、先取り予習も終えている。

 間違いなく、この夏休みで俺はレベルアップしていると言える。


「お父様、お母様が帰国しちゃって寂しくない? 今日泊まろうか? 一緒にベッドで添い寝しようか?」

「はいはい、大丈夫です。じゃあ、2人共明日学校でね」


 まるで、女子小学生の保護者なみに過保護な2人を何とか追い出す。


 こうして、俺の夏休みはかしましく終わりを告げた。




◇◇◇◆◇◇◇




「お~っす。お前ら久しぶりだな。全員揃ってて良かったぞ」


 夏休み明け初日。


 皆、眠い目をこすりつつ登校して自席につくなか、久しぶりの我らが担任教師の、足柄先生の気の抜けた挨拶が浴びせかけられる。


「よしよし、夏休みに問題行動を起こす奴がクラスにいなくて良かったぞ。まぁ、一部、色々と派手にやってた奴もいるようだが。なぁ豊島」


 その他大勢と同じようにあくびをしながら聞いていたのに、突然水を向けられて、思わずあくびを飲み込んでしまう。


「はい? 何の事で」


「聞いたぞ。繁華街で色々と問題のある不良少女を一か所に集めて、良い事をしてたそうじゃないか。学校にも取材が来たぞ」


「足柄先生、言い方!」


 それだと、いかがわしい意味にしか聞こえないってば!


「え……宝玉シリーズだけに飽き足らず、学校外にまでその毒牙を」

「性豪かよ」

「パール姫以外のギャルとか解釈違いなんだけど」


 ほら~。

 クラスのみんながまた誤解した。


 足柄先生、早く無料塾を立ち上げたんだって、ちゃんと詳細を説明してください。


「と、雑談は置いといて一つ私の方で報告があったんだった。先生、いま妊娠してるから、そこんところヨロシクな」




「「「「「ええええええぇぇぇええええ!?」」」」」




 クラス中が驚きに支配される。

 かく言う俺も、クラスメイトと同じように驚愕の声を上げてしまう。


 え? うそ……。


 足柄先生と千百合先生のカップルがご懐妊してたのは、もちろん知っていたけど。


 え、そっち!?


「いや~、夏休み前に妊娠カンパは勘弁しろよって、お前らに言っておいて、ちと恥ずかしいんだけどな」


 俺が静かに衝撃を受けているのを他所に、足柄先生は生徒たちの前で珍しく照れながら、でも嬉しそうに頭をかきかき報告する。


「先生おめでとう!」

「赤ちゃん楽しみ~」

「え、足柄先生独身だよね。結婚するの!?」


 口々にお祝いの言葉を投げかけると同時に、夏休み明け早々にもたらされたビッグニュースにどよめくクラスメイト達。


「でだ。結婚相手は、養護教諭の千百合な」




「「「「「「えええぇぇぇぇぇええええ!?」」」」」」



 あっさりと疑問点に応える足柄先生から、ご懐妊ニュース以上の驚愕が与えられる。


「こりゃ驚いたな」

「だな、蓮司」


 隣の席の蓮司と、俺は素直に驚きを口にする。


 本当は黒幕なのに、素直に驚いているのは、化粧っ気が無くズボラな感じの足柄先生がベッドの上では女側だったというのが衝撃過ぎて……。


 え、って事は、あのホワンとした養護教諭の千百合先生がベッドでは男側!?


 おおう……。


「最近は役所でも同性夫婦も認められてるって言ってたもんな」

「しかし、千百合ちゃんかぁ~。あ、一部の男子たちがショック受けてる」


「宝玉シリーズがクソ野郎に独占された今、意気消沈していた俺たちの最後のオアシスだったのに……」

「年上お姉さん好きワイ。担任に夏休み明け早々にNTRを喰らう。今日は早退します先生」

「もう俺たちを止められる者はいない。独占野郎を血祭りに上げる血のハロウィンの計画を最終段階に移行する」


 あ~、千百合先生ってホンワカしてて男女ともに人気あったからな。

 男どもは、ショックだろうな。


 あと、血のハロウィンって何?


「それで、学校にも結婚と懐妊のことを伝えたら、これから色々と大変だろうし、いずれは産休育休に入るからって事で、新任の補助の先生が付いてくれる事になったんだ」


「「「「おお~~」」」」


 夏休み明け早々に色んな事が目まぐるしく起こるな今日は。

 なんだか転校生が来るみたいで、ワクワクする。


「早速、紹介するぞ。お待たせ先生、入って来てくれ~」



 足柄先生が廊下へのドアに呼びかけると、ガラッと扉がスライドされ、人が入って来た。

 だが、教室の後方に位置する席に座る俺にはすぐに、その姿が見えなかった。


 なぜなら、先生と呼ぶには、その身長があまりに低かったから。



「皆さん初めまして。このクラスの副担任と、足柄先生と同じく化学の科目を担当する、小鹿翠です。10歳です。そこに座っている、豊島一心君の婚約者です。よろしくお願いします。」



 ホント……今日は色々起きやがるな……。


 クラスメイトたちから凄い形相で見られている事に耐え切れなかった俺は、教室の窓から青い空を仰ぎ見て、全力で現実逃避した。

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