第85話 私ではドキドキしませんか?
「わぁ~。これが音に聞くタコさんウインナーですか。可愛いです」
セックスしないと出られない部屋で明けた朝。
先に目覚めた俺は、朝食を準備し始めた。
その前に、昨夜に翠が色々とタブレットを弄ったことで、雑然としていたインテリアやレイアウトを整えていたら、その物音で翠が起き出して来た。
これから朝食を作ると言ったら、翠がタコさんウインナーをリクエストしてきたのだ。
「こんなので良かったの?」
「はい。前に、少女マンガで主人公の女の子が好きなメニューだったんです」
翠が嬉しそうに、タコさんウインナーを箸でつんつんする。
「タコさんに目がついてて可愛いです」
「目は黒ゴマだな」
「一心お兄ちゃんは料理が上手なんですね。うちの専属シェフでも作れますかね? 今度、お兄ちゃんに指南してもらいたいです」
「そ……それは止めた方がいいかな……。って、そうか。翠はお嬢様だからお家に専属のシェフがいるんだな」
翠の無垢な提案に苦笑いしつつ、翠と食卓を囲む。
思った以上に平和な時間だ。
「はい。こうやって、対面しておしゃべりしながら食べるのは久しぶりなので楽しいです」
「でも、専属のシェフの人が美味しい朝食を作ってくれるんじゃないの?」
「お父様とお母様はお忙しいので、あまり一緒に朝食を摂ることはなくて……。給仕の方はいるんですが、立場上一緒には食べてくれないですし」
少しだけ影を落としながら翠は、困ったような苦笑を漏らした。
そりゃ、世界的な企業の創業者だもんな。
たしかお父さんが経営を、お母さんが世界的な化学研究者だったか。
「そっか。お金持ちの家も、色々大変なんだな」
「その点、このダイニングテーブルはいいです。テーブルが小さいので、こうしてお互いの顔を見ながらお食事できるのは楽しくて」
「いや、このダイニングテーブルも一般的な家庭で言えば、かなり大き目で高級な物なんだけど……どんだけ、翠の家のダイニングテーブルは大きいの」
色々と住む世界が違うな~。
「ふぅ、ご馳走様でした。タコさんウインナーも卵焼きもきんぴらごぼうも美味しかったです」
「タコさんウインナーに合うおかずってなると、ついお弁当みたいなメニューになっちゃったよ。ほら、食後のコーヒー。って、しまった! 翠はまだ飲めないか」
つい、いつもの習慣で食後のコーヒーを人数分淹れてしまった。
「一心お兄ちゃんが淹れてくれたコーヒーですか。いただきます」
「本当に大丈夫か? けっこう苦みが強く淹れちゃったんだけど」
「大丈夫です」
何故か自信満々と言う感じで翠が胸をはってマグカップを受け取ろうとする。
何か、子供が背伸びして大人っぽく振舞おうと頑張ってるみたいで可愛いな。
まぁ、飲めなかったら後で温め直して俺が飲めば良いかと、取りあえず翠にコーヒーを渡す。
飲めない時に、一緒にスティックシュガーとミルクポーションも添えて。
「ん、美味しいです。渋みもあって好みの味です」
「おお、分かるんだ。今日はローストを深めにした豆を使っててね」
10歳だけどコーヒーの味が解るなんて凄いな。
子供は、大人の味覚の3倍は苦みに敏感だって聞くけど。
まぁ、翠は大学や会社の研究所に出入りしてるって言ってたから、コーヒーは飲み慣れてるのかな。
「あ、俺にもスティックシュガーちょうだい。今日の豆の銘柄には砂糖が合うんだ」
「はい、どうぞ。それにしても、こうやって食後のコーヒーを2人きりでソファに座って飲むだなんて、なんだか新婚さんみたいですね」
「アハハッ。そうかもなー」
俺の方もコーヒーをすすりながら、翠の言葉に笑って返す。
うん、今日のコーヒーもいい出来だ。
「……一心お兄ちゃんって私の事、子供だと思ってるでしょ」
「え、なんで不満顔!?」
頬をふくらませる翠お嬢様。
な、何がご不満で?
「一心お兄ちゃんは、私ではドキドキしませんか?」
「いや、それは、しちゃマズいでしょ!」
「さっきの新婚さん云々だって、パーティに一緒に来ていた綺麗なお姉さんたちに言われていたら、一心お兄ちゃんはドキドキしたんじゃないんですか?」
「う……」
さすが天才。ロジカルにバンバン核心を突いて、こっちを追い込んで来るな。
「私の年齢が問題なんですか?」
「そ、そうだね。例えば、翠が同年齢だったらね」
この時に、俺は上手く誘導されていたんだと思う。
追い詰められつつある獲物は、分かりやすい逃げ道があると、すぐに考え無しに飛びついてしまう。
「言いましたね、一心お兄ちゃん。いいえ、一心くん」
「へ? 翠?」
唐突に一回り年下の翠から、フランクな呼び方に変えられて面食らう。
「結婚するなら、お兄ちゃんはおかしいでしょ? だから、一心君って呼びたい。いいでしょ?」
ハァハァと息を荒げつつ、心と物理的な距離をぐいぐい詰めてくる翠に、俺は思わず及び腰になって距離を取ろうとするが、今回設置したソファはあまり大きくない、2人用のソファだ。
まさか翠。ここまで計算して!?
「いやいや、翠。日本では18歳からしか結婚できないよ。だから、まだ」
「ハァハァ……大丈夫ですよ一心君。今の私は、18歳ですから」
さっきまでのロジカルな受け答えとは打って変わって、途端に意味の解らない返しをする翠に、俺はソファの端にあっと言う間に追い詰められる。
「いや、翠はたしかに既に大学を卒業しているけど、10歳で」
「違いますよ。私は今、ちゃんと18歳の身体ですよ。ほら」
そう言って、唐突に翠は履いているプリッツスカートの前をペロンッと上まで一気にたくし上げる。
「うわっ!? ちょ! なに、スカートをめくって!? って、え!?」
慌てて目線を逸らそうとしたが、そこにあった予想外の光景に、思わず驚きの声を上げてしまう。
「ほら。女の子の大事な所に、ちゃんと大人のお毛々があるでしょ?」
スカートの中に何も履いていないノーパンであった事も驚きだったんだけど、たしかに彼女の股の部分には、髪の毛の色と同じライムグリーンの小さな森があった。
「い、いや。身体的性徴は人それぞれで個人差があるらしいから」
「いいえ、間違いなく18歳です。だって、この部屋の機能を使って、身体を18歳に成長させたんですから」
「な⁉」
昨夜、翠はタブレットを弄っていたけど、まさかそんな応用的な部分の機能に関してまで、すでに掌握していたなんて。
翠の処理能力を甘く見ていた。
「フフッ。本当だって信じてくれますよね? 一心君なら」
言葉にはしていないが、翠は俺がこのセックスしないと出られない部屋についてよく知っている事、管理者権限を本来持っていることを、アヤメとのやり取りから掴んでいる。
だから、自分が18歳に身体を成長させていることについて、この部屋の力を知っている俺なら、それが事実であることは分かるだろう? と言外に言っているのだ。
「あ、ああ。でも、18歳になった割には、そんなに容姿は変わっていないような」
「……そこは、私もショックだった面なので、触れないでください」
さっきまでは不敵で妖艶な雰囲気を漂わせていたのに、フイッと顔を逸らす。
「あ、ごめん……」
言われてみると、身長が少し伸びたか?
良く考えたら、昨日久しぶりに再会した時に、翠はヒールのある靴を履いていた。
その分の差が成長で相殺されていて、違和感を感じさせなかったのだろう。
「やっぱり一心君も、胸が大きい女の子の方が良いんですよね?」
涙目になり、寂しく胸元をさする翠。
「あ、いやそういう訳じゃ」
「パーティに来ていた褐色肌のお姉さん、胸が大きかったですね」
一度しか会ってないのに、よく見てるなー。
褐色ってことは珠……。
「あ、あれ?」
不意に、頭がクラッとして、俺はソファに倒れ伏してしまう。
頭が酷く重く、意識に霞がかかって、ドンドン遠ざかっていく感覚が侵食してくる。
「ようやく効いて来ましたね。特製の催眠剤入りスティックシュガー」
「な……んで……」
翠の方に手を伸ばすが、もはやその手に抵抗の力はほとんど無く、容易に小柄な翠に組み伏される。
「合法的に結ばれるチャンスが目の前にあって我慢できなかったんです。ごめんね一心君。いただきます」
最後に視覚情報として残ったのは、言葉とは裏腹に、恍惚とした少女の妖しい笑顔だった。
その笑顔は、いたいけな少女の物ではなかった。
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