第84話 まだ子供なんだな、翠も

「けど、これどういう状況なんだよ? 俺の管理者権限でも出れないぞ」


 兎にも角にも脱出をと思ったのだが、俺の管理者用のウインドウが開かない。


「仕様自体は、スタンダードなセックスしないと出られない部屋ですねぇ」


 何もない、白い壁と天井の部屋の中央にポツンと置かれたタブレットを見るに、アヤメの言う通り、初期状態のセッ部屋のようだ。


「アヤメの方で何とかならないの?」

「もしかして私の方にコントロールが戻ったのかと思ったけど、こっちも変わらず反応しねぇですぅ」


「となると……」

「ええ。この状況は、セッ部屋の暴走だと考えられるですぅ」


 セッ部屋の暴走……。

目的外使用ばっかりだったから、セッを求めているというのか?


 しかし、俺もアヤメにもコントロールできないという事は、これではただ、セッ部屋に召喚された一般参加者と変わらない。


「しかし、何でよりにもよって翠と」

「え……一心お兄ちゃんは、私と一緒じゃ嫌なんですか?」


 思わずぼやいた言葉に、翠が悲しそうな顔をする。


「あ、いや。翠はこの部屋の事、よく解らないと思うんだけど」

「セックスしないと出られない部屋ですよね?」


「……意味解ってて言ってる? 翠」


 小学生くらいの女の子の口から臆面もなく、セックスと言う単語が飛び出すのは抵抗感あるな。


「この部屋にいる男女が性交をすることが脱出条件になっている部屋と言う理解で良いですか?」


「う、うん……それで合ってるよ」


「この場合のセックスの定義は、やはり男性の生殖器を女性の」


「わ、解った大丈夫だよ翠。考察はその辺でいったん止めとこうか」


 最近の小学生は進んでるな~。

 セックスの事も正しく理解している


 いや、翠の場合は天才少女で大学を飛び級卒業してるから、その手の知識を教養として身に付けてるだけか?


「あ、ヤベ。ゲリラ配信で、とりあえず同接切ってましたが、序盤に垂れ流されてた配信を聞きつけた神々が騒ぎ出したですぅ。そして、どうやら、こっちも時間切れのようですねぇ」


「おいアヤメ! 身体が透けていってるぞ!」


 アヤメを構成する物質が見る間に希薄になり、身体が透けて向こう側が見えるようになる。


「く……私のめくるめく素ラーメン生活を棒に振っておいて、出来るのはここまでとは無念ですぅ……何とかするですよ、一心君」


「いや、お前大して役に立ってないけど、っておい! 消えるな!」


 ちょ、2人にしないで!

 淡い光となって消えていくアヤメの後に残される、翠と俺。


 気まずい静寂が部屋の中に響く。


「ええと……さっきの話の続きだけど、どこまで理解が追い付いてる? 翠」


 とは言え、ここはセックスしないと出られない部屋の経験者でもあり、だいぶ年上でもある俺がしっかりしないと、と思い直した俺は動揺する精神を奮い立たせて、努めて冷静に翠に尋ねる。


「超常的な力で私と一心お兄ちゃんは、異空間であるこの部屋に閉じ込められました。脱出条件はセックスをすること。それと……」


 ここで、翠が俺の耳を指さすジェスチャーをして来たので、俺はしゃがんで耳元を翠の方に差し出した。



「さっきの、アヤメ様という女神様の事は知らないふりをしていた方がいいんですよね?」


 コショコショと内緒話の音量で、翠が耳元でささやく。


「うん、そうなんだ。さすがは翠だ。助かる」

「エヘヘ」


 褒められて、翠が嬉しそうに微笑む。


 セックスしないと出られない部屋の暴走により巻き込まれたというバッドイベントにおいて、不幸中の幸いだったのは、翠が極めて利発な子だという事だ。


 俺とアヤメの会話から漏れ出る情報から瞬時に、今の自分たちは監視されているという推察を肉付けして、リスクのある言動は避けてくれている。


 俺がセックスしないと出られない部屋の管理者権限を持つことを、観客の他の神々たちに知られると、即座にゲームオーバーだからな。


「さて、じゃあまずはこの部屋の中を調べよう。あ! あそこにタブレットがあるぞー、見てみよう」


「ブフッ! 一心お兄ちゃん、緊張しすぎです。私と2人きりだからって」


「お、おう……」


 セックスしないと出られない部屋初見勢として振舞わないといけないので、結構演技力が試されるなこれ。


 さっきのは、我ながら大根役者もいい所だった。


 そこを、すかさず翠がフォローとして、幼女と閉じ込められた困惑から来るものと変換してくれて、場の違和感を失くしてくれた。


「ええと、このタブレットで当座は必要な物を揃えるんですね」


 しかし、翠は随分と冷静だな。


 大学を飛び級卒業してきた天才の翠にとっては、こんな非現実的な事態にも即適応するのは朝飯前なのだろうか?


「これは研究者として実に興味深いですね。ちょっと向こうで集中的に弄って来てもいいですか? 一心お兄ちゃん」


 キラキラした目で、翠は俺に許可を求めてくる。


「ああ、どうぞ」


 って、そうか。

 現代科学を超越した技術が目白押しのこの部屋に対する、知的好奇心が勝っているのか。


 研究者なら、そりゃそっちの方が気になるよな。


 あ~、良かった。


 瑠璃の時は、記憶はないけど速攻で押し倒されたと聞いていたが、翠ならその心配は無さそうだし。


「じゃあ、とりあえず俺はあっちで休んでるよ」


 そう言って、俺は翠が出してくれたベッドに横たわった。




◇◇◇◆◇◇◇




「んむ……」


 いつの間にか寝てしまっていた。

 そう言えば、パーティの時の学校の制服のままだ。


「このままじゃ制服のシャツがシワになっちまうか。って、ん?」



 ベッドの横を見ると、翠が猫のように丸まってスヤスヤと寝ていた。


 きっと、この部屋の超常的な力に圧倒されて色々と弄ったのだろう。


 部屋の中は、雑然と色んな設備やら家具やらが、まるでおもちゃ箱をひっくり返したように無計画に並んでいた。


「ハハハッ。こういうのを見ると、まだ子供なんだな、翠も」


 俺は笑いながら、口元に流れているライムグリーンの髪の毛を、そっとたくし上げる。


「むにゃ……一心お兄ちゃん……」


 寝る時に抱くぬいぐるみと勘違いしたのだろうか。

 翠が、甘えたように俺の腕にくっついてくる。


「可愛いな」



『ここは、セックスをしないと出られない部屋です。脱出するには、セックスをする必要があります』



 うっせぇぞ、セッ部屋め!


 今の可愛いは、そういう対象としてじゃなくて、あれだ……庇護しなきゃいけない対象に対しての可愛いだよ!


 まったく……。


「ん? アナウンス?」


おかしいな。


 セッ部屋さんは紳士だから、幼い子供がいる際には定型文のアナウンスは控えていたはず。


 学童保育所や無料塾でも、その紳士協定は一貫していた。

 なのに、なんで翠の時にはお構いなしにアナウンスが流れてるんだ?


 考えてみるが解らない。


 この部分も含めて、セッ部屋さんは暴走しているからと言えばそれまでなんだろうけど、何か違和感があるな。


「一心お兄ちゃん……しゅき……」

「うんうん。俺も翠の事好きだぞ」


 思考が行き詰まる中、寝言で俺への好意をつぶやく翠に、ほっこりした気分になりながら返事をする。


「大きくなったら結婚しよ、一心お兄ちゃん……」

「そうだな~」


「エヘヘ……約束だよ一心お兄ちゃん」


 寝言をつぶやく天使の笑顔に思わず顔がほころぶ。平和だ。


 相手は小学生位の女の子で、瑠璃のように半ば無理やりという恐れもないし、翠は早熟なこともあり、理性的だ。


 何なら、その天才的な頭脳で、この部屋の未知なる使い方で神々を出し抜くことも出来るかもしれない。


 よし、希望が湧いてきた。


「おやすみ翠」


 異常な事態に巻き込まれたというのに、スヤスヤと穏やかな顔で寝る翠に幾分か救われた気持ちになりながら、俺も翠の横で布団を被った。

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