第78話 おま、夏のセミじゃないんだから

「あ~、疲れた……」

「すぐ夕飯の準備するな」


「お~、頼むわ……」


 帰宅してソファにだらしなく寝そべる父さんに声をかけるが、一緒に夕飯を作る気力は無いようだ。


 昨夜が和食だったから、今日は創作イタリアン風で行ってみるか。

 まずはバーニャカウダ用に、アスパラとかぼちゃの薄切りをオーブンへ入れてっと。


「しかし、元気だね高校生は。あんなに活動してて、まだ動けるのか」

「父さんは見てただけだろ」


「小説家は映画を観に行く時と本を買いに行く時にしか、基本外出しないんだよ」


 ゴロゴロしている父さんを横目に、俺は夕飯の準備を進める。


 今日の食材の買い出しの原資は父さんのポケットマネーなので、普段は使えない、カキや生ハムなどのお高め食材を買ったから、腕が鳴るぜ。


「しかし、一心。こんな毎日、忙しいのか?」


「まぁ、夏休みは大体こんな感じだね」

「つまんねぇ親の説教みたいで言いたくねぇが、勉強の方は大丈夫なのか?」


「そっちも抜かりはないよ。夜は勉強するし」


 日本に残って、この家で一人暮らしをする条件に、一定以上の学業成績をキープするのが両親との約束なのだ。


「そ、そうなのか」

「あと、今日は幼年部の指導だけだったから自分の空手の稽古と、筋トレもやっておきたいな」


「おま、夏のセミじゃないんだから、そんな生き急ぐなよ。ちゃんと寝てるのか?」


 父さんが、割とガチで心配そうな顔で俺の方を見る。


「大丈夫、睡眠もバッチリとってるから」

「さっき言った破滅的なスケジュールだと3時間くらいしか寝れないだろ。締め切り間際の俺より寝てないじゃねぇか」


「まぁ、そこは秘訣があってね」


 最近の俺は、睡眠はセックスしないと出られない部屋でとっている。


 深夜の眠気が限界に来るまで現実世界で活動して、後はセックスしないと出られない部屋で惰眠を貪るなり、筋トレをして大浴場からのサウナコースでみっちりリフレッシュコースが最近の定番だ。


 十分すぎるほど休養が取れてリフレッシュした身体で、また精力的に現実世界で活動が出来るという寸法だ。


「たしかに、顔の血色はいいし、目の下にクマもない。エナドリが大量に冷蔵庫に常備されてる訳でもないしな」


 不思議そうに考え込む父さんだが、さすがに本当の事は言えないしな。


「ただいま~。わぁ、いい匂い」


 どう誤魔化したもんかと思案している所に、都合よく元気な声が玄関から響いた。


「母さんお帰り」

「ハナちゃんお帰り~」


「ごめんね~。遅くなっちゃって。一心、何作ってくれてるの?」

「今日はイタリアンだよ。パスタがもうすぐ出来上がるから、牡蛎の生ハム巻きでもつまんでて」

「美味しそ~う! これはワイン不可避ね。早速、いただいたワイン開けちゃおっと」


 いそいそと、母さんが手洗いして、ショッピングバッグを広げる。


「うわ、随分たくさん布地を買ったね」

「せっかくなら、ミャンマーにない柄で作りたいしね」


「そう言えば、優月とは現地で別れたの?」

「ええ。買い物の後に、いっぱいカフェで話しこんじゃったから、夕飯は遠慮しますって」


 流石に、母さんの前でネコを被り続けるのが限界だったらしいな優月は。


 って、カフェで話し込んだ?


「母さん。優月と、変なこと喋ってないよね?」

「いえ、別に~。変な事ってなによ?」


 母さんがニヤニヤしながら、質問に質問で返す。


 いけない。これは墓穴掘ったな。


「あ、いや、何でもない……さ~て、そろそろパスタがアルデンテにゆで上がったかな」


 追及を恐れて、俺はキッチンへ逃げ込んだ。




◇◇◇◆◇◇◇




「お待ちどうさま。蒸ガキの生ハム巻きに、オーブン焼き野菜のバーニャカウダ、そしてメインはフレッシュトマトのパスタね」


「わぁ~、美味しそう!」


(キュポンッ)



 ご馳走を前に、母さんが同時にワインのボトルを開ける。


「ハナちゃん。お休みだからって、あんまりはしゃいで飲み過ぎないでね」

「いや、息子がこんなワインに合うメニューを作ってくれたんだから、飲まなきゃ。これは使命だから」


「母さんの呑兵衛は相変わらずだね」


 使命とまで言うなら仕方ないね。


 俺も、こういう酒の肴みたいなメニューを作るのは久しぶりで楽しかったから、今日は大目に見よう。


「あ、でもちょっと待って。飲むのは、ゲストが来る前にしましょ」


「ゲスト?」

「このお酒を贈ってくれた人よ」



(ピンポ~ンッ)



「あ、来たみたい。上がって上がって」


 インターホンで気さくに話した母さんは、そのまま席についてしまう。


「母さん、お客さんを出迎えしなくていいの?」

「いいのよ、そんな気を使う相手じゃないわよ」


 そう言っていると、ガチャリとリビングのドアが開いた。


「ご無沙汰してます、お義父さんお義母さん」

「あ、なんだ琥珀姉ぇか」


「ひどいイッ君! 久しぶりなのにリアクションが薄い!」


 別にガッカリという意味じゃなくて、先ほどの母さんの、気を使う相手じゃないと言った真意に得心がいったからだ。


 幼馴染である琥珀姉ぇは、当然ながら、普段から家を行き来する間柄で気安い関係なのだ。


「琥珀ちゃん、さっきは、このお酒ありがとうね」

「いえ。現地でマネージャーさんに急いで見繕ってもらった物だったので、お口に合うか解りませんが」


 ゲストの琥珀姉ぇが来たという事で、早速ワインをグラスに注ぎだす母さんに、琥珀姉ぇが恐縮する。


「ん? 母さん、出先で琥珀姉ぇに会ったの?」

「ええ、そうよ。ちょうど優月ちゃんと手芸屋に行く道すがら、偶然、お仕事で移動中だった琥珀ちゃんに会ったのよ」


「優月ちゃん……お義母さんが私以外の女をちゃん付け……ンギリィッ!!」


 トトトッと泡を立てずにワインを注いでいる母さんは、隣で般若のような顔をして奥歯を噛みしめている琥珀姉ぇに気付かない。


「ゆ、優月と一緒の時に琥珀姉ぇに会ったんだ……そっか……」


 犬猿の仲の2人だから、きっと大変な修羅場になったんだろうな。


「琥珀ちゃん。優月ちゃんに会った時のことを詳しく」


 だから、親父殿はメモ帳を取り出すんじゃねぇよ!

 女の人同士の修羅場シーンとか聞きたくないよ!


「とにかく乾杯しましょ、かんぱ~い」


 ここで、またしても目の前にいる吞兵衛に助けられ、その場はうやむやになった。

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