第77話 だぁ~! もう黙れよ! 君は!

「ワー! キャー!」


 時刻は16時。

 暴力的な日差しが幾分かマシになった屋外に、子供たちの元気な声が響く。


「プールに入る前にちゃんと準備運動しろよ。空手道場組は、稽古後だから必ず水分補給してから、プールに入る事」


「「「は~~い!」」」


 ストレッチや水分補給をいそいそと終えた子供たちが、次々と水しぶきを上げながらプールに飛び込んでいく。


「こりゃまた、とんでもなくデカいプールだな。ミャンマーの高級住宅街でも中々見ないサイズだぞ」

 はぇ~、という顔で父さんが驚嘆する。


「プール自体は併設されてる学童保育所の所有で、水道代等は空手道場と折半してるんだ」

「しかし、このプールは相当なお値段だったんじゃないか?」


「ほしい物リストを学童保育所のホームページで公開してたら、親切な人が贈ってくれたんだよ」

「スパチャみたいなもんか。世の中には慈愛に満ちた人がいるもんだな」


「そうだねー」


 俺は棒読みで、父さんに同意して見せる。


 当然、セックスしないと出られない部屋の機能を使って、設置された物だという事は言えないので、架空のあしながオジサンがいることになっている。


 ありがとう、あしながオジサン。

俺のスケープゴートになってくれて。


「おう。一心君じゃないか」

「……ああ、楓さんですか、どうも」


 プールの周囲からホースで水をかける楓さんが、汗をぬぐいながら話しかけてくる。

 しかし、呼ばれた時の違和感が凄くて、すぐに返事が出来なかった。


「なんだい、余所余所しいな一心君」

「いつもと呼び方が違うじゃないですか。いつもは七光」


「どうどうどう! 落ち着け一心君。その名を口にしちゃいけないよ」

「わぶっ! 解りましたから、顔面にホースを向けないでください!」


 俺がいつもの呼び方を口にしようとしたら、ホースからの水によるダイレクトアタックで黙らされる。


 なんで姉妹揃って、親の前だと違う呼び方なんだか。


「どうも、初めましてワンモーメント先生! 赤石優月の姉の、赤石楓と申します! 先日は拙作を読んで寸評をいただき感激の至りです!」


「お、おお。君が優月ちゃんのお姉ちゃんか。あんまり似てない姉妹なんだね。確かに赤い瞳が一緒だ」

「はい! よく言われます! 握手お願いします!」


 楓さん、体育会系部活の後輩ばりに、元気がいいな。

 父さんが、珍しく気圧されてる。


 この人は、年下への態度は色々と酷いけど、年上の人や尊敬してる人にはしっかり敬意を払うしな。


「一心君、私のスマホで写真撮ってくれ」

「いいですよ。けど、その辺に居そうなオッサンが、よくうちの父だって分りましたね」


 父さんは顔出し取材NGだから、面は世間に割れてないはずだけど。


「愚妹から一心君の御尊父と御母堂が帰国していると連絡があってな。一心君と一緒にいてすぐにピンと来たよ」


「なるほど。はい撮りますよ」


 楓さんのスマホで、満面の笑みで握手する父さんと楓さんの情景を切り取る。


「ねぇねぇ、楓~ この人って有名人なの?」

「楓~、このオッサンなに~? 知らない~」

「知らない人だけど、とりあえず私も写真撮ってもらおうかな」


「こらお前ら、ワンモーメント先生に失礼だろ! すいません、アホな子たちばっかで」


 楓さんが写真を撮ってもらっているのを見て、子供たちも興味を示したのか、ワラワラと集まって来る。


 父さんをただのオッサン呼ばわりする正直すぎる子供たちを、楓さんが大慌てでたしなめる。


「アハハ! いやいや、その辺のオッサンだから気にしないでくれ。それにしても、優月ちゃんのお姉さんは、この学童保育所で働いているんだね」


「はい。先生のご指摘を受けて、小説のために社会に出て働いて人生経験を積もうかと」

「ああやって辛口でぶっ叩かれると、大概は折れちゃうもんなんだけどね。いいメンタリティだ。折れない心は作家向きだぞ」


 その点は、俺も楓さんが凄いなと思う点だ。

 何気に根性や度胸があるというか。


「はい! ありがとうございます! 我慢強さには自信があります!」

「いや、父さんの寸評を伝えたら、怒り狂って物を投げまくってた癖に」


「シャラップ! 七光……もとい、一心君。レディの秘密を無闇に言うものじゃないぞ!」

「わぶっ! だから、ホースをこっちに向けないでくださいって!」


 何度も楓さんがこっちにホースを向けるから、もう俺の道着はビショビショだ。


「水も滴る何とやらだな」

「これじゃあ、俺が一番にはしゃいでるみたいじゃないですか。これじゃ、指導員として示しがつかないですよ」


 ブツブツ文句を言いながら、道着の上衣を脱いで絞る。


「なぁ、一応聞いとくんだけど、こことここは、出来てないんだよな?」


「「はぁ!? ないない!」」


 俺と楓さんを交互に指さして、父さんが訊ねてきた愚問に、2人で息の合った返しをする。


「楓さんは、この学童の指導員の戸辺さんの事が気になってるんだから、変な事言うなよ父さん」

「おい! 七光りボンボン! 何を言ってくれてんだ⁉ 篤志先生と私はそんなんじゃないぞ!」


 慌てた楓さんが、父さんの前でいつも通りの呼称で俺を七光りボンボンと呼んでしまっているが、余裕がないのか、その事に気付いていない。


「ほぉ。適当に言ってみたら、案外ガチなのが来ちゃったのか」


「そうなんだよ父さん。最近は、イケメンお金持ちの王城さんの事も気になってるみたいだし、何気に楓さんが一番ラブコメしてるんじゃない?」


 この間までニートだったのに、外に出た途端にこれだからな。

 少女マンガ的な三角関係で困っちゃうとか、自分を題材にして小説を書けばいいのに。


「だぁ~! もう黙れよ! 君は!」


おっと!

 何度も同じ攻撃を喰らう俺ではない。


 ホースで水を乱射してくる楓さんから距離をとり、見事にかわしてみせる。

 なお、父さんは放水の直撃を下半身に受けて、股間がビショビショだ。


「はわわわ! 私ったら、敬愛するワンモーメント先生の股間をビショビショに!」


「何してるんですか楓さん。ホースでイタズラしちゃ駄目ですよ。子供たちが真似しますから」


 騒ぎを聞きつけた戸辺さんからガチ注意を受ける。

 普段、仏のように優しい人だから、怒ってもあまり迫力はないけど。


「あ! 篤志先生……ち、違うんだ。私は最近、色んなジャンルの小説を書き散らしてはいるが、それはあくまで修行のためであって、恋愛の方は意外と一途な方で……」


 そんな戸辺さんにアワアワする狂犬の楓さん。


「なんの話ですか。子供たちのテンションに当てられて、はしゃぐのはいいですけど、もっと大人として」


 コンコンと説教が入り、小柄な楓さんがもっと小さくなっていく。


「あれも愛の形の一つって奴なのかな?」

「さぁな。ただ、ネタとしてはありだな」


 父さんは、よれよれになったメモ帳に、にじんだ文字を書き連ねた。


 ほんと、どんな時でもネタを追い求める、小説家とは因果な商売なんだな。


こんなのに楓さんはなりたいのか? と大いに疑問に思う俺であった。

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