第76話 お節介を焼き過ぎたかも
【一心父_視点】
「押忍! 豊島指導員、よろしくお願いします!」
「よし。ではその場突き用意!」
「「「「押忍!!」」」」
「おお……小さい子たちでも元気いいな」
道場内に響く威勢のいい子供たちの声に、思わず圧倒される。
今日は息子の一心への密着取材という事で、午後は幼年部の指導のために白玉空手道場に来ている。
「1! 2!」
小学生くらいの男の子に稽古をつける道着姿の一心を、後方の見学席からチラリと眺める。
腰の入れ方について実演を交えながら、熱心に指導する息子。
「昔は、いま指導されてる男の子たち位ちっころかったのに、まぁデカくなっちまいやがって」
息子の成長を実感しながら、つい独り言が出てしまう。
「あ、あの……」
「は、はい。あ、見学させていただいている者です。怪しい者ではないですよ」
ブツブツ言いながら人間観察をしていると、よく不審者と間違われるので、素早くきちんと正当な手続きを踏んでここにいるんですよと、振り向きざまにまくし立てる。
「あ、いえ。あの、一心のパパさん……ですよね?」
目の前には、白に近い銀髪に碧眼の褐色肌の美しい女の子が道着姿で立っていた。
「おお~! 珠里ちゃんか! あれま、美人さんになっちまって」
「ご無沙汰してます、一心パパ」
特徴的な見た目から、すぐに珠里ちゃんだと解った。
道場主の娘で、一心とは同期入門の女の子で、たしか、今は高校も一心や瑠璃と一緒なんだよな。
「よく、おじさんの顔なんて覚えてたね。ここ数年は、道場にもあまり顔を出してなかったのに」
「子供の頃は、よく一心パパが道場への送り迎えをされてましたから」
「あの頃は、中々出版社の企画会議が通らなくて、ほぼほぼ無職の時期だったからね。暇だったんだよ」
「あはは……」
俺の自虐に苦笑する珠里ちゃん。
っと、おじさんの自分語りなんて女子高生が聞いてても退屈だよな。
続けざまに、昔話をしようとするお口にチャックをする。
「本日は、道場主の父が腰痛のため、代わりに師範代の私が見学者対応を務めさせていただきます。よろしくお願いします」
「よろしく。一心の奴は、道場でどうだい?」
「見ての通り、とても頼りにされてますよ。私も、春先には一心に助けてもらってばっかりで」
見た目はギャルっぽいけど、その目は優しかった。
しかし、あの一心を見つめる眼差しは……。
「そっか。ま、あいつは色々と面倒見はいい方みたいだからな」
「はい。私が面倒な状態になっている時にも、きちんと向き合ってくれた大事なキス……んん、大事な同期門下生です」
珠里ちゃんが何かを言いよどんだのを、ラブコメ作家の俺は見逃さなかった。
「……今、ラブコメの波動を感じた」
「な、なんですかそれ」
「だって、珠里ちゃん。子供の頃から、一心のこと好きだったでしょ?」
「ぶっ!? そ、それは……」
動揺から一気に相手を切り崩し、相手の本音を曝け出させる。
オジサンにとっては、ケーキを切り分けるより簡単だ。
「いや、子供の頃からバレバレだったからね。琥珀ちゃんとは、また違った解りやすさだった。あくまで男友達みたいに仲良く振舞ってたけど、影では淡い恋心を抱き続けて」
「ちょっと、無し! そういう昔の話を出すのは無しで!」
「むごっ」
大慌ての珠里ちゃんが、俺の口を手で塞いでくる。
知らなかった。女子高生の手のひらって、いい匂いがするんだな~。
「どうした白玉師範代? 稽古中に大きな声出して」
俺たちが騒いでいたせいか、一心が稽古を中断してこっちに来た。
「な、何でもないぜ一心!」
アセアセと珠里ちゃんが、真っ赤な顔で
「稽古中は豊島指導員って呼べよ」
「そ、そうだった」
門下生に聞かれないように、2人は顔を使づけてヒソヒソ話で話す。
物理的に一心と距離が近いせいか、珠里ちゃんは顔が真っ赤なままだ。
「全国優勝獲って、正式に師範代になったんだから、ちゃんとしろよ」
「言われなくてもわかってるぜ一心……いや豊島指導員」
「どうせ、父さんが取材と称して変な事でも言ったんだろ」
ジトッとした目を向ける目線の鋭さは、さすがは我が息子。
愛しの妻のハナちゃんにそっくりだ。
「いや、別に珠里ちゃんが子供の頃から、モガッ!」
「だから、それは一心に言っちゃダメだって言ったじゃないですか!」
流石は、空手の全国優勝者だ。
目にもとまらぬ速さで、口が塞がれてしまった。
俺の目じゃ見逃がしちゃうね。
「何かよく解らないけど、稽古中なんだから騒ぐなよ2人共。ほら、じゃあ続きやるぞ!」
中断していた稽古を再開し、一心も指導の方に戻って行った。
「もう‼ 一心パパったら、意地悪……」
何とか一心が離れてくれたが、珠里ちゃんはむくれている。
しかし、涙目になってる褐色銀髪碧眼ギャルって、いいな。
今度、褐色銀髪エルフの新キャラでも出そうかな。
「けど、いいのかい? 一心は、最近はラブコメ主人公張りに周囲の女の子からモテてるみたいだけど」
「ああ、優月っちと瑠璃っ子の事ですね。そこは、ちゃんと織り込み済みです」
む?
他の女の子の話でもすれば、またさっきみたいに涙目になるかと思って意地悪のつもりで言ったのに、珠里ちゃんが達観したような目で呟いている。
これは興味深い。もう少し探りを入れてみよう。
「ほぉ、ライバルがいるのに焦らないんだね」
「優月っちと瑠璃っ子は、なんていうか好きな人を共有し合った同志って感じで、仲良しなんです」
「ふむ……」
ヤベェ。
うちの息子、ヤベェ。
完全に、同意ハーレムを構築してるじゃないか。
こんなの、現実世界で上手くバランス保ってる奴、初めて見た。
あいつ実は転生者で、人生2周目とかじゃないよな?
「でも、私は他の2人みたいに可愛くないし、2人が出来ることが私には出来なくて、劣等感も持ってるんですけどね……」
お。
珠里ちゃんも乗って来たのか、自分から喋り出したぞ。
そうそう、こういう恋の悩みは吐き出した方が楽になれるぞ。
俺は、いそいそと頭の中のメモ帳を取り出す。
「へぇ。珠里ちゃんが劣等感ね」
「はい。詳しくは言えませんけど、このせいでいずれ一心は私から離れて行ってしまうんじゃないかって不安で……」
「珠里ちゃんが劣等感を抱いてるなんて意外だね。さっき小耳にはさんだけど、珠里ちゃんは全国大会でも優勝したって言ってたし」
「あれは、一心が支えてくれたおかげです。高校入学直後は、私、色々と荒れてて練習もサボってたのを、一心が練習に付き合ってくれて……。いい奴なんです、一心は」
一心の事を語る時には、優しい目になるな珠里ちゃんは。
恋する乙女はいいね。
オッサンとして、少しだけ手助けしてやるか。
「あくまでオジサンの見立てだけど、お互いに劣等感を持つからこそ、案外上手くいく2人なのかなって思ったけどね」
「そ、そうなんですか?」
疑い半分、期待半分という感じで珠里ちゃんが俺の方を見やる。
俺は言葉を続ける。
「ああ。劣等感を相手に抱くって言う事は、要は相手を尊敬しているって事だからね。相手と長く一緒に居るためには、敬意が必要なんだよ」
ラブコメ作家の自分が言うのは問題があるかもだが、愛と言うのはいずれ褪せていく物だ。それでも隣に居続ける理由になるのが、相手への敬意だ。
「敬意……」
「砕けて言うと『この人には敵わないな』って思う部分だね。その多くは、自分は持っていない物だ」
「自分に無い物……」
「ああ。パートナーのいい所を素直に認めて、そして、自分は相手の欠けている部分を補えるように別方面で力を発揮して、逆にパートナーから敬意を受け取る。これが安定した愛の形さ」
これは、常日頃から自分に言い聞かせている事でもある。
売れない小説家だった俺を、笑って支えてくれた妻のハナちゃんの隣に夫として、立ち続けるために。
「素敵です。何だか目から鱗が落ちた気分です」
「これでもラブコメ作家が生業だからね。とは言っても、一心はまだまだ完全には、劣等感を敬意に変換は出来てないみたいだけどね。そこは、まだ未熟な愚息ですまない」
柄にもなく、説法めいた事をしてしまった。
おっさんになると、つい若者の葛藤や悩みに、構いたくなってしまう。
「よし、頑張るぞ」
珠里ちゃんは、迷いを捨てたような目で、真っすぐに前を向いている。
視線の先には、子供たちに指導をしている息子が。
「あ~、ちょっとお節介を焼き過ぎたかも」
こりゃ、眠れる獅子を起こしちゃったかな?
まぁ、ハーレムクソ野郎の息子なら何とかするだろ。
俺は考えるのを止めて、銀髪褐色ヘタレギャルをヒロインとした新作の構想を頭の中で練るのであった。
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