第75話 参考にならないのかよ!

「イテテ。ちょっとは加減してくれてもいいだろが。ったく、俺もそろそろ中年こえて、おじいさんに片足突っ込みかけてるんだからな」


 父さんが腰を伸ばしながらボヤいてくる。


「現役高校生の俺とやりあえるんだから、まだ大丈夫だろ」


 取っ組み合いと言っても、殴り合いではなく、柔道の寝技やプロレスの関節技をかけあう感じなので、お互いにけがをしないように気は配っている、


 親子げんかも、まぁ豊島家での父子のスキンシップみたいな物だ。


「それで、ここが一心が立ち上げた無料塾か。何か、思った以上に本格的だな」


 親子喧嘩の結果、結局は取材の謝礼という事で高いランチをおごってくれるというのを手打ちにして、今日の親父殿はこうして俺に1日密着取材である。


「正確には、瑠璃の歌姫ラピスとしての慈善活動の一環だけどね。テナントの賃貸契約とかは、瑠璃の芸能事務所さんに色々とお世話になってるし」


「はぇ~、大学の推薦入試の実績作りのために立ち上げられる、似非ボランティア団体とは訳が違うな」


 何だ、その例えは。

 っていうか、別に受験を意識してやってないよ。


「いらっしゃい。って、ああ、一心君か」

「お疲れ様です、王城さん」


 無料塾に入り、受付にいる王城さんに挨拶する。

 中を見渡すと、今日も満員御礼のようだ。


「あれ? 横の方は」

「俺の父です。今日は、無料塾の取材に来たいと言って聞かなくて……すいません。いきなりアポなしで」


 既に、この無料塾の運営は王城さんに引き継いで、俺はあくまでオーナーの瑠璃や、運営資金を出してくれる瑠璃の芸能事務所への連絡調整役という位置づけだ。


 元は俺が立ち上げたとはいえ、前任者顔で取材を好き勝手にねじ込むのは、正直あまり褒められたことじゃないよなと思いながら、恐縮する。


「大丈夫だよ一心君。どうも初めまして、お父さん。この無料塾の現場運営を担当している王城と申します。取材の方は、こちらの見学者パスを首から提げてください。あと、生徒や講師には、授業中には話しかけないようにお願いします。無料塾の質問については私が回答いたします」


 さすが、仕事のできる王城さんだ。

 急な来客にも、テキパキと対応してくれる。


「ありがとう。静かに見学させてもらいます。いや、しかし若いのにしっかりしてらっしゃる」


 ちゃんと初対面の大人相手なので、父さんもちゃんと社会人スイッチを入れている。

 家族の前ではちゃらんぽらんだが、こういう取材の時には、しっかり出来るんだ。


「いえいえ。僕は大学生ですが、ご子息は高校生でこの無料塾を立ち上げているんですから、大したものです」


「ちょっと、王城さんやめてくださいよ。親の前だからって、そんなお世辞は」

「いやいや、事実だからね。相当意識高い大学生でも、中々やれない事だと思うよ」


「だから止めてくださいってば王城さん」


 この人、俺の事をからかって、褒め殺ししてるな。

 しかし、親の前で褒められるのって、何でこう気恥ずかしい物なんだろう。


「あ、そうだ一心君。拡充する男子向けの無料塾と、こども食堂についてなんだけど、祖父ちゃんの地主ネットワークを使って、いくつか物件の候補が見つかったんだ」


 そう言って、王城さんが物件の間取り図や周辺地図の資料と、ストリートビューの画面を出力した資料を渡してきたので、父さんの事はとりあえず意識の外に追い出し、本来の仕事に取り掛かる。


「これですか。ふむ……まずは物件を現地で見てみないとですね」


 受け取った物件の資料を眺めると、間取りと広さ、アクセスについては問題が無さそうだ。


「うん。良ければ、今度アポを取って内見に行こう。それで、人材面の方はどうなってるの?」


「そっちは大丈夫です。セック……じゃない。瑠璃の芸能事務所の伝手を頼って、講師陣については、ほぼ目途が立ってます」


「へぇ~、どんな感じの人たち?」


「正統派知的メガネ女教師に、のじゃロリちびっこ先生、新人ドジっ子巨乳先生など各種取り揃えています」


「相変わらず凄いタレント揃いだね。さすがは、歌姫ラピスを要する一流芸能事務所さんだね」


 いや、もちろんそんな都合の良い人材なんているわけないので、全員、俺がセックスしないと出られない部屋の機能を使って作り出したセクサロイドたちだ。


 このために、男子が好きそうな女教師キャラをマンガやアニメで研究した。

 後は、実際に利用する生徒たちの好みに合わせて、ブラシュアップしていけばいい。


「女教師なら父さんも一家言あるんだけど」

「通うのは子供達なんだから、父さんの要望は却下」


「ちくしょう、ケチめ!」


っていうか、取材してる人が打合せに参加しないでくれよ、まったく。


「あと、新しい男子向け塾内のレイアウト案なんだけど、パーテーションの什器が足りなくて」

「解りました、追加分をすぐ手配するようにします。数量はいくつで?」


その後も王城さんと新規の無料塾の立上げに向けた、色々な課題について詰めていった。


 集中できないからサッサと塾内を見て回って来いと足蹴にするまで、父さんは横でニコニコしながら俺の方を眺めていた。




◇◇◇◆◇◇◇




「いや~、息子が仕事をしてる姿を見学できるのは楽しいもんだな」


 無料塾での王城さんとの打ち合わせが終わり、約束の報酬の、ちょっとお高めなイタリアンレストランで父さんが顔を綻ばせる。


「それで、小説の参考になった?」

「いや? 全く役に立ってないぞ」


 晴れやかな顔で、父さんは溌溂と答えた。


「参考にならないのかよ!」


 いや、小説のネタにされるのは嫌なんだが……役に立たないと言われたのは、それはそれでなんか複雑な気分だ。


「ラブコメで高校生がするバイトって言ったら、理解のあるマスターが居るおしゃれなカフェやケーキ屋さんと相場は決まってるんだ。こんな、野心的な意欲あふれるプロジェクトみたいな仕事を主人公が始めたら、ラブコメじゃなくて立志伝が始まっちまうよ。現実的じゃない」


 いや、夢見がちなラノベ作家に現実的じゃないって怒られるって、なんなの俺?


「これは福祉事業だから、別にバイトじゃないんだけど。あと、野心とか無いから」


 断じて、大学の推薦入試のネタ作りや、ましてや選挙に出るための実績作りじゃないからな!


「しかし、瑠璃のお世話になってる今泉社長の事務所の手を借りてるとはいえ、よくあれだけの物を作ったよ」


 さっきまでは冗談めかしていたのに、急にしみじみといった様子で、父さんがうんうんと頷きながら、率直な感想を不意打ちで述べてくる。


「ま、まぁ。でも、所詮は瑠璃の知名度や芸能事務所のお金を使ってる仕事だから」


 照れ隠しで謙遜しながら、俺は目の前の魚介パスタのムール貝から身をフォークでつつきながら俯いた。


 親の前で他の人に褒められるのは苦手だが、親に正面切って褒められるのもやっぱり苦手だ。

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