第74話 転校離れ離れの打ち切りエンド

「へぇー、じゃあ、赤石さんは一心とは同じクラスで、そこで仲良くなったんだ」

「はい、そうなんです。学校で浮いていた私の事を、一心さんが気にかけてくれて」


「うんうん、ラブコメでは定番の流れだな」


 リビングに移り、父さんが色々と質問攻めにして、優月がそれににこやかに答えている。

 なお、母さんは着替えと化粧があるという事で、まだこの場には来ていない。


「父さん、メモを取るなメモを。優月、気をつけろよ。この人に話すと、小説のネタにされるぞ」


「大丈夫よ一心さん」

「あと、そのさん付けやめろ」


 余所行きの言い方でむずがゆいんだよ、さっきから。


「じゃあ、いつもみたいに呼ぶねダーリン♪」

「生まれて初めて呼ばれたわ、ダーリンなんて」


 この猫被りめ。

 いや、半分は親の前と言う、ある意味でアウェーの状態に陥っている俺をおちょくって遊んでるのか?


「で、なんで優月はうちに来たんだ?」

「瑠璃から連絡をもらったのよ。っていうか一心、なんでご両親が帰国されるのに、私に教えてくれないのよ」


 優月がプリプリと怒る。


「いや、俺も昨日の朝に知ったから……っていうか、そもそも何で優月に俺の両親の帰国を報告する必要が?」


「そりゃ、ご両親へ挨拶をするためよ。私の両親には既に挨拶してるでしょ?」


「お、そうなのか一心? ちょっとその時の事を詳しく」


 だからメモを取るな親父殿!


「あれは、たまたまお姉さんの楓さんの件で両親にも挨拶しただけだろが」


「そう言えば、お父様には以前、姉の小説を読んでいただいてアドバイスを貰いまして。その節は、こちらの一方的なわがままを聞いていただき、ありがとうございました」


 俺の言い訳を尻目に、優月は座りながらも、腰を折り深々とお辞儀して、最大限の感謝の意を示す。

 そういえば以前、ニート時代の楓さんの小説を父さんに見てもらってたんだった。


「ああ、あの時の小説家志望のお姉ちゃんが、赤石さんのお姉さんだったのか。な~に、自分の作品を読んでと頼まれるのは、小説家稼業をやってると、よくある事だから」

「お父様はプロの小説家さんなんですよね、凄いです。あの、サインを頂いていいでしょうか?」


 おべんちゃらを言いつつ、やおら優月は色紙を取り出す。


「おお、色紙持参なんて用意が良いね」


 上機嫌の親父殿は、サラサラッとマジックペンを色紙に走らせる。


「サイン本は、作家さん本人でも自由に書けないと聞いたので。本当は、姉の蔵書のワンモーメント先生の本に書いていただきたかったのですが」


「よく業界のこと知ってるね優月は」


 へぇ~、作家本人でも勝手に自分の本にサイン書いちゃいけないんだ。

 父さんが小説家の仕事をしていても、そんな事は知りもしなかった。


「それは、最愛の人のお父様のお仕事についてですから」

「ぶふっ!?」


 ド直球な言葉に、俺は思わずコーヒーを噴き出しそうになる。


「ほ~、赤石さんはしっかりしているね」

「はい。よく学校でも言われます」


 いや、父さん……。


 この子は、白昼の屋上で俺にすがって『セックスしたい‼』と叫んでいたせいで、最近は学校での評判がかんばしくないです。


「お待たせ~。ゴメンね、遅くなっちゃって」


 ようやく着替えと化粧が終わった母さんが、階下のリビングに降りて来た。


「わぁ、お母様。素敵なお召し物ですね」

「これは、ロンジーというミャンマーの伝統衣装で、正装にも使われてるの。まぁ、ロングスカートみたいな物ね」


 着ている物を褒められて、母さんは得意げにビシッと腰に手を当てて、つま先をピンと伸ばすモデル立ちをして見せる。


 褒められたからって調子乗りすぎだろ、おばさんが。


「よく見ると、巻きスカートなんですね」

「そう。要は、円筒状に縫い合わせてあるスカートで、両端のリボンを腰の横で引き結んで調節する単純な構造だから、簡単に作れるの」


「え、これって、もしかして、お母様の自作なんですか?」

「本当に簡単なのよ。型紙も無しで作れちゃうし」


「凄いですぅ」


 優月がキラキラとした尊敬の眼差しで見つめる。


「よければ、こっちに滞在している間に、赤石さんにも1着作るわね」

「え、そんな、いいんですかぁ⁉」


「いいの、いいの。大まかなウエストと腰丈さえ解れば作れるから」


 優月の奴、めっちゃ俺の両親の心のシャッターをガンガン上げてくじゃん……。


 父さんの時は、小説について事前に調べてきて、母さんには来ている服を褒めて、ヨイショして。


 あれ?

 俺、赤石家だけでじゃなくて、自分の家でも外堀埋められてね?


「じゃあ、向こうで早速、採寸しようか優月ちゃん」

「はい!」


 俺の戸惑いをよそに、優月と母さんは仲良さそうに、別室へと入って行った。

 っていうか、初めて会って10分くらいで優月ちゃん呼びしてるぞ、母さん。


「良い子だな、優月ちゃんは。よく捕まえたな」

「ま、まぁ色々とあってね」


 女性陣が居なくなったところで、ニヤニヤしている父さんの視線から逃れるために、俺は目線を逸らす。


「しかし、高校からもう一人攻略対象が増えたのか」

「攻略なんてしとらんわ。っていうかもう一人って何だよ」


「え? 幼馴染の琥珀ちゃんと、空手道場の珠里ちゃん、あとブラコンの瑠璃に加えてって意味さ」

「ええ……なんで、俺の交友関係が父さんに筒抜けなのさ」


 なにこの人、怖……。

 息子の女性関係を知り尽くしてる父親とか嫌すぎる。


「小説家は人間観察が職業病だからな。しかし、優月ちゃんは強敵だな。この子の参戦で、一気にドミノ倒しのようにパワーバランスが崩れたって訳だな」


「……別にそんなんじゃ」


 実際は、セックスしないと出られない部屋の存在が、色々と関わっている訳だが、もちろんそんな事は父さんには言えない。


「こりゃあ、実に興味深い。おい、一心。今日は俺、お前に密着取材するからな」

「は、はぁ!? イヤだよそんなの」


 思春期の息子に父親がベタベタかまうなよ。


「いいだろ~。ほら、普段は高校の授業参観とか行けないんだし。頼む!」

「そんな事言って、どうせ小説のネタに詰まってるからだろ」


「ぎくっ……いや、そんな事、全然考えてないから。最新の高校生ウォッチをするだけだから」

「図星じゃねぇか」


 ここで俺は父さんの核心を突くが、今回の場合は、悪手だった。


「う……うっせぇ! ここの家での生活費は、俺だって負担してるんだぞ! 俺の小説が売れなかったら、お前のラブコメ生活もミャンマー行きで、転校離れ離れの打ち切りエンドにしてやるからな!」


 父さんは開き直り、暴論でこちらを従わせようとしてくる。


「子供相手に生活費のことを持ち出すな! それは今の日本ではモラハラって言うんだよ、クソ親父!」


 ドタンバタンとその場で、父と息子の取っ組み合いが始まる。



「あらあら、一刻さんと一心。久しぶりの再会で親子げんかしてるのね」

「あの……お母様。大丈夫なんですか?」


「どうせ一刻さんの小説のための取材に、一心が反発してるだけでしょ。いつものことだから、放っておけばいいわ。さ、優月ちゃん。一緒に手芸屋さんでロンジー用の布を買いに行きましょ」


 採寸が終わった優月と母さんが素知らぬ顔で家から外出して居ない事に、父さんと俺が気付いたのは、結構後のことであった。

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