第69話 こんな鬱屈とした田舎とはおさらばだ

【???_視点】


「お前ら、これはどういう事だ!」


 メンズコンカフェの閉店後。

緊急ミーティングにて、俺は怒気をこめた声でキャストたちを一瞥する。


 みな、一様に顔を背けて俺の方の目を見ない。

 その消極的な姿勢が、俺の逆鱗に触れる。


「なんでお前ら、こんな簡単な事ができねぇんだ! 年端のいかない女のガキをその気にさせて、店に来させろ! 営業連絡はきちんとやってんのか! ああ!?」


 そう吐き捨て、威嚇するようにテーブルにホチキス止めした紙資料を叩きつける。


「やっていますよオーナー」


 黙って俯くキャストの中で、唯一俺の目を見て話す奴が出てきた。

 たしか、ここのナンバー1人気の王城とか言う奴だ。


 俺に意見する度胸は買ってやる。

 だが、若造ごときが俺に意見など100年早い。


「じゃあ、なんでこんな結果になる!? 見ろ! ガキどもが夏休みの書き入れ時だっていうのに、想定した売上げラインを全く超えられてねぇだろうが!」


 テーブルに叩きつけた資料を引っ掴み、反論してきた王城の顔前に突き付ける。


「……現場は頑張ってますよ」


「ほぉ。具体的にどう営業をかけている? お前はトップの売り上げだろう。何人の女を売女に沈めた?」


「…………」


 俺の言葉に、威勢のいい若造が口をつぐむ。


 甘い。甘すぎる。


「若い女なんて如何様にも金なんて作れるんだ。そのためのスキームは構築してある」


「それは……」


「言い訳は要らねぇ! 女の斡旋窓口の担当からも苦情の嵐なんだよ。最近、目に見えて路上堕ちする女の供給量が落ちてきてるとな!」


 この店に入れ込んだバカな女どもを、夜の道へ引き込み、その稼ぎで更なる売り上げをあげる。


 折角、儲かる完璧なスキームを俺が構築したというのに、末端が実行しなけりゃ意味がねぇ。


 表の稼業でもそうだが、最近の若いのはどいつもこいつも、言われたことも満足に出来ねぇな。


「……売春の斡旋なんて完全に違法ですよね? この店は、キチンと法律を守った上での経営を理念としていたはずです」


「そっちと表向きは提携してないから、いざって時には切り捨てりゃいいんだ。俺の書いたマニュアルの通り、『裏通りの方面で相談してみろ』みたいに言えよ。くれぐれも、直接的な表現は使うな。解ったら、さっさと営業連絡かけろ! 客が取れるまで営業電話し続けろよ! いいな!」


 そう言い捨てて、俺は店を後にした。


 ったく、メンズコンカフェの法整備が手薄な内に、短期間で荒稼ぎをして、規制が強まる直前に撤退する俺の計画が台無しだ。


 最近は、表の稼業の稼ぎが目減りしつつある。

 どいうつもこいつも、地元の縁だ、義理人情だみたいな事を言ってばかりで、碌に稼ごうとしやがらねぇ。


 だが、そういう愚鈍な奴らだからこそ、こうして新しいビジネスチャンスを逃す。


 そして、そういった負け組が、卑怯だ何だと嫉妬から陰口を叩く。

 ふんっ、田舎者の嫉妬や悪評なんて、今更どうでもいい。


 俺は、このビジネスを成功させ、まとまった資産が出来たら、本業も畳んでまた都会に出る。


 こんな鬱屈とした田舎とはおさらばだ。




◇◇◇◆◇◇◇




 あれから10日が過ぎた。


「なんで、売上がさらに下がってるんだ! ちゃんと営業してるのかお前ら! ああ!?」


 俺は、以前に増して怒声を張り上げる羽目に陥っていた。


 ここ10日間の売り上げデータは目を覆うばかりの惨状だった。

 下方修正につぐ下方修正。


 それに伴い、目標額達成時期がどんどん遅くなるばかりか、このままではそもそも赤字経営になって、今までの利益を吐き出すことになる。


 その苛立ちを、俺はキャストどもにぶつける。


「特に、未成年者の客が激減してるじゃねぇか! 未成年者でも来店できるのがメンコンの強みだっていうのに、何してやがるんだ!」


 メンズコンカフェの経営者にとっての最大の魅力は、既存のホストクラブとは違い未成年者を堂々と顧客にできるというブルーオーシャンで荒稼ぎが出来ることだ。


 いずれ問題が大きくなれば、当局による規制が確実に入るが、規制が緩い今だからこそ、規制がきつくなったホストクラブ業態にない魅力を顧客に示せた。


 なのに、肝心の未成年者が来ないで成年者の客だけを相手にしていては、稼げない。

 成年者の客は、ホストクラブにも入店が可能であり、否応なくメンズコンカフェと比較される。


 そうなると、メンズコンカフェは所詮ホストクラブの下位互換とみなされ、こちらは低価格路線へ舵を切らざるを得なくなるという、悪循環に陥ってしまう。


「お前ら、ガキみたいな女すら手玉にとれねぇのか!? ガキどもが夏休みの今が、最も稼ぎ時なのに、何をしてやがるんだ!」


「オーナー。未成年の客層の離脱に関しては、明確な原因があります」


 またしても下をむいて俯いているキャストたちの中、ただ一人顔を上げている、王城が発現をする。


「なんだ?」

「競合店が現れました。歌姫ラピスが開設した無料塾です」


「は? 無料塾が、なんでメンズコンカフェのライバルになるんだ。言い訳なら、もう少しましな言い訳を考えて来い!」


 有名人の人気取りの道楽が、なんでうちの店の客足が遠のく原因になる。

 うちの店に来るような緩い女どもが、大人しくお勉強に通う訳がないだろうが。


「俺も営業電話かけたら、『無料塾へ行くからそっちの店にはもう行かない』と言われて断られました」

「こっちも、『無料塾でもっと格好良くて、自分の事に親身になってくれる推しに会えたから』と言われました」

「その後は無言ブロックされて、連絡もつかなくて」


 反論するように、次々とキャストが証言をする。


「オーナー。この特集記事はご覧になってませんか?」


 困惑する俺に、王城が自分のスマホを差し出してくる。

手渡されたスマホの画面に表示されたネット記事を読み込むと、みるみる血の気が引いて行った。


「恵まれない未成年者相手にタダで、イケメン講師が学習指導だと……」


 なんだコレは……。

 スマホを掴む手から出る汗が、画面にペタリと貼りつく。


 これはマズい。

 たしかに、想定しているメイン客層がもろ被りだ。


 それに相手は慈善事業だからタダ。


 経済負担の差は歴然、おまけに歌姫ラピスという広告塔の強さ、慈善事業という社会的評価の高さについては語るべくもなく完敗。


 どれをとっても、こちらが勝てる要素が皆無な事は明白であった。


「どうしますオーナー? こちらも、いっそメンズコンカフェなんて止めて、無料塾でも立ち上げますか?」


 半笑いの王城が問いかけてくる。


 今回のメイン顧客の激減は、メンズコンカフェの料金体系等の業務形態そのものに起因するものであり、それらを設計しているのはオーナーの俺自身であり、ひいては損失の責任が自身にある事を悟ってしまっているから、いつものように怒鳴り返してやる元気もない。


「……こちらで至急対処する。お前らは引き続き営業努力を続けろ」


 そう言い捨てると、俺は足早にメンズコンカフェを後にし、背広の懐から出したスマホで電話をかけようとするが、ふと思い立ち、公衆電話を探す。


 最近は公衆電話の数も少なくなったので、探すのに手間がかかった。

 真夏に外を探し回ったので汗だくになった。


「は~い」

「俺だ」


「ああ、アンタか。公衆電話からだから誰かと思った」

「アンタとは表向き、接触はないことにしなきゃならんからな」


 公衆電話ボックスの蒸し暑い中で、汗をボタボタと流している。

 今は、冷や汗を覆いつくしているので、むしろこの熱気はありがたい。


「それで、最近ますますこっちに女の子が供給されないんだけど。どうなってんの? これじゃ、アンタが設定した料金から相場を下げざるを得ないんだけど」



 電話の向こうで不機嫌丸出しな声でまくし立てる女の声が耳に響く。


 くそっ!

 どいつもこいつも文句ばかり垂れやがって。


 だが、今こいつと言い争っている暇はない。


「そっちのシノギでかかわっている組を紹介してもらいたい」

「いいけど。なんで?」


「早急に対応しなくてはならないことが出来た」


「あれれ? そっちはグレーのエリアだけでやってくんじゃなかったの? こわ~いヤのつく業界には直接関わらないんじゃなかった?」


 電話の向こうの女は、半ば煽るように言ってくる。


「状況が激変した。このままでは、計画が台無しだ。手荒なことをしてもいい」


 これは俺にとっても博打だ。


 だが、このまま座していても緩やかに赤字を垂れ流すだけだ。

 決断するなら早い方が良い。


「オーケー。まぁ、渡りはつけとくよ」


 そう言って、電話は切れた。



 とうとう真っ黒な輩と関りを持ってしまった。

 だが、このままではどの道破滅だ。


 本業についても、すでにメンズコンカフェを開くにあたって、決定的な亀裂を生んでしまっている。


 だからこそ、この事業で俺は是が非でも成功しなくてはならない。

 そのためには致し方なかったのだ。


 しかし、でも……。


答えの出ない問答に、電話が切れた後も俺は灼熱の電話ボックスの中でしばらくボーッと突っ立っていた。

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