第68話 もっぱら家デートですが
「本日はインタビューよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
カメラが回り始めると、俺はバックヤードの影からヒヤヒヤしながら、カメラの前に立つ瑠璃を見つめる。
「早速なんですが、この場所はどのような場所なんでしょうか?」
「この無料塾は、昨今社会問題化している繁華街にたむろする未成年者たちに、どうにか受け皿となるような場所を作れないかという願いから設置した場所です」
俺の心配をよそに、瑠璃はインタビュアーの質問に淀みなく答える。
って、考えてみたら、歌姫ラピスとして瑠璃はこういった取材対応なんて慣れっこだから心配は杞憂だったか。
「まだ、ご自身も学生の身なのにラピスさんは立派ですね」
「元は、私の大事な人のアイデアなんです」
「ほぉ……ラピスさんの大事な人」
「ええ。世界で一番大事な人です」
瑠璃の答えにインタビュアーの眼光が鋭くなった。
俺の知る限り、今まで歌姫ラピスについてのゴシップネタは皆無だ。
「大事な人って、ひょっとして恋人とかですか?」
「年子の兄です」
「ああ、なんだご家族の方なんですね」
ここで、インタビュアーはおどけて、ガッカリですとオーバーリアクションをする。
「お兄さんとは仲が良いんですか?」
「はい、とっても。私の顔が売れているので、もっぱら家デートですが」
「アハハッ。そりゃ、お兄さんですからね」
インタビュアーは冗談だと思って笑っているけど、色々と裏事情を知っているというか、裏事情その物である俺からすると、瑠璃の回答はなんとも際どいような。
瑠璃め……インタビュアーを使って匂わせして楽しんでやがるな。
「今後は、この無料塾はどう展開していくんですか?」
「主に繁華街などの若者の街に進出していこうと考えています。将来的には無料食堂も併設して、恵まれない子の帰る場所としたいです」
「本日はインタビューありがとうございました」
「いえいえ。記事、よろしくお願いいたしますね」
こうしてにこやかに取材は終わった。
◇◇◇◆◇◇◇
「はぁ~、カイト先生かっこ良かったな」
「私の推しはやっぱりカイゼル先生かな」
「次回、俺に会う時までに宿題やっておけよって先生に言われたから、ちゃんとやらないと」
「無料塾に行けない日は図書館で勉強しよう。次の単元まで予習して、先生を驚かせてやるんだ」
「ありがとうございました~。さようなら」
瑠璃の取材が終わって無料塾が開塾時間となると、あっという間に塾の中はいっぱいになった。
俺は受付から、女の子たちが帰っていく表情を見て、思わず笑みをこぼしてしまう。
「七光りボンボンくん。順調みたいじゃん」
「あ、楓さん。なんです? ここはメンズコンカフェとは違いますよ、って痛い!」
「それ、篤志先生の前で言ったらぶっ飛ばすぞ」
もう殴ってんじゃん。まったく……。
「で、どうしたんです? いくら楓さんが実年齢より若く見えると言っても、この無料塾の対象は18歳までですよ?」
楓さんに殴られた肩をさすりながら、俺はとっとと追い返そうとする。
「そんな事は知っているさ。ちょっと様子を見に来ただけだよ」
「そんな事言って、どうせうちのイケメンスタッフを見に来たんでしょ? 最近は、そういう冷やかしの輩が増えてるんですよ。まぁ、入り口の前に実年齢判定機を設置してますから、ウソついてもバレますけど」
「さっき入口を通ろうとした時にブザーが鳴ったのはそれか⁉ レディに対してなんちゅう失礼な!」
「楓さんもきちんと見分けているなら、精度は百発百中ですね」
この無料塾は、あくまで未成年が対象だ。
ここは、まだ保護者の庇護が必要で、また、抜け出すことも叶わない者の行き着く場所なのだ。
そりゃあ、全員が救えればそれが一番だが、どうしてもスペースは有限だし、対象は絞らざるを得ない。
「この無料塾を作ったのは、女の子を救うためか?」
「そうですね」
「実際、救えてるみたいだな。あそこにいる女の子も、あの子も、路上に立ってた子だ」
「そうですね」
俺も気付いていたが、過去については詮索しないのがこの場所のルールだ。
「ここなら、お金はかからないですし、通うために無理なお金の稼ぎ方をしなくてもいいですからね」
もし、女の子が貢ごうとしてきても、絶対に断り、受け取らないようにとスタッフ講師のセクサロイドには禁忌事項プログラミングが為されている。
ここは、決して情に流されたり自分に言い訳をせずに、プログラム通りに動くセクサロイドの利点だ。
「ああ。おまけに勉強をすることで、将来、騙されないように知恵を授けることも出来る。いい事してるじゃないか、七光りボンボン君。将来は政治家か? あーん?」
「そんなんじゃないですって。資金やスタッフを集めるのは妹の瑠璃の力です」
セクサロイドの講師たちは、表向きには瑠璃の芸能事務所の伝手を使って集めたことになっている。
芸能事務所が絡んでいる事で、スタッフ講師の顔面の良さが際立つのも、納得がいくというものだ。
「いや、頭の中で考えるだけでは人は救えない。アイデアを実行するために動いて、実際に救われてる人が居るんだ。ちゃんと胸を張れ」
「ありがとうございます楓さん。って、背中痛いっす」
バンバンと背中を叩かれた俺は、思わず苦笑する。
ったく、この人は本当に年下には強気なんだから。
「ところで……あの子はこの無料塾には来てないのか?」
ここで、打って変わって楓さんが真剣な顔になって俺に尋ねる。
楓さんのいう、あの子って。
「あの子って……東横さんですか?」
「ああ。この場所についても連絡を入れたんだが返信が無いんだ。既読はつくんだけどね」
腕を組みため息をつくが、楓さんは東横さんの身を案じているようだ。
「……なんだか、嫌な予感がするんだ」
「嫌な予感ですか?」
「ああ。残念なことに、私のこの手の危惧は大体当たるんだよ」
「はぁ……」
不穏な楓さんの言葉に、この時の俺は半信半疑であったが、その後の現実で思い知らされることになった。
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