第67話 豊島兄妹の悪だくみ
「えっと……この写真の中から男性を選べばいいんですか?」
「はい、そうです。こちらのご利用は初めてですか?」
受付の前に立つ女の子は、俺と同年代の中高生だろうか。
こういう場は初めてなのか、ガチガチだ。
「は、はい。でも、どの男性も素敵だな……」
「ゆっくりとお選びください」
俺は緊張を解すためにも、にこやかに利用方法を説明する。
目の前にいる女の子は迷った末に、
「じゃ、じゃあこの人で」
おずおずといった感じで、女の子が写真札を指さす。
「はい承りました。聖也くん指名入りました」
『はい、喜んで』
俺がインカムで待機室へ連絡をすると、イヤホンごしに子気味の良い返事が返って来る。
指名をした女の子が着席したテーブルを見ると、ワクワクソワソワが抑えられないという感じで、何度も手鏡で化粧や前髪の毛先の流れをこれでもかと確認する。
その初々しさと必死さに、何だかこちらも思わず笑顔になってしまう。
「お待たせ。待った?」
「あ! じぇ……じぇんじぇんでふ。今日はよろしくお願いしまふ……」
スタッフが登場すると、スマホを慌てて仕舞いこみ、女の子は顔を赤らめながらお辞儀する。
「こちらこそよろしく、聖也です。そんな固くならないでリラックスしよ」
「あの……私こういう所って初めてで……どうしていいか、解らなくて……」
「大丈夫、お兄さんに任せて。2時間コースだったよね?」
「は、はい」
「じゃあ、休憩挟んでも色々と出来るね。初めてだから緊張するかもだけど一緒にがんばろ」
「初めてなので優しくお願いします……」
「オーケー。忘れられない授業にしてあげるよ」
そこからは、もう2人の世界だ。
一応、テーブルごとに簡易な仕切り板はあるが、周りからはどんな様子か窺い知ろうとすれば、出来てしまう。
だが、周囲の誰もそんな無粋な事はしない。
そこにいる少女たちは、目の前にいる素敵なスタッフに目を奪われているのだから。
まぁ、ここのスタッフの教育は行き届いている。
仮に、彼女たちが他のテーブルに目移りしようものなら、
「お前は俺のことだけ見つめてればいいんだよ」
「僕の事飽きちゃった? しょぼん……」
などと、女の子のタイプを見極めた最善の返しにより、瞬時に目の前に集中させる。
なので、彼女たちはあらかじめ決められたコースの時間が満了するまで、目の前のスタッフへ溺れるように没我する。
(フフフッ。人の精神なんて単純だな)
人の心はそれぞれ中身は違っても、必ず、これはという急所がある。
そこを突き、欲しい時に、欲っしている言葉を与えれば、こうも簡単にその相手を信用し溺れる。
「順調みたいだね、お兄ちゃん」
「おう、瑠璃。出資者として視察か?」
忙しい合間を縫って、瑠璃が訪ねてきてくれた。
ここのテナント料等の費用は瑠璃が負担してくれているので、いわば、瑠璃がオーナーであり、俺はさながら雇われ店長のような関係となる。
「完璧ね。ノー変装の歌姫ラピスが来てるのに、誰も私に気付かない。それだけ、目の前のスタッフに夢中ってことね」
「そこは、俺が完ぺきにスタッフを教育したからね。正直言って、10代の小娘を溺れさせるなんて訳ないよ」
オーナーからの太鼓判に、俺は自信を覗かせる。
「フフッ。お兄ちゃんったら、すっかりこっちの業界の人みたいになっちゃって」
「やりがいはとてもある仕事だよ。案外、俺に向いているのかもしれない」
「悪い顔してるお兄ちゃんも素敵」
だって、ここまで短期間のうちに自分の思惑通りに事態が進むとは思っていなかったからな。
そりゃ、悪い顔にもなるって。
「おーっす」
「いらっしゃ、って何だ珠里か」
「何だとは何だよ」
私服姿の珠里がプンスカしながら、入って来た。
「お前の場合は冷やかしだろが。ここはお前みたいな奴が来るところじゃないの」
シッシッと手払いで、俺は冷やかしの写真見学だけであろう珠里を追い払おうとする。
「私は、どういう感じなのか見に来ただけだぜ」
「お客様は今、夢の世界の中にいらっしゃる。そんな中で、お前のような熱意の低い者が混じると、没入感が薄れる。ここのコンセプトに合わないので、お帰り下さい」
お客様が神様である時代は、とうに終わっているんだよ。
これからは、お店が客を選ぶ時代なんだ。
「私のどこが、ここに合わないって言うんだよ!?」
「ここは持たざる者を救済するための場所だ。持っている側のお前がいてはダメなんだ」
ここは、持たざる者、傷ついた者がその傷を癒すために訪れる楽園だ。
それが、俺がこの場所を作った一番の理由なのだから、このコンセプトは譲れない。
「じゃあ、なんで優月っちはOKなんだよ」
「……え?」
「あそこにいる、サングラスにマスクして帽子被ってる人って優月っちじゃん」
不満顔の珠里が、指さした先を見る。
「えー、私こういうの全然わかんなくてー。教えて一心先生」
いやがった。優月だ。
たしかに受付時に怪しい風体で、妙にしゃがれた声をしていて怪しい客だなとは思ったんだが、ここではお客様の素性を詮索しないというのが、ここのルール。
きちんと確認しなかったのが仇となった。
「あの、僕は一心って名前じゃなくて」
「え~、ここってコンセプトカフェでしょ? はい、これ台本」
「台……本?」
困り顔のスタッフが、優月から手作りのホチキス止めの冊子を受け取る。
「この台本には、私の考えた一心との最高のシチュエーションが書いてるの。だから、これで最高のシチュエーションプレイを」
はいアウト~。
ここで俺は、この場所をあずかる主として、またスタッフを護る責任者として、クソ地雷客のテーブルへ赴く。
「お客様失礼します」
「ここ、冒頭のつかみは特に重要だから、感情演技をふんだんに」
こちらを見ようともせずに、優月監督は、自作の台本で熱弁を奮う。必死か。
「当店ではそういった、スタッフへの強要行為は一切NGです。即おひきとりください。っていうか何してんだ優月」
「って、一心!? ちょ……これは、浮気じゃなくてその……」
変装しているのに突如として名前を呼ばれて狼狽える優月は、必死に台本を自分の背中に隠す。
「このお客さんはお帰りになるから、バックヤードに戻っていいぞ」
「はい」
苦笑いした俺にそっくりな顔をしたスタッフは、バックヤードへ引き上げていく。
「ったく、うちのセクサロイドに変なことをさせるな」
「べ、別に、変なことをしようとなんて思ってないわ」
テーブルから強制退場させて受付の方にまで引っ張ってきた所で、優月が抗議の声を上げる。
「じゃあ、背中に隠した力作の台本を見せてみろ」
「お姉ちゃんじゃあるまいし、そんな恥ずかしいこと出来る訳ないでしょ!」
真っ赤な顔をして、優月は己の性癖を煮詰めて裏ごしした濃厚な台本を、バッグの中にしまい込む。
やっぱり、恥ずかしいことなんじゃねぇか。まったく。
「スタッフの人が一心似なところは、優月っちは本当にブレないよな」
「ここのスタッフは、入店時にスキャンされた好みのタイプが写真指名で出てくるからね。私も試したらお兄ちゃんが出てきたし」
「そ、そうでしょう! これは、私が一心の事を心から愛している証拠。それは解って欲しいの」
一部始終を覗いていた珠里やと瑠璃からのフォローを受けて、優月が開き直りの方向に舵を切っていく。
「ま、まぁその点は良いんだけどさ」
「じゃあ、接客の続きを。まだ、台本の本読みもしてないし」
「そこで開き直るな。とにかく、優月も珠里も出禁だ」
「そんな! 横暴だわ! このお店は女の子に夢を見させるコンカフェなんでしょ?」
「そうだそうだ!」
クソ出禁客2人がブーブー文句を垂れてくる。
「俺のチャリティー無料個別指導塾をいかがわしい店みたいに言うな! お前らは、あの部屋で先取り学習してたから、ここの塾の指導は不要だろうが!」
そう。
ここは、俺が設立した無料塾なのだ。
無料塾とは、経済的に民間の塾に通うのが難しい、貧困家庭の子供たちに学習支援をする場所である。その名の通り、塾に払う月謝は無料のボランティアだ。
「けど、思った以上に大人気だな。正直、ここまで盛況だとは思わなかったぜ」
「自分の好みドストライクの見た目とキャラの講師が、マンツーマンで教えてくれる塾だからね。そりゃ人も集まるわよ」
瑠璃がフロアに広がる個別指導ブースを一瞥したので、俺たちもこっそりと耳をすませてみる。
「いいよ。流石だね」
「出来てるよ。もっと、自信もって。○○ちゃんは可愛いし頑張り屋さんだ」
「君と一緒にこうして机を並べる時間がつい楽しくて、時間を忘れちゃうな」
「悩みがあるなら聞くからな。って、おっと……つい深入りしちまった。俺とお前は、生徒と教師の関係なのにな」
「「「「きゅうううううぅぅぅぅぅぅぅぅうううん!」」」
自分好みの容姿でイケボの講師スタッフに甘いセリフを投げかけられて、女の子たちはすっかりメロメロだ。
「おお……こいつは、勉強の士気が爆上がりしてるぜ」
「でも、あれって本当にちゃんと勉強になってるの? 発情しちゃってそれどころじゃないんじゃない?」
「指導内容のクォリティは万全だよ。ここの講師スタッフのセクサロイドの指導能力は、大手予備校講師に引けを取らない能力値が設定されてるんだ」
「こういう所に来る子は、学習進度が遅れてたり、かなり早い段階で苦手単元を抱えてたりするから、この部屋の入り口を通った時に脳内スキャンがされて、その結果をもとに最適な教材が出力される仕組みだよ」
この無料塾の立上げに関わった俺と瑠璃は、ここぞとばかりに、この塾のシステムの有能さを自慢し胸を張る。
「そこは、流石はセックスしないと出られない部屋の人智を越えた力ゆえか。自分好みのイケメン講師で釣って、そのまま継続して塾に通わせて、いつの間にか学力もアップしてるって寸法ね」
「うちの旧道場の建物に作った学童保育所の発展版だな。こりゃ凄いぜ」
この無料塾の正体は、とあるビルのテナントを利用した常設型セックスしないと出られない部屋である。
ここの講師は全てセクサロイドが担当している。
講師の見た目も受け答えも、教材も指導も完璧なパーフェクト塾なのだ。
なお、いつもの『ここはセッ~』の定期アナウンスは生徒たちがいる時は流れない。
相変わらず、教育に関することだとセッ部屋さんは寛容である。
「これ、本気でやったら学習塾業界で天下が取れるんじゃない?」
「あくまで、表向きは歌姫ラピスの福祉事業だからな」
「テナントの賃料等の費用は私もちで、契約については事務所の今泉社長に代行させたのよ」
「このテナントは、以前、チャリティーバザーに学童保育所のスターチャイルドで参加した時に知り合った、地主さんの物件なんだ。恵まれない子供の学習支援をする無料塾だって事業内容を伝えたら、喜んで協力してくれて、賃料も格安にしてくれたんだよ」
件の地主さんとしても、以前に学童保育所との契約を断ってしまったことによる、地元からのマイナスイメージを完全払拭したかったのだろう。
歌姫ラピスの福祉事業に関われるなんて願ってもない事という感じで、地主さんはご機嫌だった。
「相変わらず、変なことにセックスしないと出られない部屋を使ってるわね一心は」
「でも、広場でたむろしたり、怪しいお店に通いつめたりするより、ずっと健全だぜ」
「お兄ちゃん凄い」
3人からお褒めの言葉をあずかり、俺も花鼻が高い。
「よし。まだスペースに余裕あるから、どしどし利用者を増やすぞ。おー!」
気炎を上げる俺は、さながら敏腕塾長のようだった。
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