第63話 へぇ~、未成年も

「3点お買い上げですね。合計500円になります。ありがとうございます」


「「「ありがとうございます!」」」


「はーい。頑張ってね」


 売り子以外の子供たちからも、可愛らしいお礼の言葉をもらい、お客さんたちも思わず笑みがこぼれる。


 本日は快晴。


 絶好のバザー日和で、学童保育所ムーンチャイルドが出店しているブースにも、たくさんのお客さんが来てくれている。


「天気も良くてよかったですね」


「色々とアクシデントはあったけど、何とか無事に本番を迎えられて良かった」

「すいません。結局、商品の袋詰め作業のほとんどをお願いしちゃって」


 楓さんと、指導員の戸辺さんも、無事にバザーに参加出来て一安心という様子だ。


「んで、七光りボンボンくん。愚妹なんだが、その……どうした?」

「優月ですか。どうしたとは?」


「いや、あれ」


 クイクイッと楓さんが指さした先には、物憂げな表情の優月がたたずんでいた。


「もし、あの子が生きていたら今頃、あの子たち位の背丈かしら……って、駄目ね、私ったら……亡くした子の歳をいつまでも数えてしまって……」


 優月は、愁いを帯びた目で元気にバザーの売り子をしている子供たちを眺めながら、独り言ちている。


「いつの間に愚妹は想像妊娠して、子を亡くした母親になったんだ?」


「育成ゲームのデータが消えたようなもんです。お気になさらず」


 まだ、前日のセックスしないと出られない部屋で、俺が削除したショタ版俺のセクサロイドとの別れを優月は引きずっているようだ。


「そ、そうか。にしては愚妹の奴、まるで喪に服すような感じなんだが」


 楓さんは、俺の説明には半分ほどしか腑に落ちていないという様子だ。

 魂が抜けたみたいな妹の優月を見て、なんやかんや姉として心配なようだ。


「相当入れ込んでいたみたいですね。プレー時間は数十分ですが」

「そんな短時間のプレーで愚妹があんな風になっちゃうのか!? 没入感が相当エグイゲームなんだな。それはクリエイター志望の身としては触れなきゃいかんな」


 ここで、楓さんのクリエイター気質が騒ぎ出し、俄然興味を引いてしまったようだ。


「い、色々な事があって封印されてしまったので、もうプレー出来ないですね」


 あの後、新たな悲劇を生まないように、管理者権限でセクサロイドの設定項目は管理者以外アクセスできないようにしたからな。


 嘘は言っていない。


「おや、貴方達は学童保育所ムーンチャイルドの?」


 俺と楓さんが喋っていると、お客さんが声を掛けてくる。


「は……はい! なんでしょうか?」


 ちょっと声を裏返しながら、楓さんが用向きを伺う。


 そういえば、楓さんって初めて俺に会った時には緊張して口ごもってたけど、学童保育所で働きだしてからコミュ障も改善してきてるんだな。良かった。


「今日はたまたま通りがかったのですが、機会があったらお話したいとずっと思っておりまして。代表の方はおられますか?」


 頭をかきながら、初老の男性のお客さんが丁寧に用向きを答える。


 半そでポロシャツの割とラフな出で立ちだが、どこか気品を感じさせる人だ。

 何かの団体のお偉いさんだろか?


「解りました。篤志先生、お客様です」

「はいはい。あれ? 貴方は……」


 呼ばれてこちらに来た戸辺さんが、客人の顔を見て目を丸くする。


「どうも。保育所の移転計画時にはお世話になりました」

「あ、移転計画時に仮押さえした物件のオーナーさんですよね? その節はどうもご迷惑をおかけしました」


 戸辺さんが、初老の男性に深々と頭を下げる。


 どうやら話を聞くに、この初老の男性は、学童保育所が移転先に頭を悩ませた時に、仮押さえをしていたテナントの建物のオーナーさんのようだ。


 結局、学童保育所は白玉道場の旧道場に移転し、仮押さえした物件は契約しなかったので、正直、戸辺さん的には、相対するのがちょっと気まずい相手だろう。


 俺も、相手が当時の事について文句の一つでも言いに来たのかと身構えた。


「いえいえ、とんでもない。むしろ、こちらの方こそ申し訳ない。あの時は、仲介の不動産業者が勝手に家賃等の契約条件を不当に釣り上げるような事をして……。こちらの監督不足でした。申し訳ない」


 しかし、予想に反し、物件のオーナーさんは丁寧に謝罪をし返してきた。


「あ、いえ、そんな。それに、結果オーライではないですが、無事に移転先も見付かり、無事に学童保育所の運営を継続出来ましたから」


「そもそも、子は地域の宝です。そのための施設に、お金を過分に取ろうなどというのは言語同断です。よって、当時仲介契約していた愛光不動産とは、他の物件も含めて契約を解消しました」


 ああ、なるほど。


 この初老の男性は地主さんで、いくつも物件を保有している地元の名士ってことか。


 そんな人だから、悪評が自分サイドにまでも及ぶのを防ぐためにも、こういう衆目の場で、悪いのは仲介した不動産会社であり、そちらとは縁を切った上で、学童保育所側とはきちんと和解したというのをアピールしておきたいのだろう。


 先ほどは『偶然通りかかって』などと言っていたが、おそらくはこれを目的としていたのだ。バザーの参加団体には、学童保育所の名前が出ている訳だし。


 この爺さん、策士だな。


「愛光不動産というのは、そんなに悪どい所なんですか?」

「ん? 君は?」


 全てこの爺さんの思惑通りと言うのも横で聞いていて癪なので、ついでの世間話という体で俺の方からも話しかけてみる。


「彼は豊島君と言いまして、保育所の移転先の白玉道場の関係者で、移転にも尽力してくれた人なんです」

「ああ、そうなのですか。これはどうも。もう縁は切りましたが、愛光不動産は最近悪い評判ばかりが聞こえてきていますね」


 学童保育の移転に関わっていたという事で、爺さんは、高校生のガキンチョの俺にも丁寧な態度で接してくれた。


「社長が代替わりをしてから変わったと、うちの道場の白玉も言っていました」


「ええ、その通りで。最近も、他の地主仲間が愛光不動産から不正確な説明を受け、テナントにいかがわしい店が出来てしまったと嘆いている者がおりました」


「いかがわしい店?」


「飲食店だと説明されたけれど、いざ蓋を開けてみたらメンズコンカフェの店だったそうで、驚いた地主仲間は、仲介をした愛光不動産と揉めているそうです」


「メンズコンカフェ……ああ、キングが勤めてるっていうお店か」


 メンズコンカフェと聞いて、俺はあの広場で出会ったキングのことを思い出して、ボソッと呟いた。


 それとセットで今日のバザーの物品を盗まれた苦い記憶も呼び起こされる。


「最近はホストクラブの規制が厳しくなってるらしく、そのせいで、メンズコンカフェの業態が急拡大しているようなのです」


「なるほど」


「現況の法規制が緩い業態なので、深山で参入してきた店は色々と問題を起こす事も多いらしく。ホストクラブと違って未成年も出入りできたりして困ったもので」


 こういうのは業者と行政のイタチごっこだって言うからな。

 行政も法的な根拠が無ければ、指導や処分が出来ない。


 結果、どうしても実質的に野放しになってしまう。


「へぇ~、未成年も。これは……」


 と、ここで隣から予想外に興味を示すような声がボソッと聞こえた。


 未だ半ば放心状態の優月ではなく、姉の楓さんが何やらブツブツ呟きつつ、俺と目が合う。


 すると、楓さんはいい考えが浮かんだとばかりに、ニヤリと俺の方を見ながら笑った。


 多分、ろくでもないことだなと、俺は猛烈に嫌な予感がした。

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