第64話 楓さんは名探偵?
「ほぉ~、ここがメンコンか」
「帰りたい……」
周りのお客さんが女の子ばかりで浮いてる感が凄い。
「ソワソワし過ぎだよ七光りボンボン君。もっと堂々としてないと、取材にならないだろ」
「いや、取材って。ただ単に、メンズコンカフェに客として来てるだけでしょ」
「こういう最先端の社会事情にも、作家としては触れないといけないからね」
楓さんは、キョロキョロと店内を見まわしたり、キャストとお喋りしている他のお客さんの様子を眺めながら、熱心にメモをとる。
「なんで同行が俺なんです?」
「愚妹と一緒じゃ、キャストがグイグイ営業かけてきそうだろ? その点、男連れなら、あまり無茶な接客はしてこないと思ってな」
「それなら戸辺さんと行けば良かったじゃないですか」
「んな⁉ ば、バカを言いなさるなよ! 篤志先生をこんな所に連れて来れる訳ないだろ!」
アワアワと楓さんが、その案を拒否する。
「でも2人とも仲良さそうだし、男避けなら俺じゃなくてもいいでしょ」
「だ、だって……篤志先生に、こういういかがわしいお店に行きたがる女って思われたくなかったって言うか……」
おや?
思いがけない所で、ラブコメの波動を感じるぞ。
楓さん、どうやら戸辺さんのことを憎からず思ってるのか。
「なるほどね~」
「な、なんだよ七光りボンボン君」
ちょっと顔を赤くしながら楓さんがキッと睨んで来るが、いつもの威勢はない。
「いえ別に」
半ば強制的にメンズコンカフェに連れて来られたが、それなりの収穫はあったな。
「こんにちは。あれ? この間、広場で会ったお姉さんじゃん。来てくれたんだ」
広場で会った時とは違い、黒色のジャケットにビシッと折り目のついたパンツに身を包んだキングが、俺たちのカウンター前に来て。開口一番気さくに話しかけてきた。
「よう、キングじゃないか。冷やかしに来てあげたぞ」
特に指名するキャストが居る訳じゃないので、適当にと言っていたら、トップバッターにキングが現れた。
「会いに来てくれて嬉しいです。ええと、お名前聞いてもいいですか?」
「楓でいいよ」
「ありがとうございます。楓さん、一杯頂いてもいいですか?」
「一番安いジュースだぞ。この卓には未成年もいるんだからな」
楓さんが俺の方を顎でしゃくって見せる。
なるほど。
こういうお誘いを断るためにも、未成年の俺の方が都合が良かったわけね。
「え~、大人組は一緒に飲もうよ楓さん」
「ダメだ。この間、どこぞのキングが仕切る島で、泥棒にあって金なんてないからな」
楓さんが、厭味ったらしくキングにジトッとした目を向ける。
「この間は災難だったね。結局、盗まれた物は見つかったの?」
「見つかるかよ。中身なんて、駄菓子とか100円ショップの雑貨とかなんだから、盗んでも大した金にもならなかっただろうにな」
ああ。
楓さんは、少しキングを疑っているのか。
もちろんキングたちはあの時、俺たちと話してたけど、その隙に広場にいる仲間に指示して盗み出させたと。
「そうだね。あそこの広場は俺の庭だけど、他のよからぬ輩も集まって来るからね。常に人の出入りはあるから、正直俺も、全員なんて把握できないよ」
「そう。って、あそこは公共の広場じゃないから、あんただけのサル山じゃないのよ」
「アハハッ! ごっめ~ん」
自身が疑われているのを知ってか知らずか、キングは動揺した素振り等も見せずに、チャラけて見せる。
「おっと、もう3分か。じゃあ、またね」
「随分早いのね。何か胸に痛いお話だった?」
「いや、3分以上接客してると、接待とみなされちゃって風営法に引っかかっちゃうんだよ。うちは、あくまでコンカフェでホストクラブじゃないから。じゃ、ジュースご馳走様」
そう言って、キングはグラスのジュースを飲み干すと、別のカウンターの方へ行ってしまった。
「逃げたな」
楓さんがボヤキながら、グラスを傾ける。
「楓さん、キングの事を疑ってるんですか?」
「いや。カマをかけてみたけどシロっぽいね」
正直、俺も彼の態度を見てそう思った。
彼には、俺と楓さんを見た時に、身構える素振りが無かった。
あれを、演技で出来たなら、それはもう名俳優だろう。
「けど、私に疑われていると丸わかりだったろうに、その嫌悪感を一切表に出さなかったのは見事だね。っていうか、むしろもっと悪い事してるだろアイツ」
楓さんも俺と同じような意見なようだ。
「危険な男だと?」
「けど、女の子はああいう危なそうな空気をまとった男に弱いからな~。こういう店でなら、なおさら非日常を求めてくるだろうし。ただ、そういう男に惚れこむと大概、その女は不幸一直線だからな」
そういえば、足柄先生も夏休みの始まりのホームルームで同じような事を言っていたな。
悪そうな先輩には気をつけろって。
「楓さん、元引きこもりだったのに、そういう経験豊富なんですか?」
「い、いや……学生時代からボッチだったから、昼休みに机の上で寝た振りしてる時に聞こえてくる陽キャ軍団の話を聞いてただけだ……」
「ああ……そうなんですね」
「聞いてきたから答えたのに、神妙な顔すんな!」
「イテッ!」
楓さんに脇を小突かれつつも、俺は店内を見まわす。
華やかな店内は、キャストとお客さんの女の子の談笑の声が響き、活気に溢れていた。
「それにしても、思ったよりマトモなお店ですね。法律とかもきちんと守っているみたいだし」
他のお客さんには未成年と思しき女の子も多いが、お酒については、きちんと20歳以上かを身分証で確認してからじゃないと提供しないようだ。
「何かしらの法的なアドバイスをするコンサルがいるんだろうな。でも、表面的な法律は守っても、実態はああだからな」
楓さんが顎でしゃくって見せた方を見ると、キングが他のお客さんに接客している所だった。
「ノンアルシャンパンのボトルありがとう」
「これでランキングに貢献出来ましたか私?」
「ああ。ありがとう」
「楽伍様……」
キングにニッコリ微笑まれて、女の子はトロンとした目で、とても嬉しそうだ。
その女の子は、どう見ても俺たちと同じくらいの年齢の女の子だ。
「うわっ。あのボトル、ノンアルなのに1本3万するぞ」
「3万円!?」
メニューで値段を調べた楓さんの言葉に、俺も思わず驚きの声をあげてしまう。
「そんなの、高校生が払えるんですか?」
「払ってるね」
目の前で、女の子が即座に現金支払いをしている。
マジでか⁉
「あんな大金をどうやって……」
「……そうだね。お年玉貯金や、おじいちゃんおばあちゃんからの内緒のお小遣いを使い込んでいる事を願うよ」
俺の疑問に、楓さんが苦笑しながら予想を答えた。
それは、どこか楓さん自身が、そうあって欲しいと願っているかのようにも聞こえた。
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