第54話 私も下がいい!

「うわぁ……女の人同士のってこんな感じなんだ」

「しかし、これいつになったら終わりなんですぅ? っていうか、いつ受胎するんですぅ?」

「女の人同士の行為は、結構時間がかかるって、前に芸能界で知り合ったレズビアンの人が言ってた」


「3人共、よく、そんな知り合いのセックスとか観られるね……」


 興味津々にセックスしないと出られない部屋の監視ルームのモニターを見ている優月とダメ女神のアヤメと妹の瑠璃に、俺は呆れと感嘆の半々が入り乱れた感情をぶつけた。


「私も、そういうの観るのは無理だぜ……」


 セックスに対しては積極的ではない珠里も、目をギュッと瞑って、耳を塞いでいる。


「安心して一心。これはあくまでスケベ心から来る興味本位であって、私の身体はあくまで一心のものよ」


「心は童貞の一心君には刺激強すぎですかねぇ」

「う……うるせぇぞアヤメ」


「そんな、モニターを観ないようにそっぽを向いてるヘタレにイキられてもねぇ~」


「だって、図らずも先生たちの裸を見ちゃったから罪悪感がヤバいんだよ。夏休み明けに、どういう顔して会えばいいんだか……」


「どうせこの部屋にいた記憶は消すんですから、向こうは憶えちゃいないですよぉ。そもそも一心君だって気付かれてないし」


「で、でも……」

「まったく、焦ってアナウンス使って謝罪しやがってですぅ。危うく、観覧している神々に、実は私じゃなくて一心君がこの部屋を管理していると覚られる所だったじゃねぇですかぁ」


 そこは正直すまなかったとしか言えない。


 けど、罪悪感からつい言い訳の言葉を発してしまったのだ。

 百合の間に、男の俺は不純物でしかないのだから。


「お! 部屋の判定がグリーンになったみたいですぅ。無事に妊娠したようですねぇ」

「じゃあ、とっとと2人を返そう」


 俺は、モニターを見ないように薄目でウインドウ操作をしようとする。


『聞こえてるかな? この部屋に招いてくれた人』


『人じゃなくて、ひょっとしたら神様の類かもよミヨちゃん』


 空間に広がった仮想ウインドウを操作しようとしたところで、ベッドの上で見上げる足柄先生たちがこちらに語りかけてきて、手が止まる。


『本当にありがとう』

『私たちに奇跡を授けてくれて。お腹の中の子と3人で幸せな家族になります』


「…………」


 涙をこぼしながら感謝する足柄先生と愛川先生の顔を薄目で確認すると、俺はこの部屋での記憶消去を行い、2人を元の世界に返した。


「お疲れ様、一心。2人共、赤ちゃんが出来て喜んでたね」

「ああ。俺たちの予想が見当違いじゃなくて良かった。しかし、先生たちはこの部屋での記憶を失くしてるけど、足柄先生たちは妊娠しててびっくりしないかな?」


「その点は大丈夫だと思うよ、お兄ちゃん。足柄先生たちが通っていた、不妊専門病院の誤診ってことになるだろうから」


「それはそれで、なんか病院側に悪いな」


「まぁ、実は妊娠に成功してたって、ハッピーな方向での誤診だから、足柄先生たちも問題にはしないでしょ」


「それもそうか。それにしても、足柄先生と愛川先生を対象者に選ぶっていうのは瑠璃のアイデアだが、2人共喜んでくれたようで良かった」


 これで、天界の神々共を楽しませるノルマを達成し、かつ参加した足柄先生も愛川先生カップルも無事に赤ちゃんを授かってハッピー、俺も神々にこの部屋の管理者権限を保持している事を隠せてハッピー。


 まさにウインウインなのだ。


「おお! 観覧会場の神々の接遇を任せていた先輩から連絡があったですぅ。今回も、そのスピーディさと、百合カップルの情事を見学できるという斬新さ、そして赤ちゃんを授かれた幸せそうなカップルの笑顔で終わるというハピエンに、前回を越える高評価とのことですぅ。やったですぅ!」


「アヤメの評価が上がってしまう事だけは、腑に落ちないがな」


 今回のアイデアだって、瑠璃による発案なのに。

 美味しい所だけ持って行きやがって、この駄目女神様は。


「んじゃ、私は褒められに天界に戻るですぅ。一心君、また今度ですぅ」


 そう言い残して、承認欲求にまみれたアヤメは消えた。


「これで、しばらくは神々から続編要望があっても、不妊に悩むカップルシリーズで行けそうだな」


 これなら、俺の方もセックスしないと出られない部屋にカップルを召喚しても、心苦しくはない。


 実に素晴らしいスキームだ。


「うん。これならお兄ちゃんが居なくなったりしないよね?」


 そう言って、瑠璃が甘えたように俺の腕にぶら下がる。


「ありがとう瑠璃。この着眼点は俺には無かったから助かった」

「お兄ちゃん。感謝してるなら、私のお願いを聞いて欲しいんだけど」


 モジモジとしながら、瑠璃が期待の眼差しで俺を見てくる。


「解ってる。皆まで言うな」


「え……お兄ちゃん、じゃあ早速ベッドに」

「頭よしよしだろ。子供の時によくやったもんな」


 瑠璃とは年子とは言え、就学前の歳頃には約1年の身体的成長の差は大きく、俺の方がやはり体格的にも精神的にも成長が早かったので、こうしてお兄ちゃんっぽいこともしていた。


 もっとも、小学生頃から瑠璃は歌姫としての才能を開花させ、俺なんてはるか遠くに置き去りにするように、伸びて行ったが。


「……お兄ちゃん。この部屋がなんのためにあるのか忘れてるでしょ?」


「いやか? いやなら止めるけど」


「まぁ、これはこれで、妹だけの役得で嬉しいかも」


 気持ちよさそうに瑠璃が目を閉じる。


「一心、私も私も」

「はいはい。優月もか」


 撫でられ待ちの優月の頭をなでてやると、珠里と同じく優月が目を細めて気持ちよさそうな顔になる。


「私はこっち」

「むちゅ!? こら、珠里。両手が塞がってるからってキスすんな」


「私の前で隙を見せた方が悪いぜ一心」


 最近、ご無沙汰だった珠里の唇は、相変わらず疾風のように速く、そして柔らかかった。


「ちょっと白玉さん! 今日はこの部屋にいるとは言え、裏方なんだから自重しようって話だったじゃない! 協定破りよ! スポーツマンの風上にも置けないわ!」


「へへ~ん。武道家は、隙をみすみす見過ごす方が叱られるってもんなんだよ」


 優月の抗議の声に、珠里が言い返す。

 いや、空手で隙見せたらキスされるなんて聞いたこと無いぞ。


「なにを妹の前で、お兄ちゃんの唇奪ってくれてるの珠里……こうなったら、協定は崩壊よ」


「こうなったら、3人がかりで行くわよ。この部屋の脱出以来のセックスが4Pになってしまうのは不本意だけど、仕方がないわね」


「仕方がないって何が? 俺の意志は!?」


 にじり寄って、徐々に距離を詰めて来る優月と瑠璃から、俺はじりじりと距離をとる。


「ええ……私、普通のセックスだって恥ずかしすぎて死にそうだったのに、4Pとか無理だぜ……」


 セックスには怖気づき気味な珠里は、モジモジしている。


 よし。乗り気でない珠里の方角を突破口にして。


「じゃあ、珠里は制圧要員としてお兄ちゃんを抑えておいて。キスは譲ってあげるから、下半身のお世話は妹の私が」


「それは本当か⁉ よし、そう言う事なら」


 おい珠里。

 何を、空手の組手余の本気の抜重ステップ踏んでんだ。


 おかげで、包囲網に穴が無くなってしまった。


「私も下がいい!」


「お兄ちゃんの下半身は妹が面倒を見る物って決まってるのよ優月!」


「決まっててたまるか!」


 俺はそう叫んで、管理者権限で部屋から全員を脱出させた。

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