俺達のセックスしないと出られない部屋の使い方は間違っている

第52話 アヤメ様が困ってるから助けてあげようよ

「アヤメ!?」

「クソ！　高価な媚薬入りお香を焚いてたから、いい感じだったのに！」

　ふぅ、危なかった……このクソ女神様が乱入しなければ、場の空気に流される所だった。

　ん？　今、媚薬入りのお香って言ったか？　瑠璃の奴。

いや、それはきっと幻聴だろう。

何はともあれ、今の俺にはやるべきことがあった。

「よく、おめおめと俺の前に再び姿を見せられたな」

「あ……あれ？　一心君、激おこですぅ？　記憶が消えてなかったですかぁ?」

　仁王立ちで見下ろす俺に、地面に這いつくばったアヤメが焦った表情で見上げる。

「もし、あの部屋での記憶が鮮明に残ってたら、俺は今頃、部屋に閉じこもってただろうな」

「ああ。あの部屋で致したことを、妹ちゃんが一心君に話しちゃったんですかぁ。普通、その辺は秘密にしそうなもんなのに」

「どうも、アヤメ様。私にとって、貴方様は大恩ある御方。なので、先ほどの兄妹の聖なる行為に乱入した罪は、ギリギリ許します」

「お……おうですぅ」

　俺の敵意マシマシな態度とは打って変わり、瑠璃はアヤメに対して恭しい臣下のような態度で接する。

　アヤメも、瑠璃の態度は予想外だったのか、困惑している。

「ついては、私がアヤメ様の第一信者として、アヤメ様を祀る宗教を設立したいのですが、よろしいでしょうか？」

「よ、よきに計らえですぅ」

「ありがたき幸せ。それでは早速準備に取り掛かります」

「何だこの妹ちゃん……。私の記念すべき信者第一号ですがヤベェ奴ですぅ」

　ドン引きするアヤメ。

　だが、それもこれも元はと言えば。

「誰のせいでこうなったと思ってんだ？　あ？」

　瑠璃が突然ブラコン妹になったのも、怪しい宗教を立ち上げようとしているのも、全部全部お前のせいだ！

「……って、それどころじゃねぇんですよ！」

「知らん。俺たちを巻き込むな。自分で何とかしろ。帰れ」

　まともに謝罪もしない奴の言う事なんて聞くに値しない。

「一心君が冷たい！　話くらい聞いてくれてもいいじゃないですかぁ！」

「もう神々の見世物になるのは御免だ」

「違うんですぅ！　今回は、一心君じゃない参加者をという縛りをゴッドオブゴッドから言い渡されたんですぅ！」

「ふーん。で？」

　俺は興味無さそうに返事をする。

「しかも、今までにない斬新な企画や参加者のチョイスをと言われてるんですぅ」

「へぇ～、どうやら前回の俺と瑠璃の回が、よっぽど神回だったんだな。アヤメは名プロデューサー様だな」

　無論、これはアヤメを褒めているのではなく、俺の精いっぱいの嫌味である。

「だから、一心君もアイデアを」

「知らん。俺に関係ないだろ」

「関係大ありですぅ。今回のゲームマスターは、一心君が務めなきゃいけないんですからぁ」

「はぁ!?　なんで俺が！」

「私は前回、一心君と妹ちゃんを召喚するのに、神通力の大半を使っちまったんですぅ。だから、一心君の協力が不可欠なんですぅ」

「勝手なことを言うな。それは俺に、望まぬ男女を自由意志を無視して、あの部屋に拉致しろって事だろ。そんな事、俺は絶対にやらないぞ」

　火事からの人命救助や、学童保育所みたいに人のためになる訳ではないのだ。

　本来用途として、セックスしないと出られない部屋に閉じ込めて、その様子を観察するなんて悪趣味な真似が出来るか。

「で、でも、やらないと……頼むですよぉ一心君……」

「断固拒否する」

　よく解らないが、今回はアヤメに俺に意志に反して強制する力は無いようだ。

　それなら好都合だ。

　絶対に、こいつの思い通りに何てさせない。

「お兄ちゃん。アヤメ様が困ってるから助けてあげようよ」

　と、アヤメの信者第一号の瑠璃からアヤメへの援護射撃が出る。

　信じる神は個人の自由だが、その神様は泥舟だからやめとけと、俺は強く推奨したいところだ。

「な、なんでだ？　瑠璃」

「だって、アヤメ様のミスが発覚すると、お兄ちゃんもタダじゃ済まないんでしょ？」

「そ、それはそうだが……」

　この駄目女神と俺は、同じ泥舟に乗せられている。

　アヤメのミスがバレると、俺まで神々に処置されてしまいかねない。

「ダメ？　お兄ちゃん」

　おねだり顔で甘えるように小首をかしげながら尋ねる。

　瑠璃の奴め……。

　俺が、この仕草に弱い事に、早くも勘付いてるな。

　でも、俺はお兄ちゃんなんだから我慢する。

「だ……駄目だ。いくら、俺の身に危険が及ぶとしても、無関係の人たちをセックスしないと出られない部屋に閉じ込めて、行為を強制するような真似は出来ない！」

「どうせ記憶は消すからいいじゃねぇですかぁ」

「黙ってろ駄目女神！　今は人間としての倫理の話をしとるんじゃ！」

　色々と倫理観が人間の尺度から逸脱している神々の意見はイラつかされるだけだ。

「お兄ちゃんは、他人が犠牲になる位なら、自分が犠牲になった方が良いって考えてるんだ？」

「そ、そりゃそうだろ」

「ダメ、認めない。お兄ちゃんと私が結ばれたこの世界を終わらせるのは、私が断じて許さない」

　決意を宿した強い口調で、瑠璃が俺に反発する。

　あ、あれ？

　最近は、お兄ちゃんのことが大好きな瑠璃ちゃんじゃなかったのか？

「る、瑠璃？」

「私をその辺のお兄ちゃんの言う事なら、盲目的に従っちゃう都合のいいブラコン妹だと思った？　お兄ちゃんを疎かにする者は、例えお兄ちゃん本人でも許さないよ」

「な、なんか日本語として矛盾してないか瑠璃？」

「私はお兄ちゃんのためには何でもする。お兄ちゃんのために必要だと言うならば、神殺しだってやってのける」

　瑠璃の目は本気だった。

「この子、言う事が一々怖すぎですぅ……。新人女神の私より、よっぽどこの仕事に向いてそうですぅ」

　まことに遺憾だが、その点については、アヤメと同意見だ。

「大丈夫。私に策ありだよ、お兄ちゃん」

　そう言って、瑠璃が悪魔的な企画の全容を語り出し、俺とアヤメは恐れおののくのであった。