第51話 妹はノーカウントだよ?

「はい、お兄ちゃんアイスコーヒー」

「お、ありがとう瑠璃。湯上りだし、ちょうど冷たいのが欲しかったんだ」


「お兄ちゃんの淹れてくれたコーヒーだけどね」


 瑠璃から受け取ったグラスが冷たくて心地よい。


 一口、口に含むとコーヒーの苦みが、昼間の苦いシーンと合わさって、多少はマシになった気がした。


「リラックスするお香も焚いておくね」

「ありがとう瑠璃」


 やっぱり、こういう所は女の子だな。

 お香を焚くなんて、男の一人暮らしでは中々思い至らない。


 夜だし、何かリラックスする効能のお香なのかな?


「パソコンで何調べてるのお兄ちゃん?」

「う~ん……同性カップルも不妊治療も色々と大変なんだなって思ってさ」


 ネットで調べると、色々な人たちが、色々な立場から実情や意見を発信していた。


「色々とデリケートな問題だしね。お兄ちゃん、やっぱり足柄先生たちのことが気になる?」


「2人ともいい先生だからな。あの2人なら、きっといい親になると思うんだけどな」


「子供って、親として立派な人の元に来るわけでもなく、望んでいる人に必ずしも恵まれるわけでもない。むしろ親として失格な人間や、子を望まない人の元に来てしまう事もある、究極の理不尽だよね」


「そうだな」


 不妊治療は大変で負担も大きいという話だけど、調べてみると金銭的にも身体的にも大変なんだという事が解った。



「はぁ……私も子供欲しいな」


「ぶふっ!……い、いきなり、何だ? 瑠璃」


 瑠璃の聞こえよがしの独り言に、俺は平静を装いつつ、心臓をバックバックさせながらそれとなく瑠璃に尋ねる。


「言葉通りの意味だよお兄ちゃん」


「瑠璃。血の繋がった兄妹で子を為すのは本当にダメだぞ」


 あの部屋での事は、取りあえずノーカンだ。


 あの後、セックスしないと出られない部屋の管理者権限で、当時の設定履歴を確認したが、きちんと避妊設定がされていることを確認して安堵した。


 なお、当時の行為の記録内容は恐ろしくて観れなかった。


「そんな事、知ってるよ、お兄ちゃん。流石に理性の鎖を引きちぎった私でも、そこまで人間辞めてないんだから」


 アハハッと瑠璃が笑う。

 良かった。解ってくれるか、瑠璃。


「そ、そうか。俺はてっきり……」


「お兄ちゃんとする時はちゃんと避妊して、優月か珠里が産んだ子供を全力で可愛がるんだ」


「……ちょっと色々と倒錯してるな」



 この間のことは秘め事として永久封印し、いずれは他の男と子をなすのかと思っていたのに。


 何だこれ……何だこれ!?

 もう色々とついて行けない。


 俺の妹は才人だとは思っていたけど、常人にはこんなに理解しがたい物なのか?


「お金は私が稼いでくるから、ハーレム生活しても経済的に何の問題もないよ。お兄ちゃんは安心して」


「むしろ頭痛のタネが増えたわ! そもそもハーレムを築こうなんて思っとらんわ!」


「でも、お兄ちゃんには責任があるでしょ? 同時に色んな女の子に手を出して」


「それは、あの部屋から出るためには……」


「その言い訳があるから、不思議と優月も珠里も、お兄ちゃんが複数の女の子と関係を持っていても、受け入れる方向へ行ったんだろうね」


「……鋭いな瑠璃は」

「お兄ちゃんの妹ですから♪」


 瑠璃の言う通り、この点については不思議とバランスが取れている。


 外から見れば2股をかけつつブラコン妹に愛されているという、修羅場必至な状態なのに。


「まぁ、裏を返せば、現実世界で最初にお兄ちゃんを射止めた人が、第一夫人になるわけだけど」


 そう。この危うい均衡状態は、俺が誰かを選ぶことによって一気に崩れる。

 だからこそ俺は、どれだけ誘惑されようが、誰にも手を出さないでいる。


「ねぇ、お兄ちゃん。妹はノーカウントだよ?」


 瑠璃が、パソコンデスクに座る俺の首に腕を絡める。

 瑠璃の体温が、首筋に絡められた腕と、耳元にかかる吐息から感じる。


「な、何のカウントだよ?」


 背中に瑠璃の体温を感じながら、俺は瑠璃の方は振り向かずに反問する。


「解ってるくせに。妹の私は、どうあがいてもお兄ちゃんのお嫁さんにはなれない。だから、やっちゃっても、この均衡は崩れないよ。もちろん、優月と珠里には、私とお兄ちゃんがしたのは黙ってるし」


 悪魔の誘惑の言葉を、瑠璃が妖しく耳元でささやく。


「そ、そういう都合のいい女みたいな事を言って、自分を安売りするな瑠璃」


「普段は逆だよ。歌姫ラピスは高嶺の花。その方が、男たちは自分の物にしようとより必死になってお金を使う。まぁ、私にはお兄ちゃんがいるから全てムダ金になるんだけどね」


「……なんで俺何だか」


「お兄ちゃんだから。お家だと、優月や珠里に邪魔されなくていいなー」


 耳元に感じる瑠璃の吐息に、段々と熱がこもってくる。


「こ、こういう時に、琥珀姉ぇが飛び込んで来るのがいつもの流れな気がするけど」


 俺は、期待を込めて玄関の方を見やる。


「琥珀の奴は、私が裏から手を回して、アイドルオーディションでトップ合格させたから、今頃、インタビュー取材やお披露目ライブの練習でてんやわんやで帰ってこないよ、お兄ちゃん」


 準備に抜かりなしかとばかりに、瑠璃が俺の膝の上に腰掛けて、前に回り込んで来た。


「お兄ちゃん……欲しい……」



「ぐ……」


 物欲しそうにおねだりする瑠璃の顔を見て、思わず唸る。


 小さかった頃の、仲良しで可愛い頃の瑠璃と重なる。

 お兄ちゃんとしては、妹のお願いという物には滅法弱い。


 特に、ここ数年は碌に会話も出来ていなかったのだ。


 湯上り、自宅の自室、2人きり。

 久しぶりの瑠璃の可愛いおねだり顔と、お香の香りで頭がボーッと……。





「おろろ~ん! 助けてくれですぅ、一心くぅ~~~ん!」





「「うわっ!?」」



 突然、俺と瑠璃しかいない部屋に、顔面をグショグシャにした残念女神様が、場の空気を完全破壊しながら現れた。

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